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管理ツールを作ったら、投稿を減らすことになった | エッセイ

——全部返したい。でも、全部返すのは無理だった

少し前から、noteの交流を管理するためのツールを作っている。

誰がスキをくれたのか。
誰がコメントをくれたのか。
誰がマガジンに追加してくれたのか。

そういうものを、人ごとに見えるようにした。

最初は、

誰が来てくれているのかを見落とさず、
できるだけ私も読みに行けるように

作り始めたものだった。

ところが、出来上がってきた一覧を見ていたら、思っていたのとは少し違うものが見えてきた。

私が思っていた以上に、何度も来てくれていた人がいた。

そして、

私は、その人たちのところへ、思っていたほど行けていなかった。


覚えているつもりだった

コメントをくださった方は、比較的覚えている。

通知も残るし、やり取りもある。

でも、スキだけで何度も来てくださっている方までは、正直ほとんど把握できていなかった。

記事にたくさんスキがつくようになると、なおさらだった。

「この人、よく来てくれてるな」

くらいには思っていても、

実際に一覧にしてみると、

いや、めちゃくちゃ来てくれてるやん。

となる人が何人もいた。

逆に、

「最近この人のところ行けてないな」

と思っていた人が、実はずっとこちらには来てくれていたりする。

一覧にしたことで、今までぼんやりしていたものが、一気に見えるようになった。

うれしかった。

でも同時に、

ちょっと申し訳なくなった。


返したいと思っている

私は、noteで交流することが好きだ。

コメントをもらえばうれしいし、
何度も読みに来てもらえるのもうれしい。

私自身、noteを始めたばかりで、まだほとんど読まれていなかった頃に、初めて自分の記事をマガジンに追加してもらったことがある。

「あ、私の記事を見つけてくれた人がいるんや」

それが、ものすごくうれしかった。

だから今度は、

自分が受け取った小さな追い風を、
誰かにも渡せたらいい。

そう思っている。

受け取った応援を、その人に返すだけではなく、次の誰かへ渡していく。

私にとっては、それも小さな恩送りなのだと思う。

そしてもうひとつ。

私のところに来てくれた人には、できることなら私も返したい。

記事を読みに行って、
いいなと思ったらスキを押して、
書きたいことが浮かべばコメントも残したい。

今も、できる範囲ではそうしている。


でも、時間まで見えてしまった

管理ツールを作って見えるようになったのは、

「誰に返せていないか」

だけではなかった。

これを全部ちゃんと返そうとしたら、
どれくらい時間が必要なのか。

そこまで見えてしまった。

一人の記事を読みに行く。

読んで、少し考える。

スキを押す。

コメントをくださった方のところには、
できるだけ私もコメントを残したい。

それ以外でも、
書きたいことが浮かべばコメントする。

自分の記事にいただいたコメントにも返信する。

そうやって一人ひとりと関わっていると、
人数が増えるほど、必要な時間も増えていく。

そこへ新しい記事を投稿すれば、また新しいスキやコメントが届く。

当然、その間にも私は誰かの記事を読みたい。

自分の記事も書きたい。

でも、noteだけをして暮らしているわけではない。

仕事もある。

犬たちの世話もある。

家のこともある。

普通に生活もしたい。

それにnoteには、スキの制限もある。

どれだけ気持ちがあっても、一日にできることには限りがある。

全部は無理だった。

これは気持ちの問題ではなく、

単純に物理的な問題だった。


投稿を減らすことにした

これまでは、だいたい3〜4日くらいの間隔で投稿していた。

書きたいものはたくさんある。

下書きもある。

だから、記事そのものはもっと出せる。

でも、新しい記事を出せば、そのぶんまた交流は増えていく。

自分の記事を書く時間だけを考えれば、投稿できる。

でも、

書くことと、noteを続けることは、
私の中では少し違った。

書いて出して終わりではなくて、

来てくれた人のことも見たい。

コメントも返したい。

できれば、その人のところにも行きたい。

それなら、記事を増やすより、

今ある交流に少し時間を使う方が、
私は気持ちよく続けられる気がした。

なのでこれからは、

4日〜1週間くらい。

無理に間隔を詰めず、その時の生活や交流の状況を見ながら、少し投稿ペースをゆるめてみようと思っている。

きっちり週一と決めるつもりもない。

書きたくなったら書くし、
出したくなったら出す。

ただ、

「次の記事を出さなきゃ」

を少しやめてみる。


返せない自分を責め続けたくない

管理ツールを作る前は、

見えていないものがたくさんあった。

だから、

「まあ、できる範囲で返せてるかな」

と思えていた。

でも、見えるようになると、

返せていないところまで、ちゃんと見える。

何度も来てくれているのに、私は一度も行けていない人。

こちらからは、たまにしか行けていない人。

行きたいと思いながら、後回しになっている人。

それを見ると、

やっぱり私は気になる。

たぶん私は、

返せないことそのものより、
返したいのに返せていないと思い続ける方がしんどい。

今も、コメントをくださった方のところには、できるだけ私も読みに行って、コメントを残すようにしている。

でも、それ以外も含めて、来てくれた人全員に返せているわけではない。

これからも、全部は返せないと思う。

どれだけ仕組みを作っても、

一日は24時間しかない。

見える化したからといって、使える時間まで増えるわけではなかった。

さすがに、時間までは増やせなかった(笑)

むしろ見えるようになったからこそ、

「返したい」と思う気持ちと、
実際に返せる量には、どうしても差がある。

そのことが、はっきりわかった。

だから、全部返せる自分を目指したら、

たぶんずっと、

「あの人にも行けてない」

「この人にも返せてない」

と、自分にダメ出しを続けることになる。

そしてそのうち、

ちゃんと返せない自分を、
嫌いになってしまいそうだった。

それは嫌だなと思った。

だから、投稿を減らすことにした。

恩返しをやめるためではない。

交流を減らしたいからでもない。

全部は無理だと認めた上で、
それでも、できる範囲ではちゃんと返していくために。

たくさん書くことより、

来てくれた人をちゃんと見られる余白を残したい。

全部には返せなくても、

返せる時には返す。

読める時には読む。

コメントしたいと思った時には、ちゃんと書く。

そのくらいの続け方が、

今の私にはちょうどいいのかもしれない。


仕組みを作ったら、

今、私のところに来てくれている人たちと、
もう少しちゃんと関われるようになると思っていた。

でも実際に見えてきたのは、

仕組みだけでは埋められない、
自分の時間の限界だった。

そして、その限界が見えたからこそ、

投稿を少し減らしてみようと思えた。

これもたぶん、

私なりの仕組み化なのだと思う。




本文で触れた方

本文で触れた、私の記事を初めてマガジンに追加してくださった方。

それが、✨️たーぜさん✨️です。

「あ、私の記事を見つけてくれた人がいるんや」

あの時のうれしさを、今でもよく覚えています。

たーぜさん、あの時はありがとうございました。



次のエッセイでは

今回、投稿ペースを見直している中で、もうひとつ気づいたことがありました。

「自分の言葉って、ほんまに誰かに届いてるんかな」

noteを始めた頃からあった、この不安。

読んでくださる人が増えれば消えると思っていたのに、意外となくなりませんでした。

むしろ数字が増えるほど、自分の中の「いつも通り」の基準まで上がっていたみたいです。

書きたいから文章を書いているはずなのに、どうしてこんなに数字が気になるんだろう。

そのあたりは、また次のエッセイで考えてみようと思います。


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