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「夫婦」について。

少し更新が滞っていました。

恐らく、今期で一番のピークが来ていまして、

寝てる時以外はもう仕事の事で頭がいっぱいになっています。

本当に良くないですね。


私の妻はそんな私を何年も見てきていますので、

きっと諦めと少し憐れみ?

と言うような感じなのかと推測しています。


それでも諦めずに支えてくれていることに、

いつも感謝しています。


最近、仕事で一緒になる方や、

同僚の話を聞いて、

「夫婦」って…っと改めて考える機会がありました。


私にとっては、

妻は「パートナー」として、

この先もずっと一緒に生きて行けることを願っています。

でも、お互いに不満に思う所は、

前からきっと変わっていないと思うし、

この先も自分が思っている様な変化も期待出来ないのかなって思ったりしています。


「夫婦」って当たり前ですが、

全くの他人から出会いが始まります。

そこから少しずつ歩み寄り、

生活を共にして行きます。

でも、「他人」と言う前提はずっと変わりません。


最も身近な「家族」であり、

「他人」である事は、

長く一緒に居ると忘れがちな事だと思っています。


友達には優しく出来るのに、

パートナーには辛く当たってしまう。

知り合いには遠慮するのに、

パートナーにはわがままを言ってしまう。

そんな事が多いのかなって思います。


私の悪い所なのですが、

例え妻であっても、

いつも少し距離を置くというか、

妻だから特別に我を通すような事はしていません。

それが妻にとって「謙虚」と思うのか、

「寂しい」と思うのかは、

もしかしたら後者かも知れません。


私の中では、

例え「家族」であっても、

特別な存在ではありますが、

その前に「一個人」として、

接したいと思っています。

それは「親」に対してもそうでした。


そして、娘に対しても、

「1人の人間」として接して行きたいと思っています。
(ただ、甘やかしてしまうのは父親の性です。。)


家族だからぞんざいに接して良いと云う事は無いと思いますし、

「親しき仲にも礼儀有り」

と言う様にそれは、

誰に対しても同じ様に言えることだと考えています。


もし、それが少し「距離」を感じると思われても、

それも事実として私は認識しています。


恐らくですが、

妻は私のそんなスタンスを何となく察してくれていて、

家族であっても「公平」と云う判断を下す私に、

一定の理解を得られているのではと思っています。
(思っているだけです。)


私は妻にとってずっと「宇宙人」だと思うし、

娘からは「人間じゃない」と思われています。
(もしかして、本当にそうなのか?笑)


たぶん、人間味がある様で無い時もあるからでしょうね。。


もしそれを「中庸」と云う言葉で表すなら、

私が求めているモノなのかも知れません。


でも、私は妻のことを、

「自分」の半分の存在だと思っています。

私と云う半端な人間が形になる為の

分かち合える存在だと思っています。


だからこそ「相手」を思い遣ると言うことは、

同時に「自分」を大切にする事と同じ事だと思っています。


私はまだ妻のことをすべて理解している訳ではありません。

それは自分に対してもそうです。

自分のことがまだ分からないのに、

相手のことを分かっている何て言えません。


だからこそお互いまだまだ分かり合える為の時間が必要だと思います。

それがこの先何年掛かるのかは分かりません。

もし、生きてる内に色んなことが分かれば、

それは幸運なことだと思っています。


もっとお互いを知る為に、

語り合える時間を大切にしたいと思います。


一つ屋根の下で、

いつでもお互いの話を出来る相手が居ることは、

とても幸せなことだと思っています。



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