エッセイ|愛と平和
愛
それは
生きとし生けるもの全ての根源
親愛
家族愛
兄弟愛・姉妹愛
友愛
慈愛・慈悲
隣人愛
人類愛
博愛
種々様々な愛の形がございますが
どの愛も尊く
敬うべき思いやりの心でもある
大いなる和の心である
和とは
和むとも言う
優しく、温かく、柔らかく包み込む
調和し融和する心
和の精神の根付く日本
戦艦大和の由来でもある
かつて、大和の国と呼ばれた
大いなる和を抱く国、日本
踏まれても真っ直ぐ伸びる稲穂のように
実るほど頭を垂れる稲穂のように
謙虚に柔軟に
それでいて強靭な根を生やす
強く優しくしなやかな瑞穂の実る国
それが日本なのだろうなと
僕は思うのです
そんな愛の本質と精神性を
意識せずとも道徳を心得ている日本だからこそ
日本から世界に調和をもたらしていかなければならないと
僕は思うのです
真の平和とは、願うだけでは守れない。
しかし力だけでも守れない。
愛と理性、そして備えが両立して初めて平和は続いていく。
僕は中道保守精神を自負してはおりますが
無益で無闇で無謀で無辜の命が無惨に奪われる戦争は嫌悪しております
自衛隊の尊厳の為に
自他共に正式に侵略する意図の無い
防衛の為の軍隊として
防衛軍や国防軍と改めて
9条の二項は改定する必要はあると思っておりますが
9条全てを改定するのは、深い議論を経てからでないといけないと思うのです
憲法学者や司法や法務省や防衛省の官僚や国民の有識者も交えて
徹底的に議論を深めてから判断しないといけないと思うのです
非戦の誓いは変えず
だが、やむを得ない場合は防衛の為
護るために力は行使する
だが、必要以上に攻めず、
停戦や講和ができるのなら即座に応じる
侵略や壊滅するために戦うわけでは無い
あくまでも防衛の為の戦力である
生存権の行使であるべきだと
僕は思うのです
戦争は人類が紡ぎ繋ぎ守り伝えてきた
伝統も文化も文明も
建造物も芸術も生命も根こそぎ奪っていく
先の大戦や歴史上の戦乱で
どれだけ破壊されてきたか
奪われてきたか
其処に眼を向けて自問自答しながら
対話を重ねて議論しなければならないのです
国を超え
人種を超え
宗教を超え
主義を超え
階級を超え
垣根を超え
同じ人類である事を念頭に置いて
寄り良い世界にしていく為の理念の創造の
対話をすることが議論なのです
様々な角度と面積から捉えた物事を
フラットに努めて
俯瞰しながら対話を深める事で
エネルギーとエネルギーの
元気玉やブラックマターをぶつけ合う事で
新たな理念のビッグバンを引き起こして
手を取り合って地球と宇宙の安寧の為
協調して生きていく事が
大切なのでは無いのかと
僕は思います
どこまでもアホで
それでいて、どこまでもかしこであれと
そう思います
紛争や戦場の従軍カメラマンや
ジャーナリストが記録した
生のドキュメンタリー映像
生の記録映像を
生の報道写真を
見てみてください
生きられたはずの明日を奪われ
物言わぬ生気を失った瞳を見てください
爆撃や銃弾の嵐で
傷付き削られた身体を見てください
兵士も
巻き添えを食らった庶民も
一人の人間であることを
見つめてみてください
生命は簡単に奪える
でも
取り戻す事は出来ないのです
建造物も文化財も
再現出来ないものもあることを
見つめてみてください
世界遺産でさえ
失う時は一瞬で
人の生命も
失う時は一瞬なのです
瞬きの間に
血の通った者が
血の通わぬ者になるのです
争いに潜む
死を見つめてみてください
病や寿命で旅立つのと
避けられぬ災害で旅立つのと
真心ひとつで避ける事が出来た
争いで旅立つ事の違いを
見つめてみてください
生存権と尊厳とは何かに
想いを馳せてみてください
血で血を洗っても
血染めでしかないのです
許し合うこと
人として愛し合うこと
その祈りを込めた水で清める事で
禊合うことで
咎を洗うことが出来る
僕はそう思うのです
生きている
その事を確かめ合う事
違いを認め尊重し合う事
それを忘れてはならないと
僕は思います
生命は一度きり
例え前世があっても
それはあくまで前世の姿で
今の今を生きてる当事者では無い
例え来世があろうとも
それはあくまで来世の姿で
今の今を生きてる当事者では無い
現世を生きる当事者では無いのです
輪廻があろうと転生があろうと
今を生きる当事者の生命は
一度きりで
リセットは無いのです
生命の砂は一握りの一度きりの
一握の砂なのです
人命は地球より重い
そしてまた
地球あっての人命でもある事を
忘れてはいけないのです
そう僕は思います
生命とはなんぞや
争いとはなんぞや
共存共栄とはなんぞや
生命を奪い合わずに
愛を持って問い続けること
それを胸に
応対していってほしいと
そう強く願います
以上
阿呆で能天気で楽天家で愚鈍な凡夫の
世迷い言でございました











