新大陸の発見者も眠る大聖堂
スペイン南西部のセヴィリアの大聖堂は、9世紀に創建されたイスラム教徒のモスクの上に献堂された。セヴィリアがレコンキスタ(国土回復運動)によりイスラム教徒から解放された後、約150年歳月をかけて16世紀初頭に完成。ところどころにイスラム教のモスクの痕跡が残っている。

大聖堂は、イスラム教徒によって築かれていたメスキータ・マヨールの跡地に、1401年から1519年にかけてゴシック様式で建てられた。鐘楼になっているヒラルダの塔の横の入り口から入ると、大きなビルほどの高さの天井の下に大聖堂が拡がる。王室礼拝堂を含め、全長145メートル、幅82メートル、中央身廊の高さは42メートルで、スペインでも三番目に規模を誇る。
1987年、セビリア大聖堂は「セビリアの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館」と共にユネスコの世界遺産に登録されている。






レタブロと呼ばれるキリストの生涯を描いた45枚の金箔装飾の彫刻パネルからなる巨大なゴシック様式の祭壇 。16世紀前半に活躍したフランドル(現ベルギー)出身の彫刻家ピエール・ダンカール(Pierre Dancart)の労作。


18世紀半ばに制作された「銀の祭壇」(Altar de Plata)。新大陸発見後、南米で採掘された銀で膨大な富を築いたスペイン、その中核を担ったセヴィリアらしい銀製の祭壇。経年変化で劣化が激しく、近年修復していた。
2026年から本来の位置、主礼拝堂に近い側廊に移され、主要な典礼行事の祭壇として使用されている。

大聖堂は、被昇天と玉座の聖母マリアへ献堂されており、正式には「セヴィリアの聖母マリアの玉座と被昇天の聖母マリア大聖堂(Santa, Metropolitana y Patriarcal Iglesia Catedral de Santa María de la Sede y de la Asunción de Sevilla)」と呼ばれている。

1902年に建立されたクリストファー・コロンブスの墓碑。コロンブスは何度か大西洋を横断して新大陸に渡っていたことから遺体の所在は不明だった。現在、セヴィリアとカリブ海のサント・ドミンゴに遺体が葬られている。
棺を担ぐ4人の人物は、カスティーリャ王国、レオン王国、アラゴン王国、ナバラ王国を象徴している。



ヒラルダの塔は、高さは95.5メートル。1504年、セヴィリアの大地震の際に、セヴィリアの守護聖人聖フスタと聖ルフィーナ姉妹が現れて塔と大聖堂の崩壊を防いだという言い伝えがある。



聖人録
聖フスタと聖ルフィーナ
Santas Justa y Rufina

ムリーリョ作
フスタとルフィーナ姉妹は、ローマ帝国支配下のセビリアで、フスタは268年、ルフィーナは270年に、隠れて信仰していた質素な陶工の娘として生まれた。姉妹は貧しい人たちを助け、福音を広めることに尽力した。
当時、ローマの女神ヴィーナスの恋人アドニスの死を記念した祭りのために人々は街で寄付を募った。ある時、ヴィーナスの信者たちがフスタとルフィーナの家に来て、献金を要求したが、姉妹は自分たちの信仰に反するので支払いを拒んだ。さらに、姉妹が女神像を破壊したことから、287年に捕らわれて、数々の残酷な虐待を受けた後、殉教した。
セヴィリアの守護聖人であると共に、陶工、土器制作者の守護聖人。
