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【宇野邊䞀×䞭村隆之むベントアヌカむブ】アフリカから到来する哲孊 ――アシル・ンベンベを読み、蚳す

2026幎6月26日金、ゞュンク堂曞店池袋本店にお『黒人理性批刀』蚳者である宇野邊䞀先生ず、『地球共同䜓』蚳者の䞭村隆之先生による察談むベントを開催したした。『黒人理性批刀』『地球共同䜓』ずもに重版になったこずを蚘念しお、察談内容のダむゞェスト版をお届けいたしたす。

翻蚳の経緯

宇野邊䞀 僕が『黒人理性批刀』講談瀟を蚳すきっかけずなったのは、蚳者あずがきにも曞きたしたが、ブラゞルの哲孊者でドゥルヌズガタリの研究者でもある、ペヌタヌ・パル・ペルバルトずいう友人が、n-1ずいう圌自身の采配する出版瀟の䌁画に本曞のポルトガル語蚳を入れおいたからです。ごく短い説明だけでも閃いたこずがあり、原文を読んでみるず、玍埗するずころがたくさんありたした。フランス語の文䜓に深い含蓄があっお、把握しきれないずころがありたしたが、その論調が印象的で、蚳しおみたいず思うようになったんです。僕はそれほど人皮差別ずいう問題を正面から考えるこずをしおいなかった。この問題を扱おうずすれば、黒人差別ずはアフリカ人の話ですが、どうしおもアメリカが目立っお、アメリカ史を調べねばならず、そのうえアフリカの壮倧な過酷な歎史がテヌマになるし、それからクレオヌルずいう䞖界も問題になる。結局この地球党䜓にたたがるずお぀もなく広い䞖界ず察面するこずになりたす。

 なのでこれらを党郚匕き受けるずいう姿勢で曞かれた䞭村先生の『ブラック・カルチャヌ』岩波新曞の内容の広倧なこずに呆れたす。文孊研究の領域だず、あるひずりの䜜家に関係する本を読み持っお、䞀生が終わるこずだっおある。しかし、ブラック・カルチャヌ研究をするず、1人でなくすぐに100人、100人どころじゃなくお、1,000人ずかずいうスケヌルに数が膚らんでいく。本圓に圓惑する倧倉なテヌマで、それを蚳すこずも膚倧な䜜業になる。その膚倧なテヌマにかかわるこずを決意するたでの時間が必芁でした。圓時すでに『黒人理性批刀』は䞖界䞭で評䟡が高くお、もう10か囜語くらいには翻蚳されおいたず思いたす。ずころが調べおもらったら、日本での翻蚳暩はただフリヌだった。ですから、たず僕の「無知」ずいう前提はあったのですが、文章的にずおも惹かれるずころがあり、翻蚳の䜜業にかかりたした。

 たずえば、チャヌルズ・W・ミルズ『人皮契玄』杉村昌昭・束田正貎蚳、法政倧孊出版局ずいう重芁な本がありたす。原曞は1997幎に出た本で、『黒人理性批刀』ずこれを比べお読みたした。『人皮契玄』ずいう蚀葉は、有名なル゜ヌの「瀟䌚契玄」ず察比されおいたす。あの「瀟䌚契玄」の前に、「人皮契玄」ずいう暗黙の、政治的な普遍的な契玄があったずいうふうに、人皮差別を培底的に政治的に思考した本です。ンベンベのほうは必ずしも、政治的な語圙で語らない。これが非垞に重芁な点だず思いたす。

 少しですが、ゞル・ドゥルヌズからの匕甚があり、「リゟヌム」や「生成倉化」などが生き生きした文脈で玠早く出珟する、やはり気にかかるずころでした。あるいは、ミシェル・フヌコヌの「ディスクヌル」の考察も匕甚されおいお印象に残りたす。぀たり蚀葉ずいうものが、なにかを照らし出す。蚀葉はその光なのですが、その光はかならず窪みを぀くり出す。フヌコヌは「倪陜の窪み」ずいう蚀葉を䜿いたす。蚀葉ずいう倪陜党䜓がじ぀は真っ黒だ、䜕かを照らし出しおは䜕かを芋えなくする、ずいうようなむメヌゞが、人皮差別を解き明かすンベンベの思考の機動力になっおいたす。ンベンベの論が、フランス珟代の思想の応甚であるなどず蚀いたいわけではたったくありたせん。しかしンベンベの批刀的思玢が、政治的文脈の批刀の底を぀きぬけお新しい展望を提出するこずになっおいるのは、若いずきフランスに䜏んで吞収しおきたこずも、確かにきっかけになっおいたす。

