日本刀のお話②
日本刀の歴史をざっくり語りますと、青銅剣→直刀(ちょくとう)→太刀(たち(ここから日本刀))→打刀(うちがたな(現在知られる日本刀))という感じです。
青銅剣といえば弥生時代ですね。出雲大社の資料館では大量の銅剣を見られます。圧巻です!
出雲の荒神谷遺跡から大量の青銅剣が発掘されました。古代出雲の勢力を感じさせてロマン溢れますね。
直刀は古墳時代あたりですね。反りのない剣です。青銅剣や直刀はまだまだ大陸の影響が強く、日本独自の要素が薄いです。
平安時代から太刀が生まれました。ここから日本刀のスタートという感じです。現在の日本刀である打刀と何が違うかといいますと、1番は腰での吊り下げ方(佩(はき))、つまり帯刀の仕方ですね。
太刀は反りが下、つまり下に弧を描く形に帯刀します。それに対して打刀は反りが上、つまり上に弧を描く形です。
打刀は室町時代中期の時代のもので、戦国時代に大量生産されました。
太刀を打刀に変形させたパターンもあるようです。
太刀は戦国大名に宝物として重宝されたイメージがあります。
やはり派手な平安武士、鎌倉武士のイメージで、刀の外装である拵(こしらえ)も華美なイメージがありますがどうなのでしょう。カッコよくて憧れますね!
ちなみに刀の展示で、反りの向きの違いでも太刀か打刀かの判断ができます。
打刀はさらに長い方の刀と、短い方の脇差に分けられます。大体武士はこの2本セットで帯刀します。坂本龍馬はオシャレセンスにより脇差だけで帯刀していたらしいですよ(何かで読んだ気が)。
腰刀というのが短刀ですね。
日本刀の部品をザックリ説明しますと、グリップのところを柄(つか)、その柄を外した部分を茎(なかご)、茎には刀工の名を刻んだ銘(めい)や、柄と茎を固定するための穴である目釘穴(めくぎあな)があります。
鍔(つば)と柄を固定するための楕円形の薄い切羽(せっぱ)とその上に四角い金属の鎺(はばき)があります。そこから上が切るための刃ですね。
刃には刃文(はもん)という波上の模様があります。
私の祖父の模造刀の脇差は、なんだか刀装具である拵が不思議な感じでした。ツバはないですし、柄も雑な感じです。
鞘(さや)も木材の古い感じで、このままでは劣化していきダニなどがわく恐怖がありました(私は喘息持ちだったのでダニは天敵です!)。
そこで、一度拵を全て外して、刀身のまま保管しようと思ったのです。
しかしそれでは物足りず、やはり拵を揃えようと考えました。
次回はそのあたりについて書きます!
