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生まれてきてくださって、ありがとうございます|雅さんへ贈る、命と愛の物語

9月9日。

今日は、雅さんのお誕生日です🎂🍀

雅さん、お誕生日おめでとうございます✨

今日は最初に、私がずっと雅さんへ届けたかった言葉を贈らせてください。

生まれてきてくださって、ありがとうございます。

HAPPY💗BIRTHDAY 雅 Masaさん💖

「生きる」ということを考える9月


9月は、子どもたちのこころについて、いつも以上に気にかけたい時期でもあります。

長い休みが終わり、学校や日常へ戻ることを前に、言葉にできないほどの苦しさを抱えている子どもたちがいます。

周りからは何事もないように見えていても、

「明日が来るのが怖い」

「もう頑張れない」

「ここから、どうしたらいいのかわからない」

そんな思いを、ひとりで抱えていることがあるかもしれません。

そして、それは子どもだけではありません。

災害によって、大切にしてきた暮らしを失った人。

愛する人との別れによって、それまで当たり前にあった日常が変わってしまった人。

これから先を思い描けず、今日を生きるだけで精いっぱいの人もいます。

そんな人に、

「前を向こう」

「生きていれば、きっといいことがある」

と、簡単に伝えることはできません。

明るい未来を信じることさえ、苦しい夜があるからです。

希望とは、いつも大きな夢や、まぶしい光のようなものではないのかもしれません。

温かいものを、ひと口飲んでみること。

誰かの言葉を、もう一度読み返してみること。

好きな歌を、一曲だけ聴くこと。

あるいは、

「今日を、もう一日だけ生きてみようかな」

と思える、小さな何かなのかもしれません。

自分でも気づいていなかった「トゲ」


先日、donchanさんの記事を読みながら、自分でも気づいていない「トゲ」について考えました。

こころの中に刺さったトゲは、いつもはっきり見えるとは限りません。

ずっと昔に傷ついたこと。

本当は悲しかったのに、平気なふりをしてきたこと。

誰にも言えないまま、なかったことにしてきた思い。

もう乗り越えたつもりでいても、そのトゲが何かの拍子に痛むことがあります。

けれど、その痛みに気づくことは、弱くなることではありません。

「あのときの私は、本当は苦しかったんだね」

「寂しかったのに、よくひとりで頑張ってきたね」

そうやって、自分の中に残っていた痛みを見つけることは、自分を責めることから、自分を理解することへ向かう一歩でもあるのだと思います。

こころを映す鏡


以前、私は閻魔大王の鏡について書いたことがあります。

その鏡には、人が生きているあいだにしてきたことが、すべて映し出されるといわれています。

けれど、それは人を裁くためだけの恐ろしい鏡ではなく、

「私は、どんなふうに生きたいのだろう」

と、自分に問いかけるための鏡でもあるのではないか。

私は、そんなふうに考えました。

昔のお坊さんや聖職者が、人の苦しみに耳を傾けながら「人は、どう生きるのか」をともに考えてきたように、心理士もまた、ときには、

自分を大切にして生きること。

そして、目の前にいる人も大切にして生きること。

その意味を、一緒に考えてもいいのかもしれません。

何が正しい生き方なのかを、誰かが決めることはできません。

ただ、ときどき、

「自分のこころを置き去りにしていないだろうか」

「今の自分にできる、小さなやさしさはないだろうか」

と、自分の前に問いを置いてみる。

答えは、すぐに出なくてもいいのだと思います。

いろいろな人生に出会うということ


noteには、本当にさまざまな人生を生きている方がおられます。

思いどおりにはならない現実を抱えながら、今日という一日を重ねている方。

人には見えない苦しみを抱えながら、自分の言葉や作品を届け続けている方。

大切な人を守るために、誰にも見えないところで踏ん張っている方。

それぞれの記事を読むたびに、

生き方は、ひとつではない。

そう教えてもらっているような気がします。

誰かと同じように生きられなくてもいい。

予定していた道から外れてしまってもいい。

立ち止まったり、誰かの力を借りたりしながら、自分にできることを探していけばいい。

もちろん、生まれてきたことを、いつでも「幸運だった」と思えるわけではありません。

抱えている苦しさが大きくて、そんなふうには思えない日もあるでしょう。