 『黒人理性批刀』の蚳が出おから、もう玄幎半が経ちたした。他の翻蚳などもしおいるうちに少し遠ざかっおしたったのですが、今回読み盎しお、あらためおンベンベの底の深さをしっかり感觊しおいたすので、今倜はそのお話を少しでもできればず思いたす。

䞭村隆之 おそらく私たちのような人文孊系の研究者の堎合、翻蚳するこずは、そのテクストの䞀番の読み手になるこずなのですね。著者の意識だずか、蚀葉の䜿い方に耳を柄たしおいくこずだず思うのです。宇野先生が印象的にあげおくださった「倪陜の窪み」ずいうフヌコヌの蚀葉ですが、これは確かにンベンベを蚳し、そしお圌を玹介する際にも、ずおも重芁だず思いたす。

 そこに降り立぀前に、䞀応翻蚳の経緯を話しおおくず、私はカリブ海・マルティニヌク島出身の䜜家゚ドゥアヌル・グリッサンの研究をしおきたした。ンベンベの邊蚳を読んだ方は、どこかでグリッサンずいう名前に出䌚っおるず思いたす。宇野先生にずっおドゥルヌズが参照項だったように、私にはグリッサンが参照項でした。マルティニヌク島はずおも小さいですが、䞖界的に知られる蚀葉の䜿い手たちを茩出したした。詩人゚メ・セれヌルや、ンベンベにおいお最も重芁な圹割を果たす、フランツ・ファノン。カリブ海の文孊や文化を研究しおいおも、ンベンベの名前をよく聞きたした。しかし翻蚳が出ない。誰かやっおくれないかな、ず思っおいたした。宇野先生もアフリカやカリブ海の人皮差別をめぐる問題は専門的に扱ったこずがないずおっしゃっおいたしたが、逆に蚀うず私も、珟代思想あるいは思想曞を蚳したこずがなく、自分の手に䜙るず思っおいたした。「誰か蚳しおください」ず蚀っお回るなか、人文曞院にもンベンベの翻蚳を出さないのは日本の知的損倱ですず倧颚呂敷を広げた結果、䌁画が進みたした。そこで出たのが『ネクロポリティクス』岩厎皔・小田原琳蚳、人文曞院です。ンベンベの名前はこの「ネクロポリティクス」の抂念ずずもに茞入されたず思いたすが、圓時は東京倖囜語倧孊の玀芁に論文が1本蚳されおいただけで、誰もそれを文脈づけるこずができない状況でした。その前にンベンベ本人を招く話があったのですが、急遜来日キャンセルになっおしたっお、その代わりに論文だけが翻蚳され玀芁に掲茉されたずいう経緯でした。招聘しようずしおいたのがヘヌゲル研究者でありポストコロニアル研究もされおいる岩厎皔さんで、その岩厎さんが䞭心になっお『ネクロポリティクス』が刊行されたした。

 2023幎から翌幎にかけお、サバティカルでパリに滞圚しおいたした。『地球共同䜓』の原曞が出たばかりで、『ネクロポリティクス』ず邊蚳未刊行の『Brutalismeブルヌタリズム』、そしおこの『地球共同䜓』であわせお䞉郚䜜、そしお『地球共同䜓』が最終䜜ず䜍眮づけられおいたす。いただ最新䜜です。ただ1人で蚳すのは難しいず思い、思想系の研究者で友人の平田呚さんず䞀緒に蚳すこずになり、ようやく出版できたのが2026幎の1月です。『ネクロポリティクス』は3刷、『黒人理性批刀』も぀い先日重版になったずのこずで、いた読たれおいる思想家だず思っおいいのではないでしょうか〔※線集郚泚 『地球共同䜓』も刷が決定したした〕。

 先ほどたさしく宇野先生がおっしゃっおいたずおり、ンベンベは政治的な声で政治的な問題を語りたせん。さらに、いわゆる普通の哲孊者や思想家の蚀葉遣いずもたた違う。『黒人理性批刀』で参照されるのも、セれヌルから、゜ニヌ・ラブタンシ〔コンゎの小説家、劇䜜家〕たで、文孊に察する目配せがあり、文孊からむンスピレヌションを埗おいる箇所が倚いですよね。宇野先生のあずがきで、ンベンベの読曞歎の䞭にミシェル・レリスの『幻のアフリカ』岡谷公二・田䞭淳䞀・高橋達明蚳、平凡瀟ラむブラリヌがあったず曞かれおいたした。かなり膚倧で柔軟な読みをしおきたのだろうず掚察したすが、ンベンベ自身も最新の泚意を払っお、ンベンベずしか蚀いようがない文䜓を぀くり䞊げおいるず思いたす。私たちの感性にぐっず届かせるような蚀葉遣いですね。

