風と共に去りぬ
「平成の御代 三酔人経綸問答 冬の章」 第十六夜 師走 水曜の事からの抜粋

ケンさん ーでは、「風と共に去りぬ」へと戻る。
『a Civilization gone
with the Wind』
しんちゃん―ええ。
そうかあ。
あのタイトルの主語は、「文明」だったのか。
ケンさん ―うむ。
アーネスト・ダウスンの詩が映画の冒頭で登場し、
最初に種明かしをしてくれている。
テクニカラーという前評判の高さに身構えて、
いまだ戦後の傷が癒えない日本人の多くが、
そこのところを見過ごしたのかもしれない。
新開地アメリカ南部での貴族的生活。
奴隷たちの労働によって、新大陸の経済活動が
成り立っていた。
初上演にあたり、自分たちを彼ら奴隷に重ねた人、
如何ばかり。
チーちゃんーえ!
ケンさん ―ここにも情報操作がある。
奴隷解放の大義により、北部と南部とが闘い、
南部が破れた。
しんちゃん―ああ。
奴隷の解放、奴隷制廃止の一里塚だ。
ケンさん ―うむ。
この映画は1939年のアカデミー賞で作品賞、
監督賞、脚本賞、主演女優賞、助演女優賞など、
ノミネートも含めれば、賞を総なめにしている。
しんちゃんーうん。
すごい映画だとは認識している。
ケンさん ―だがな。
日本での公開は1952年になるのだぞ。
しんちゃんーああぁ。
13年も後だったのか、・・・
ケンさん ―敗戦からは7年程、・・・・・・
その歳月があって、この映画が大ヒットした。
その時、観た人の感慨まで推測するつもりはない。
まだ、この映画を観に連れて行ってもらえず、
後になって、祖母さんから入場料が高かった
ことだけ聞かされた。
『封切館の入場料が八十円だかというのに、
2ドルも払って観て来たよ。
それでも十分、お釣りがきたけどね』
しんちゃんーああ。
我が記憶が正しければ、映画料金が1000円台
になったのは、昭和五十年代に入ってからだ。
それに、今の1800円になったのが平成5年の
こととなる。
チーちゃん―ああぁ。
うかうか観にいけないね。
レンタルは安くて便利。
しんちゃんーこれからは動画配信だ。
チーちゃん―ああ。
ケンさん ―映画館は雰囲気を買いに行く所だ。
チーちゃんー闇とひかり、音とことば、・・・
ケンさん ーうむ。
それにまた、遊園地と映画館がなければ
恋も成就しない。
なんて、年甲斐もないことを申した。
まあビデオなら家の中でくつろげるが、
そう思わないことにはな。
1952年。昭和二十七年。
この年、エリザベス女王が即位した。
しんちゃんーああ。
だったら、アメリカとの平和条約も
この年だ。
ケンさん ―うむ。
ラジオドラマ「君の名は」も、
この年のことになる。
そして、振り返れば、
「雨に唄えば」、
「禁じられた遊び」
も。
子どもたちには、
「シンデレラ」、
「不思議の国のアリス」、
「白雪姫」、
「ピーターパン」、
「わんわん物語」、
「空飛ぶゾウ、ダンボ」、
「ピノキオ」
などの公開で、ディズニー映画の虜になった。
また、
「駅馬車」、
「黄色いリボン」、
「白昼の決闘」
などの西部劇が、老若男女の隔てなく
アメリカを憧れの国へと変えた。
そういう時代に、
「風とともに去りぬ」
が鳴り物入りで公開される。
しんちゃんーああ。
計算されているということか。
ケンさん ―ふむ。
正確には、され尽くしているだ。
しかし、後にテレビで放送された
「風とともに去りぬ」
の科白だけはいただけなかった。
『Tomorrow is another day 』
の邦訳が、この壮大な物語の締めくくり
を台無しにした。
チーちゃん―どう?
ケンさん ―いいや。
コメントするのも嫌になる。
それに、極私的な感想に過ぎない。
チーちゃん―そう言わないで。
一生のお願い。
しんちゃんーオイラも一生のお願い。
この通り。
(ふたり、己が手を重ね合わせる)
(ケンさん、「カンナお願いチャンス」を思い浮かべながら、)
ケンさん ―二人ともして、・・・・・・
仕方ない。
今ある記憶頼りだから、正確ではない
かもしれないが、・・・
主人公、スカーレット・オハラが
『明日 考えるわ』
と言い、
自分を置いて去っていくレットを
見送った後、
最後に、
『明日は明日の風が吹く』
と言った。
というよりも、TV局に言わせられた。
これでは風来坊だ。
チーちゃん―風羅坊。
しんちゃん―それは、芭蕉翁だぞ。
「風来坊」は手羽先唐揚の専門店!