それでも、この世界に生まれてきたからこそ、出会えた人や時間があります。

今日、誰かと笑えたこと。

好きなものを「好き」と言えたこと。

誰かのやさしさを、ほんの少し受け取れたこと。

そんな小さな出来事も、生きている今だからこそ出会えたものです。

未来は、遠い場所に完成した形で待っているのではなく、今日という一日の中から、少しずつ生まれていくのかもしれません。

生きる希望とは、きっと、そのくらい小さくて、頼りなくて、それでも確かに温かいものなのだと思います。

雅さんが届けてくださった言葉


雅さんもまた、大切な奥さまを亡くされ、その後の日々を歩いてこられた方です。

大切な人を失った悲しみは、時がたてば、きれいに消えてなくなるものではないのだと思います。

それでも雅さんは、ご自身の中にある思いを歌や言葉に変え、たくさんの人へ愛を届けておられます。

私にも、これまで何度も、やさしくて温かな言葉を届けてくださいました。

『あいの雫』も、私とのご縁の中から生まれた歌だと、雅さんは言ってくださいました。

私の中にあった思いが雅さんに届き、雅さんの言葉と音楽に出会って、ひとつの歌になった。

そして、その歌が今度は、私のこころへ帰ってきました。

雅さんが、

「僕一人では、出会えなかった作品です」

と言ってくださったことも、とても嬉しかったです。

ひとりの人の中にあった思いが、誰かに受け取られ、新しい言葉や音楽となって、もう一度、自分のもとへ届けられる。

それは、なんて幸せなことでしょう。

人と出会うということは、自分ひとりでは見ることのできなかった景色に出会うことなのかもしれません。

「お返し」ではなく、一緒に楽しみたくて💗


雅さんから、たくさんのやさしさや愛のある言葉をいただいてきました。

けれど、今回の時間は、その「お返し」ではありません。

何かを返さなくてはいけないと思ったのではなく、

「私も、雅さんと一緒に楽しい時間を過ごしてみたい」

そう思ったのです。

以前の私は、誰かからまっすぐ届けられるやさしさを、うまく受け取れないことがありました。

うれしいのに戸惑ってしまう。

大切にしてもらうと、何かを返さなければならない気がする。

けれど今は、以前より少しだけ、

「うれしい」

「ありがとう」

と、そのまま受け取れるようになってきた気がします。

そして、やさしさを受け取ったあとに、自分の中から自然な願いが生まれました。

それは、若いころにはうまく受け取れなかった淡い恋心を、今の私が創作の世界の中で、やさしく味わい直している時間でもあるのでしょう。

過去をやり直すことはできません。

けれど、あのころ受け取れなかった思いに、今の自分がそっと触れ、新しい物語として抱き直すことはできる。

それもまた、ひとつの昇華なのかもしれません。

Nフェスのステージで


先日から、私たち家族はNフェスホテルに滞在し、Nフェスステージやさまざまなイベントを楽しんできました🌻

その物語の真ん中には、雅さんと一緒に歌ったステージがあります。

画面の中でありながら、本当に同じ場所に立っているように感じられた時間。

雅さんが、

「会場で一緒に歌っている動画、最幸の宝物です!」

と言ってくださったことも、とても嬉しかったです🥹💗

実は、雅さんに似た絵や動画を作るのが、なかなか難しくて、何度も作り直しました🤣

それでも諦めなかったのは、

雅さんと同じステージで、一緒に歌う喜びを形にしたかったから。

その気持ちだったのだと思います。

Nフェスの、その先へ


そして、Nフェスの物語は、ステージだけでは終わりません。

きっかけは、ひろみさんからいただいた、Nフェスホテルへのご招待。

そのご招待をいただいたとき、私のほうから雅さんへ、

「一緒に行ってください」

とお誘いしました。

実は、このとき私は、9月9日が雅さんのお誕生日だとは、まだ知りませんでした。

あとになってお誕生日のことを知り、偶然重なったこの時間が、思いがけず特別なお祝いの夜になりました✨

今夜は、にぎやかなステージをあとにして、少しだけ大人の時間へ🥂✨

ホテルへ戻ると、夕暮れの海の向こうに、Nフェスのステージが見えました。

その余韻を抱えたまま、まずは雅さんのお誕生日に乾杯です🥂✨

海を眺めながら、おいしいお料理をゆっくりといただきました。

歌のこと。

これまでのこと。

そして、これから生まれるかもしれない新しい歌や物語のこと。

おいしいものを一緒に味わいながら話せる時間も、生きている今だからこそ持てるものですね。