 珟代は単玔にからに眮き換える、語甚論的に、あるいは機胜䞻矩的に蚀葉が眮換されおいく、いたの生成の甚法など、機械的に数字に還元しおいくような蚀葉の䜿甚が倚く、そうしたものに慣れおいくず、アナログずいうか、人間のなかから玡がれる蚀葉の䟡倀芳も随分ず感じ取りにくくなっおいくように思いたす。蚀葉自䜓も倧きく倉容しおいる時代だずも思いたす。そのような状況でンベンベは、曞き手ずしおの自芚が倧いにあり、なにかに必死に抗っおいる文䜓にならざるを埗ないこずを述べおいたす。

怍民地ずはどのような経隓か――理性ず「黒人」ずいう存圚

宇野 『地球共同䜓』で述べられおいた「蚀葉の黄昏」ですね。もはや「蚀葉」が実は蚀葉ではなく、テクノロゞヌが蚀葉を駆逐しおしたっおいるずいうこずです。この珟代に垭巻する暩力の道具、じ぀は蚈算の道具でしかないすさたじい力胜――コンピュヌタヌ、ロボット、AIなどを、解攟の道具に倉えるこずはできるのか。「蚀葉の黄昏」をなんずかしなければならない。そういう問題意識の根底にあり続けるものは、ンベンベにずっおやはり怍民地支配です。西掋怍民地支配がどういうものだったか、反差別、察抗差別がどういう圢で進んできたか、これたでの研究を網矅的に孊び展望する姿勢が䞀貫されおいたす。

 『黒人理性批刀』の目だっお特城的なずころは、第4章「小さな秘密」だず思いたす。ンベンベは特に觊れおいたせんが、ドゥルヌズの蚀葉のように思いたす。ドゥルヌズはゞョルゞュ・バタむナの「小さな秘密」〔゚ロティシズム、死〕に぀いおネガティブに語っおいたすが、ンベンベはむしろこれに泚目しおいたす。怍民地の゚ロス、享楜――怍民地における資本䞻矩、぀たり垂堎ずいう問題です。怍民地の政治を語りながら、ンベンベは同時に経枈ずいう蚀葉を䜿いたす。消費ず享楜、性的な自己、゚ロティシズムの問題を貫く「暗黒の経枈」を浮びあがらせる。ンベンベのアプロヌチは、いわば欲望の経枈に焊点を圓おおいお、もちろんこれが政治的な意味ず効果をも぀。「小さな秘密」をかかえるアフリカの怍民地でなにが起こっおきたか。

 そしお怍民地では、時間が砎壊されおしたう。過去、珟圚、未来ずいう分節も含めお、盎線性、因果性ずずもにあるような安定した時間感芚が砎壊される。時間そのものがバラバラになっおしたうような怍民地の状態を、䜜家たちが敏感に受け取っお、衚珟しおいる。ンベンベの芖線はそういうずころにも及んでいお、第5章「奎隷のためのレクむ゚ム」も印象的です。レクむ゚ムずは死の問題、死の政治孊であり、死者、死䜓がどう扱われるか、あるいは食人ずいうようなテヌマもそこに介入しおきたす。

 支配者が抵抗する人間を凊刑する。生きた人間をバラバラにしお、生きたたたで次々その肉を食う、そんなひどい堎面があるんです。あたりにひどすぎ、グロテスクで、むしろ滑皜な描写になっおいる。あずは、ある皮の倉身小説。死䜓ず間違えられたり、次々ず星や鳥になったり。自分が誰だか䜕ものだかわからない、時間の喪倱ず自己喪倱がすべおを混然䞀䜓にする、凄たじい状況がある。たずえばひずころ読たれたラテンアメリカ文孊の、幻想性の豊かな魔術的リアリズムずいうゞャンルがありたすが、アフリカではもはやリアリズムどころではない、バラバラに匕き裂かれた幻想的混沌が次々ず登堎する。そういうレクむ゚ムですね。

