見出し画像

⑤意志のありか


令和8年9月9日17時頃

先ほど、30分ほど前でしょうか。
久々に富士山がお目見えしたので、写真を撮ってきました!

どうでしょう?
周りには、200人ほどの外国人観光客。
日本人は、ほぼ0人です。

もうワンパターンなのですが、これ以上ここにいると、
「日本人ですか?」
そして、「はじめまして。一緒に写真を!」
が始まって、写真撮影会の順番の列ができるので、早々に退散です。

こう言っては何ですけど、ボンちゃん確かに「SAMURAI」みたいな雰囲気あるんです。すみません。

ただ、こんな辺境まで来て、ただの観光ということでもないと思うのです。
やはり、遠い懐かしい何かを感じて、富士山に会いに来る。
そして、それぞれのお国へ帰られる。
そんな気もします。

それにしても日本に来てて「日本人ですか?」って世界はおもしろい。


さて、
やろうと決めたのに、続かない。
今日こそ、と思ったのに、気づけば元通り。
自分は意志が弱いのだろうか、と落ち込むこと、ありませんか。

いよいよ下意識「実践編」です。


でも、その前に。
「意志」とは、そもそも何なのでしょう。

よく、意志とは「何かをしようと決める力」だと言われます。

まちがってはいません。
けれど、それだけでは、意志のほんとうの姿は見えてきません。


意志の源は、もっと奥にあります。

下意識からの、静かな促し。
「こうしたほうがいいよ」「こちらへ進みなさいよ」という、内側からの合図です。
その促しを、表の意識が受け取って、はじめて意志になります。


つまり意志とは、下意識の促しを、こちらが採用すること。

表の意識だけで、ひねり出すものではなかったのです。
すると、「意志が弱い」というのも、見え方が変わってきます。

それは、あなたがダメだから、ではありません。


奥からの促しが、表まで届くほど強くなかったか。

あるいは届いても、表の意識が、理由をつけて却下してしまったか。

たいてい、そのどちらかです。


では、意志は、どう養えばいいのでしょう。
道は、二つあります。

ひとつめ。
下意識が何かを促しているとき、その小さな声に、ちゃんと耳をかたむけること。
内なる声を聞きのがさない習慣を、少しずつ育てる。

ふたつめ。
聞こえた促しを、そのままにせず、分析すること。
そして、ふさわしい言葉や行動にして、かたちを与えること。
促しは、行動になって初めて、この世界で力を持ちます。


もうひとつ、大切なことがあります。

最後みっつめ。
何を目指すのか、はっきりさせておくこと。

向かう先がぼんやりしていると、意志は焦点を失います。
的の定まらない意志は、空回りします。


ただ頑固になったり、こだわりすぎたり、無鉄砲になったり、力はあるのに、あらぬ方向へ暴れてしまう。

だから、まず、めざす一点を決める。

遠くの理想を見上げて、足元の一歩を確かめる。

見上げて、確かめて、また歩く。
どこかできいた「ことば」です。


意志とは、力ずくで自分をねじ伏せることではありません。

奥からの促しに気づいて、静かにうなずくこと。

その積み重ねなのだと思います。

次は、その一歩が繰り返されて「習慣」になっていくお話です。

さあ、いよいよあと二章でお別れです。
だんだん寂しくなってきました。


このままずっと続けばよいのに・・・

富士山麓からあなたへ。

ボンちゃん。


いいなと思ったら応援しよう!

ボンちゃん よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! ありがとうございます。

この記事が参加している募集