第七章「老害という言葉の前に」
十月、三人が参加しているオンラインコミュニティで、一つの投稿が議論になった。
「上の世代を変えることはもう諦めて、私たちだけで前に進もう」という趣旨の投稿だった。
賛同の声が多かった。
「老害に時間を使うな」「どうせ変わらない」「無視が一番」。
僕はそのスレッドを読んで、少し引っかかった。
その夜、ジウに話した。
「あの投稿、どう思った?」
「気持ちはわかります」とジウは言った。
「私も祖父と話していて、もう無理だと思ったこと、何度もある」
「でも?」
「でも、諦めることと、前に進むことは別だと思って。諦めた瞬間に、私たちも同じ構造になる気がして」
「同じ構造?」
「自分と違う世代を、最初から切り捨てる、ってこと」
ジウの言葉は、ゆっくり僕の中に落ちてきた。
ユーシェンにも話すと、彼はこう言った。
「台湾にはね、世代間の断絶を意図的に作ろうとする動きがある。中国側の情報戦の一環として。若者と年配者を分断させれば、社会が不安定になるから。だから『若者vs老害』って図式は、僕は少し警戒してる」
「陰謀論みたいに聞こえるかもしれないけど」とユーシェンは続けた。
「構造として考えると、誰かが得をする分断があるなら、その分断には乗らない方がいい、ってこと」
僕はコミュニティに、自分の言葉で投稿した。
「上の世代を変えることより、自分たちが何者かを示すことの方が、ずっと大事だと思ってる。変わらない人を攻撃するのに使うエネルギーを、もっと別のことに使いたい。彼らを超えていくんじゃなく、彼らに関係なく動けるようになりたい」
反応はまちまちだった。
「甘い」という声もあった。
でも、ジウからメッセージが来た。
「それが正解かはわからない。でも、あなたらしいと思った」
それで十分だった。
続く