ケンさん ―どっちも外れ。
クライマックス場面で、あのような翻訳科白では、
上映時間4時間にもなんなんとするスペクタクル
映画の満足のいく締めくくりにはならない。
映画のタイトル「風と共に去りぬ」を踏まえて、
そういった語呂合わせにもならないようなセリフ
を用意したのだろうが、小手先もいいところ。
チーちゃん―手羽先じゃなくて。
しんちゃん―串刺しにされるぞ。
ケンさん ―この言葉は、すでに色がついてしまっている。
園遊会での科白の布石もあるにはあるが、
第一部の
『二度と飢えに泣かない』
と、神に生き抜くことを誓う科白と、
立派に対になっていなくてはならない。
それがだ。
長時間付き合った挙句に、
『明日は明日の風が吹く』
ではがっかり以外の何物でもない。
チーちゃん―ああ。
『エキゾチぃ~ク・じゃパぁ~ん』だね。
ケンさん ―うむ。
大農場主で、多くの奴隷を従えた裕福な
家庭でのお嬢様育ちから、抗いようのない
数々の困難や、身近な人たちの繰り返す
死に遭う。
ラストでは、友情も愛情も失った彼女の
セリフが色褪せた科白であってはならな
かった。
あの日、テレビを観ていて噴飯した。
しんちゃんー食事をしながら観ていたのかぁ。
ケンさん ―その頃は帰りが遅くてなぁ。
しんちゃん―ああぁ。
そう言われてしまうと、
これはもう、
『Tomorrow is another day』
なんだろうな。
これは、もう訳しようがないのと違うか。
チーちゃん―なぁ~るほど。
しんちゃん―日本語の翻訳が、映画全体の大きな流れに
合わなかったということだろう。
チーちゃんー風まかせ、・・・
しんちゃんーどこ吹く風か、・・・・・・
ケンさん ―そのとおり。
拙の感受性がと断っておくが。
しんちゃんーああ。
今まで、誰にも話したことが、・・・
ケンさん ー言ってみても、詮方ないこと。
チーちゃん―陳腐な言葉。
しんちゃん―その意味では、映画の字幕での誤訳だけで
もって、本が何冊もできるという。
英語が苦手な身でも、あれっと思うことが
多々ある。
ケンさん ―うむ。
いい指摘だ。
逆に、最近気が付いたことだが、DVDの
日本語版のせりふとテロップにで流れる
日本語が微妙に違うということだ。
基本のところ、台詞は役者の口の動きに
合わせなければならない。
訳文は、それよりも状況が目で読んで、
即座に理解でき、しかも、次の場面展開
に間に合わせなくてはならない。
その意味で、凄い才能の人たちが
スクリーンの裏に潜んでいる。
しんちゃん―裏方さんだな。
チーちゃん―ねえ。
ケンさんなら、
さっきのセリフをどう訳すの。
ケンさん ―うむ。
どう訳すか、か。
そうだな、・・・
正解は見いだせない。
口の動きを無視させてもらえば、
『昨日までの私とは違う』
『きっと時が気持ちを変えてくれるはず』
『前を見て生きていこう』
『今日あったことだって明日にはきっと変えられる』
もうひとひねりして、
『明日の為に今日を大切にするわ』
まあ。
思い付くところはこんなものか。
しんちゃん。
珍しく加わってこないが、ひょっとして、
この映画を観ていないのか。
しんちゃん―ああ。
ひょっとしなくても観ていない。
あのちょび髭がなんとも。
「ウェストサイド物語」も今さらという
気持ちが働いて観たことがない。
皆がいいと謂うと途端に観たくなくなる。
チーちゃんーへそまがりだね。
ケンさん ―可哀想な言われ方だな。
何かないのか。
しんちゃんーああ。
そう言うんだったら、ひとつ。
『明日は、明日はと言ってみたところで、
そんな明日はいつまで経っても来やしない』
ケンさん ―うむ。
どこかで聞いた言詞だな。
しんちゃん―うん。
まあな。
山の中の話が、ひょっこりと
思い浮かんできたもんで。
ああ。それから、
「俺たちに明日はない」
は、立派なアンチテーゼになるよな。

ケンさん ―やはり、そうきたか。
悪いが、あの映画の原題は、
「ボニーとクライド」
アメリカニューシネマの先駆ではあるが、
言うなれば、配給を受けたワーナーの
クリエイターと広報担当のお手柄。
しんちゃんーああ。
そういう事情だったのか。
【YouTube Channel :「Omoto Nagie」】
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇(中略)◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
チーちゃん―いや。
待って。
天に在りては 願はくは 比翼の鳥と作らん
地に在りては 願はくは 連理の枝と為らん
天 長く 地 久しくも 時有りて尽くとも
此の恨み 綿綿として 絶ゆるの期無からん
しんちゃんーええぇ。
どういう風の吹き回しだ。
チーちゃん―だって、「風とともに去りぬ」でしょ。
仙楽 風に飄(ひるがえ)りて処処に聞こゆ
ケンさん ―うむ。
「比翼連理」と「風と共に去りぬ」をか、・・・
うぅん。待て。
この組み合わせは、・・・
・・・うぅ~ん、なるほど、
「トモロー イズ アナザァー ディ」と、
『ときありてつくとも、たゆるのときなからん』
と並べてみたのか。
(チーちゃんーうなずく)
ケンさん ーこれは、お見事。
チーちゃん。
天晴なり。
(しんちゃん、その言葉を聞いて、)
しんちゃん―ああぁ~。
だけど、この映画のセリフには不向きだぞ。
チーちゃんーええぇ?
しんちゃんー「長恨歌」だろう、・・・
この古典では、エイガは極められない。
※「平成の御代 三酔人経綸問答 冬の章
第十六夜 師走 水曜の事」からの抜粋
本編は、順次公開のため、未公開です。