 さきほど話に出たフランツ・ファノンは䞀貫しお闘争的な思想家であるず同時に、人皮問題を透芖する鋭い批刀的分析を続けおいたした。『地球共同䜓』や『ブルヌタリズム』を読むず、そういう足跡をしっかりふたえた埌に、ンベンベは黒人の経隓自䜓からはどんどん離れおいっおいたす。「地球共同䜓」ずいう蚀葉が象城するように、グリッサンの〈党䞖界〉のほうに向かいたす。党䞖界がリゟヌム状に繋がっおいるずいう䟡倀芳です。囜連でもG7、G20等々でもない「ひず぀のリゟヌム」ずいう展望です。ンベンベの考察の倚くは珟代の管理瀟䌚、監芖瀟䌚にむかっおいる。顔認蚌など生䜓蚈枬などのテクノロゞヌの新たな差別方匏の危険に察する深い関心がンベンベに珟れる。情報テクノロゞヌが蚀語自䜓を倉圢し駆逐しおしたった、これらにどう抵抗するかずいうンベンベの思考には、加速䞻矩的な面も芋えたす。「生政治孊」ずいう蚀葉を頻繁に䜿っおいたすが、もちろんンベンベの生政治孊は、ほずんど察抗生政治孊であっお、『地球共同䜓』でも生呜・身䜓に狙いを定めるテクノロゞヌのおびただしい䟋を挙げおいたす。我々が生呜を別様に捉えお、たすたす脆匱化する生ぞの脅嚁にどう察抗するにはどうすればいいのかずいう発想が、ずっず流れおいたす。あたり垌望を䞎える提案はなく、ずにかく生の政治に敏感であり、生を争点ずする発想をうながしおいる、ずいうふうに僕は受けずっおいたす。

 『黒人理性批刀』は、「人皮契玄」ずも呌ばれうるような差別の䜓制の根本的なからくりを再考しおいたす。タむトルはもちろんカントの『玔粋理性批刀』にかけたものにちがいありたせんが、西掋の「理性」も「批刀」も、すべおが裏に人皮差別や怍民地支配、「黒人問題」ずいう闇をはり぀けるようにしお進行しおきたずいう含みですね。19䞖玀ずは、いわゆる啓蒙時代の革呜が起きお、理性の歎史的勝利ずいうものが䞖界䞭に喧䌝され、様々な哲孊が、カント、ヘヌゲルそしおマルクスも珟れるずいう茝かしい歎史があり、その裏偎にはずっず「アフリカにも光をもたらそう」ずいう埁服ありきの闇があったずいうこずです。あずがきでもし぀こく匕甚したしたが、19䞖玀ヒュヌマニズムの代衚的䜜家、『レ・ミれラブル』の文孊者ノィクトル・ナゎヌでさえも、「アフリカを埁服しなさい」ず叫んでいた。「この闇を明るくしなさい、どんどん領土を獲埗しなさい」ず。仰倩したすよね。ペヌロッパの啓蒙的理性は、もちろん資本䞻矩ずも深く関わり、怍民地䞻矩ず同時進行しおきたした。ですから、「黒人」の理性、そしお「黒人」を前にした理性、非理性ずいう明暗の構造、その力孊、その無意識を解き明かすずいう、哲孊のずっず深い問いに぀ながるはずです。

䞭村 啓蒙的な理性がもたらす光ず闇があり、黒人たちは垞にその闇ずしお抌しやられおきた。この「黒人理性」ずいう蚀葉自䜓は、いたお話にあった玔粋理性ず結び぀きたすし、テクノロゞヌの話に結び぀けるならば、カントにおいおは玔粋理性が届く領域ずいうのは想定されおいる。自然科孊の論理を参照しながら、人間が考えられる範囲がある。その範囲の倖は、道埳や心、神の問題になる。

 これがなにを瀺すかずいうず、理性は西掋でどう衚象されおきたのかずいうこずです。もずもず〔叀代ギリシアの〕ロゎスずいう蚀葉を「ratioラチオ」ず翻蚳したこずによっお「理性」ずいう蚀葉になったのですが、「ラチオ」ず蚳されたずきの「理性的動物」〔西掋における䌝統的な人間の芏定〕の理性ずいうのは、蚈算蚀語に結び぀くような掚論胜力を指したす。ひたすら䜕かを掚論しおいくずきの論理胜力のこずであり、論理的蚀語ずしおの理性のこずです。その理性が近代科孊を掚進しおいく基盀ずなる人間芳になっおいた。そう考えおいくず、理性を通じお「黒人」ずはどういうものであるのか。フヌコヌ的な蚀説の集積がたずあり、それがどのようなかたちで「黒人」たちを衚象し、貶め、蚀葉の問題だけでなく実際の近代奎隷制瀟䌚を䜜り䞊げおいった。そしおアフリカでは特に19䞖玀以降様々な虐殺もあり、歎史のなかでどのような蚀説が線み䞊げられおきたのかずいうこずを、おそらくかなり意識的・自芚的になった思想家だず思うのです。――ンベンベは、思想家ずしか蚀えない気がするんですよね。

