閉ざされた空間の静かな、儚い音色が、共鳴しあい宇宙を創り出す 〜 「水琴窟」 東京スカパラダイスオーケストラ & 上原ひろみ
日本庭園の装飾「水琴窟」
水琴窟(すいきんくつ)というものをご存じでしょうか。
日本庭園の手水鉢の近く、地中に甕(かめ)を埋め、その中に水滴を落とす。すると、水滴が水面に触れたときに生まれる音が甕の内部で反響し、かすかな音色となって地上まで聞こえてくる。
もともとは手水鉢から流れ落ちる水の排水を処理する仕掛けだったものが、いつしか庭園の「音」を楽しむ装置になっていったものです。
水滴が、ひとつ、またひとつと落ちる。
その小さな音が、地中の甕の中で幾重にも反響する。
琴のようでもあり、鈴のようでもある。どこか遠くから聞こえてくるような、儚く、かすかな響きです。
日本庭園という静かな空間の中では、その音がいっそう際立ちます。
以前、川越の古民家に残されていた水琴窟の音を、実際に聴いたことがあります。
「琴」という名前から、もう少し華やかな音を想像していたのですが、実際に聞こえてきたのは、小さな鈴を遠くで鳴らしているような、ほんのかすかな音でした。
けれど、その音が聞こえた瞬間、不思議なことに、その場の空気まで変わったように感じたのです。
真夏の盛りでした。
外はうだるような暑さだったのに、地中から響いてくるその音を聴いていると、ほんの少しだけ温度が下がったような気がする。
静寂の中に、一滴の水が落ちる。
その一滴が、閉ざされた甕の中で響き、やがてこちらへ戻ってくる。
たったそれだけの仕掛けなのに、妙に厳かで、そしてどこか寂しい。
日本庭園の「わび・さび」というものは、もしかすると、こういうところに宿るのかもしれません。
上原ひろみ×東京スカパラダイスオーケストラ「水琴窟」
そんな水琴窟を、そのままタイトルにした曲があります。
上原ひろみ×東京スカパラダイスオーケストラの「水琴窟 -SUIKINKUTSU-」。
これが、とても面白い曲なのです。
エキゾチックで、ダイナミックで、アバンギャルド。
それでいて、ときおり水琴窟そのもののような、繊細で儚い響きが顔を覗かせる。
曲の冒頭は静かです。
厳かなピアノの音が、まるで地中に埋められた水琴窟から、遠い昔の記憶を呼び起こすように響いてくる。
ところが、そこから突然、金管楽器が入り込んでくる。
空気が一変します。
静寂の中に閉じ込められていたものが、一気に外へ放たれたかのように、音が動き始める。
ピアノと金管がぶつかり、絡み合い、時には競い合う。
連弾や速いフレーズも、ただ技巧的というだけではなく、リズムの中に身体ごと巻き込まれていくような気持ちよさがあります。
そして面白いのは、この激しさが、最初に聴いた水琴窟の静けさと決して無関係ではないように感じられることです。
水琴窟は、小さな甕という「閉ざされた空間」の中で音を生みます。
外から見れば、ただ地中に埋められた一つの甕にすぎない。
けれど、その内部では、水滴が落ち、音が反響し、共鳴し、思いもよらない響きが生まれている。
それは、まるで小さな宇宙。
日本庭園が持つ静けさ、枯れた味わい、わび・さび。
その中にひっそりと埋められた甕の中で、たった一滴の水が音を生み、その音が空間を満たしていく。
「静」の中に「動」があり、「小さなもの」の中に「大きな世界」がある。
そう考えると、「水琴窟 -SUIKINKUTSU-」という曲も、どこか同じ構造を持っているように思えてきます。
最初は、静かで、繊細で、儚い。
ところが、その小さな響きが次第に共鳴し、音と音がぶつかり合い、重なり合い、やがて一つの大きな世界をつくり上げていく。
水琴窟の中で生まれた小さな音が、実は無限の広がりを持っているように。
もしかすると、この曲が表現しているのは、水琴窟そのものではなく、水琴窟の中にある「宇宙」なのかもしれません。
一滴の水から始まった音が、甕の中で反響し、共鳴し、どこまでも広がっていく。
静かな庭の片隅に埋められた、小さな甕。
その中に、ひそかに存在する、誰にも見えない宇宙。
「水琴窟 -SUIKINKUTSU-」を聴いていると、そんな小さな宇宙の中へ、そっと耳を澄ませているような気持ちになります。
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