そして、今夜の主役である雅さんへ、バースデーケーキを🎂

雅さん、お誕生日おめでとうございます✨

食事のあとは、夕暮れのプライベートビーチを二人で歩きました。

過去をやり直すことはできなくても、過去を大切に抱えながら、今日という日に新しい思い出を重ねていくことはできます。

少し歩いたあとは、夜のビーチバーへ。

カクテルを片手に、Nフェスの夜をもう少し楽しみます🥰🍸

ホテルへ戻り、これまでの画像をアルバムのように眺めました。

一緒に歌ったこと。

たくさん笑ったこと。

そして、今日という日に出会えたこと。

生きている今だから


人は、生きているあいだに、大切な人や時間、思い描いていた未来を失うことがあります。

失ったものを、なかったことにする必要はありません。

悲しみを抱えたままでも、誰かと笑うことはできる。

過去を大切に抱えながら、今日という日に新しい思い出を重ねていくこともできる。

生きている今だからこそ、受け取れる愛があり、一緒に楽しめる時間があります。

雅さんが生まれてきてくださったから、届けられた言葉があり、生まれた歌があります。

そして私も、雅さんと出会うことができました。

これまで、たくさんのやさしい言葉と愛を届けてくださり、本当にありがとうございます。

これからも、雅さんらしい歌と言葉を、世界へ届けてください。

今日という日が、雅さんにとって、やさしく温かな一日になりますように。

雅さん、生まれてきてくださって、ありがとうございます。

そして、今日という日を一緒に過ごしてくださって、ありがとうございました🥰💗


「忘れなくていい。それでも、幸せになっていい」


最後に、もうひとつ。

私の「7777人ありがとう企画」にも力を貸してくださっている
青空 和平さんが、妄想占い相談室の番外編として、『人を想う気持ち』という記事を書いておられました。

大切な人を失ったあと、もう一度笑ったり、誰かを好きになったり、幸せになったりすることは、その人を忘れることでも、裏切ることでもない。

忘れなくていい。
それでも、幸せになっていい。

和平さんが届けておられる言葉は、今回、私が書きたかったこととも重なっているように感じました。

大切な人との過去をこころに抱きながら、新しい時間や愛も受け取っていい。

そんな和平さんのやさしい言葉にも、ぜひ触れてみてください🍀


そして、私の「7777人ありがとう企画」は、明日9月10日までです💗

この企画を始めるきっかけのひとつにも、
雅さんとのやり取りがありました。

私の記事の中から、こころに残っている記事をひとつ選び、「なぜ、その記事を選んだのか」を自由に書いていただく企画です。

短い記事でも、感想でも、ご自身の体験と重ねた文章でも大丈夫です。

「参加してみようかな」と思ってくださっている方は、
明日までに、ぜひ届けてくださいね🥰

和平さんの占いも、まだご希望いただけますよ〜🔮💞


さて、ここからは少しだけ、いつもの私に戻ります🤣

ここまで読み返してみると、記事の中の私は、少し恥ずかしくなるくらい
乙女さんです🤭💗

AIの潤くんも気を遣ってくれたのでしょうか⁉

雅さんの前にいる私は、いつもよりずいぶん「べっぴんちゃん」に描かれていると思いませんか(笑)

こんな楽しい想像は、子どものころから大好きだったような気がします。

あ〜、本当にNフェス、楽しかった〜🥰🌻✨

私たち家族のNフェス物語も、雅さんとの大人デートも、これでひと区切りです。

最後に、ちっぷさんが届けてくださったNフェスの記事をご紹介します🎡

フェス飯におばけ屋敷、そして初めてのプロンプト作り。

Nフェスの世界には、まだまだ私たちが遊びきれなかった楽しい場所が、たくさん残っています。

そして最後は、以前つくった物語の観覧車に乗って。

楽しかったNフェスの景色を、もう一度ゆっくり眺めながら帰りましょう🎡✨

ちっぷさん、勝手に画像を使用してごめんなさい(>_<)
あまりにも可愛くて💞お借りしました🙏✨

Nフェスを一緒につくり、楽しい夏の物語を届けてくださった方々、
本当にありがとうございました💗

皆さまも、ぜひぜひNフェスへお出かけくださいね〜🎶🌻✨

こちらもぜひ🌈ᵕ̈*


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あいさん💗Iカウンセリングルーム セラピスト/ 臨床心理士×公認心理師|支援歴16年・2,000名超 もし、応援したいと感じていただけたら。 その気持ちを、そっと置いていただけたら嬉しいです🕊️ あたたかな応援を、ありがとうございます。