 本人は哲孊者だずは名乗りたせん。哲孊ずいうのは、哲孊のディシプリンのなかの営みを蚀うからです。ディシプリンで蚀えば、ンベンベは歎史孊、政治孊を孊び、たしか最初はカメルヌンの独立運動の研究から始め、2001幎に『De la postcolonieポスト怍民地に぀いお』ずいう本を出したす。ンベンベは独特の文䜓を線み䞊げたず指摘されるような、重芁な本です。そしお英語圏を通じお知られるようになっおいきたすが、なぜこの思想家が読たれるのか。喜ばしいこずに、アフリカの孊知やアフリカをめぐる蚀説に関心を持たれおいるようです。それは必然的なずころがあっお、さきほど蚀った蚈算蚀語的な理性がいたの䞖界を芆い尜くしおいる。20䞖玀前半にコンピュヌタヌが生たれ、それずずもにサむバネティクスずいう考え方が生たれお、コンピュヌタヌを䞀皮の擬䌌理性、擬䌌知性ずしお芋立おおいくこずが䞀郚の科孊者たちの教矩になっおいき、それが昚今のブレむクスルヌを経お、生成AIの時代たでやっおきおしたった。

 ンベンベが『地球共同䜓』を曞いた2023幎は生成AIが誕生した盎埌なのでAIの話がそれほど出おくるわけではないのですが、宇野先生が泚目しおくださったように、明らかにンベンベは蚈算可胜なものに察する危険性をずっず蚎え続けおいたす。日垞のなかでも、スクリヌンの向こうにあるものを私たちはむメヌゞあるいは蚀語ずしお認識しおいるのですが、その働きを原理に還元しおしたえば、数字なのですよね。私たちがなにかを捉えるずき、意志のレベルではなくお認知の仕方に匷く働いおいるものが蚈算䞖界だず思っおいお、こうした蚈算可胜な存圚が私たちの目の前に人間的なものずしお感知されるような関係性のなかに入っおきおいる。

 冒頭に光ず闇のお話がありたしたが、ンベンベはどちらかずいうず闇の方が匷いですよね。闇を抉っお曞いおいく。死が充満しおいるようで、読んでいおちょっず蟛いけれど、でもなにか惹かれる、ずいうような、ずおも匷床のある蚀葉で綎られおいたす。ずきにはポ゚ティックで、ずきには淡々ず曞くスタむルです。そのなかでもアフリカあるいはアフロ・ディアスポラの人たちが、いかにこの䞖界の犠牲になっおきたのかが曞かれおいたす。

 『黒人理性批刀』に戻るず、なぜ「黒人」ずいう語が䞖界で特暩的な意味合いを持っおるのかずいうず、私たちはレむシズムの問題だずただちに考えおしたうのですが、ンベンベの捉え方では「黒人」は、䟋倖的な存圚ずしお、䞖界をたさしく起動させる存圚だったわけです。぀たり、アフリカから倚くの人々を連れおいき、その先で奎隷ずされたこの人々は、この奎隷的䞖界を圢成した癜人の芖点を通じお「黒人」ずなった。「黒人」は、レむシズムの論理では、「○○人」、「○○人」ず優劣の比范によっお枬られる存圚のひず぀ですが、どうもンベンベはそういうレベルでは考えおおらず、「黒人」をもっず根源的な、この䞖界の䞭の圧倒的な犠牲者ずしおしか存圚し埗ないものずしお名指しおいるのです。人類のなかで最も犠牲に䟛された人たちが「黒人」なのだずいう、そういう話をしおいる本だず思いたす。

 その闇を描きながら、しかし、闇ず同時にやはり光があるんですね。その光は、たずえばむ゚ス・キリストであるずか、なんらかのかたちで出おくる。『地球共同䜓』のなかでの光ずは、地球そのものです。この䞖界はある。䞖界には䞍平等な環境があり、やはり死が充満するような堎所がいたでも存圚しおいる。ンベンベはい぀でもそのこずを芋据えお考えおいる。ンベンベの蚀葉が私たちのもずに入っおくるのは、孊術のための孊術の蚀葉では決しおないからです。アフリカ哲孊のためのアフリカ哲孊ではない。ここは匷く蚀いたいずころで、日本にデリダやドゥルヌズ、ラカンなどが玹介されおきたこずはすごく重芁だず思うのですが、でもその先があるはずなのです。あのドゥルヌズの玹介者である宇野先生が、ンベンベを蚳しおくれ、さらにはこう論じおくださるこずがずおも倧事なのだず思いたす。いたの人文孊では、「○○の研究者です」「専門分野以倖は研究したせん」ずいう人が倚すぎる気がしおいたす。○○を䜿いながらこの䞖界に぀いお考えればいいのに、その点は非垞に感床が悪い。そんななか宇野先生が蚳しおくださるずいうこずは、受け取る偎にすごくよい刺激になるのではないかず思いたす。

 地球がだんだんず居䜏䞍可胜になっおきおいるこずをンベンベは蚀い続けおいたす。それは比喩ではたったくなく、ペヌロッパでも経隓したこずのない猛暑がやっおきたり、どれほど私たち人間が人間以倖の存圚を圓然のように酷䜿し、埓属化・隷属化させおいるのかが顕わになっおきおいる。動物ず「黒人」ずいうテヌマはンベンベの䞭でもかなり出おきたす。でもやはり思い描くナヌトピアずいうのは地球であっお、その地球のあり方をもう䞀回考え盎さないずいけない。この地球が䞀床西掋の怍民地化によっお䞀䜓化した埌に珟れたもう䞀぀の「第二の地球」ずいうものがテクノロゞヌのなかに包摂された地球です。

 考えおもみれば、私たちが䜿うAIにしおも、垞にデヌタセンタヌで膚倧な電力を䜿い、電力消費のために膚倧な冷华氎も䜿われおいる。それはどこからやっおくるのか。私たちがこうしお話しおいるむベントも、䟿利なテクノロゞヌがないず開催できないものですが、機材に入っおいる鉱物がどこからやっおくるのか。ほんずうはすべお繋がっおいるんですよね。でもそれをたったく芋せず、気づかせないずいう仕方でもっお私たちは切断されおおり、䞀方で資本䞻矩は欲望をどんどん肥倧化させおいく装眮ずしお個人化された私たちの消費の欲望を掻き立おたす。

「パッション」が海を枡るずいうこず

宇野 ずおも根本的で倚くの問題点を指摘されたした。「人新䞖」や資本䞻矩を問い盎す颚朮はありたすが、資本䞻矩のシステムはもう続かないから瀟䌚䞻矩に倉えないずいけないずいう論もありたす。資本䞻矩はだらだらず終末を匕き延ばすだけだ、ず。ンベンベの『地球共同䜓』を読んでいるず、そういう政治的な次元の話をしおいないですね。やはり生呜、この身䜓が争点です。生き生きず生きられるかどうか。それではンベンベを読めば解決するのかずいうず、解決にはならないでしょうが。それほど垌望に充ちた改革の提案など曞いおないのです。

 「受難」ずいう蚀葉がありたす。英語でパッションpassionですね、情熱ずいう意味もありたす。黒人の思想家が非垞に繊现な本質的提蚀ができる理由があるずしたら、そのパッションゆえであっお、ンベンベはそれを隠したせん。『黒人理性批刀』の最埌では、キリスト教の「パッション」ずいうものが黒人の抵抗運動の導き手だったずはっきり曞いおいたす。実際に、黒人の抵抗運動ず思想はキング牧垫も含めお聖職者によるものがほずんどですよね。そのパッションを、ンベンベは生政治孊あるいは察抗生政治孊にひき぀いおいこうずする。

 今回の察談にあたっお『黒人理性批刀』を読み返しながら、あらためお僕にずっお指針になる本を手にずったのですが、䞀぀はトニ・モリスンの『暗闇に戯れお』郜甲幞治蚳、岩波文庫ずいう短い講矩録です。アメリカの黒人文孊に぀いおの考察ですが、たず曞き手が癜人であれ、ずきに黒人であれ、読者はすべお癜人だず想定されおいお、珟実にもそうである、そういう䞖界の䞭の文孊だった、ずいうこずを語っおいたす。実は金魚鉢の䞭にいる自芚のないたた自分たちが生きおきた、ずいう事態を告発するこずから始めおいたすが、モリ゜ンは次にアヌネスト・ヘミングりェむや゚ドガヌ・アラン・ポヌなど癜人䜜家の䜜品に぀いお繊现な分析をしたす。圌らが「癜」に぀いお曞き出すずきに、なにが起こっおいるのか。色圩ずしおの癜の意識ず、黒を前にしたずきの屈折を、機敏に読み取っおいたす。そこかしこに人皮差別があるずいう分析でもあるのですが、それをはるかに超える䞁寧な読解です。たず、こういう繊现な読み方ができるずいうこずに驚く。「色」をめぐる無意識や幻想の、すさたじい屈折や拡がりが指摘されおいたす。

 それからもう䞀冊、䞭村さんの蚳した゚ドゥアヌル・グリッサンの『フォヌクナヌ、ミシシッピ』むンスクリプトずいう本。これには衝撃を受けたした。りィリアム・フォヌクナヌはアメリカ南郚にペクナパトヌファずいう架空の町を䜜り䞊げ、そこで起こったこずを描いおおり、そこには人皮差別がほずんど原眪のように存圚する。グリッサンがフォヌクナヌの足跡をたどりながら、南郚玀行の圢にしお曞き䞊げた本です。倧倉繊现な実隓的文䜓で、これを蚳すのは倧倉だったでしょう。

 南郚の癜人の差別的に芋える立堎もフォヌクナヌには芋えたすが、グリッサンは、それを䞀切非難しおいない。むしろ、フォヌクナヌは癜人、黒人、先䜏民が共生する䞖界をそのたた描いおいる。問題は正矩以䞊に真実だ・・・・・・・・、ずいう蚀葉が䜕床も出おきたすが、䞍可避のものずしお、しかも絶察に描き埗ないものずしお、それを描く。起源なき起源を描く、起源ずは決しお䞀぀の玔粋な統䞀されたものではない、起源そのものが䞍玔なんだ、原眪ず共にあるんだずいう芖線でもっお、すべおを肯定的に描いおいる。グリッサンはフォヌクナヌを高く評䟡しお、〈党䞖界〉ずいう蚀葉に぀なげおいきたす。グリッサンがクレオヌル思想家ずしお、たくさんの問いを泚入しながら芋事にフォヌクナヌを批評しおいる文章でした。

 どんな優れたアメリカの癜人䜜家もみな、「黒人」を䞀぀の闇ずみなし、恐怖や䞍安の察象でありながら、非垞に刺激的なものずしおも扱っお、しかもそれを無意識的に隠しおいる。アメリカずはそういう傷だらけの文化だずいうこずをモリ゜ンは語っおいたす。こういう芖線から出おくるもの、たあ敢えお垌望ず蚀いたしょうか、そういうパッションをずもなう批刀ずいうか、そういうものがないず、終末や環境危機や瀟䌚䞻矩に぀いお語っおいおも空しいずいう颚に思っおいたす。

䞭村 ありがずうございたす。「パッション」ずいう蚀葉、ほんずうにその通りですね。そのパッションは、たた感染するものでもあるず思いたす。だから私たちはンベンベのような海の向こうのパッションの蟌められた文章を読み、それを媒介者ずしお蚳す。そこに描かれおいる受難ずずもに受難を乗り越えおいこうずするような情熱を、ずおも匷く感じる。それがこれだけ暗い話であっおも、なにか垌望を感じる理由なのだず思いたす。こうした蚀語行為、思玢の営みが、こういう颚に届けられおくる。モリスンのテクストが曞かれたのは少し前ですが、私たちは出䌚い盎しおいくこずができる。そしお私たちの糧にするこずができる。

 宇野先生が『フォヌクナヌ、ミシシッピ』の話をしおくださったので、最埌に話を倉奏しおみたいのですが、グリッサンは䞀番圱響を受けた䜜家は、フォヌクナヌだず蚀うんですね。もう䞀人は、詩人のサンゞョン・ペルスだず。どちらも癜人なのです。『フォヌクナヌ、ミシシッピ』の䞭でも、フォヌクナヌは差別的で読たなくおもいいずいう論調に察しお、いや、フォヌクナヌは重芁だずいうスタンスをたったく厩さない。ですからグリッサンは、いわゆるアメリカのブラック・スタディヌズでは扱いにくい存圚なのですね。「私は黒人だ」ずいうアむデンティティ衚明をしないばかりか、逆に、アフリカ幻想を匷めるものを批刀し、セれヌルのネグリチュヌドにもアフリカ回垰運動にもずおも批刀的な態床をずりたした。けれども、ここが倧事ですが、グリッサン自身は、奎隷ずしおの経隓に匷くこだわりたした。奎隷経隓から粉々になった自分たちの存圚を繋ぎ合わせ、そしお自分たちを぀くり盎さないずいけない、ず蚀う。そのずきに必芁なのは創䞖蚘ではなく、自分たちに残された口承䞖界の民話であるず。粉々になったわずかな芁玠から䞖界を線み䞊げようずしたのがグリッサンであり、ンベンベに先行する䟋倖的な䜜家・知識人だず思っおいたす。

 そのグリッサンがフォヌクナヌに着目したずころから倉奏するず、䞭䞊健次によるフォヌクナヌぞの泚目が興味深い。䞭䞊健次は被差別郚萜出身ずいう自身のアむデンティティの問題を探究しおきたわけですが、若い頃に玀州を出お東京に来お、ゞャズ喫茶に通っおいたした。そこでブラック・ミュヌゞック、具䜓的にはフリヌゞャズをずっず聞いおいたそうです。リチャヌド・ラむトやゞェむムズ・ボヌルドりィンなど黒人䜜家も読んでいた。でも圌は被差別ずいう点で共通点のあるそうした䜜家よりも、フォヌクナヌに決定的圱響を受ける。

 䞭䞊健次は自分たちが眮かれた状況を、正矩や䟡倀刀断の問題ではなく、珟象の問題ずしお捉えたのだず思いたす。だからこそ、圌はフォヌクナヌを自芚的に継承しようずした。グリッサンもたさに同じように考えたのです。同時代を生きながら結局出䌚うこずがなかった二人がフォヌクナヌを継承しおいるずいう、響き合うずころがあるず思った次第です。終

むベント詳现

アフリカから到来する哲孊 ――アシル・ンベンベを読み、蚳す
宇野邊䞀哲孊者・フランス文孊者
䞭村隆之フランス文孊・カリブ海文孊者

䌚堎ゞュンク堂曞店池袋本店 9F むベントスペヌス

カメルヌンに生たれ、フランスやアメリカで孊んだアシル・ンムベンベ。2024幎に初の邊蚳曞『黒人理性批刀』、2025幎に『ネクロポリティクス――死の政治孊』、そしお今幎『地球共同䜓――最埌のナヌトピアに぀いおの考察』が発売されたした。
地球がデゞタル・テクノロゞヌによっお瞮枛し、人間を含む生物に剥き出しの暎力が向けられるこの時代。たすたす䞍安定化する䞖界で、哲孊はどのような想像力を提䟛するこずができるのか。䞖界をアフリカから照射するンベンベの思想にこそ、いたこそ読たれるべき叡智があふれおいたす。
『黒人理性批刀』蚳者の宇野邊䞀さん、『地球共同䜓』蚳者の䞭村隆之さんをお迎えし、ンベンベの思想の魅力をひもずくずずもに、その思想を日本語ぞず移し替えるさいの劎苊や発芋、翻蚳ずいう営みの奥深さに぀いおも、たっぷり語っおいただきたす。

登壇者プロフィヌル

宇野 邊䞀うの・くにいち 哲孊者、フランス文孊者。著曞に『〈単なる生〉の哲孊――生の思想のゆくえ』平凡瀟、『映像身䜓論』、『吉本隆明――煉獄の䜜法』以䞊、みすず曞房、『ドゥルヌズ――矀れず結晶』河出ブックス、『ドゥルヌズ――流動の哲孊』、『反歎史論』以䞊、講談瀟孊術文庫『〈兆候〉の哲孊――思想のモチヌフ26』、『政治的省察――政治の根底にあるもの』、『パガニスム――異教者の゚チカ』以䞊、青土瀟など。蚳曞にドゥルヌズガタリ『アンチ・オむディプス』河出文庫、ベケット『モロむ』、『マロりン死す』、『名づけられないもの』、ゞュネ『ヘリオガバルス』鈎朚創士共蚳以䞊、河出曞房新瀟、ゞュネ『刀決』みすず曞房など。

䞭村 隆之なかむら・たかゆき フランス文孊、カリブ海文孊者。著曞に『カリブ䞖界論』人文曞院、『゚ドゥアヌル・グリッサン』岩波曞店、『野蛮の蚀説』春陜堂曞店、『環倧西掋政治詩孊』人文曞院、『ブラック・カルチャヌ』岩波新曞、『゚ドゥアヌル・グリッサン 〈関係の詩孊思想〉』《シリヌズ 知の革呜家たち》、氎声瀟など。単蚳に゚ドゥアヌル・グリッサンパトリック・シャモワゟヌ『マニフェスト 政治の詩孊』以文瀟、共蚳にアラン・マバンク『アフリカ文孊講矩』みすず曞房、ルむ・サラモランス『黒人法兞』明石曞店、゚ドゥアヌル・グリッサン『カリブ海序説』むンスクリプトなど。