【19】編集手帳 読売新聞(2011.12.6)
随筆家の串田孫一さんが愛用の小刀を紛失した。それが気になって仕事が手につかなくなった話を随筆に書いたところ、ある出版社が中学の教科書に載せたいという。
ただし、刃物は具合が悪いので、文中の小刀を時計に書き換えてほしいとの注文である。
串田さんは掲載を断った。子供から小刀を遠ざけることのばからしさを随筆集『文房具56話』(ちくま文庫)に書いている。<小刀を使ったことのない人間を想像するのは恐ろしい>と。
その記事を読み、串田さんは泉下でにっこりなさっているかも知れない。
きのうの本誌連載『学び<再出発>』に長野県池田町、町立会染小学校の話があった。道具を使う緊張感を養い、集中力を高めるために、毎年、「肥後守」の通称で知られるナイフを新入生に贈っているという。「前に指を切ったこともあるけど、だいぶ慣れてきた」と、行間に笑顔が浮かんでくるような1年生の男の子の談話が載っている。
自分が負った小さな傷の痛みを知るなかから、ひとを傷つけない使い方を学んでいくのだろう。
小刀という道具は、どこかしら「言葉」に似ている。
〜読んでひとこと〜
最近の身の回りのモノは、いつでもどこでも使いやすく、便利で快適でスピード性があり、なおかつ3Dのように、いかに現実に近いバーチャルであるかが求められます。
それらの商品は人間が余計な労力は使わずに、使う人にとって自由自在にコントロールできることが追求されていきます。
逆に手間暇がかかるものは敬遠され、現代人は思うようにならないものには非常にストレスを感じるようになってしまいました。
その結果、自分自身にとって都合のいいものだけを受け入れ、不都合なものはどんどん遠ざけていってしまう習慣が身につくようになりました。
人間関係においても、自分とは違う他者を遠ざけたり、排除しようとしたり、場合によっては攻撃的になったりもしてきました。
だんだんと付き合う相手も限定されていき、自分の思うようにならない相手とは付き合うことがなくなってきました。
今話題のネット上の交流サイトも、波長の合う特定の相手とのやりとりに偏ってしまいがちです。
自然や人間を相手にすると、自分の思い通りにならないことが当たり前です。自分を守るための警戒心は時には必要ですが、自分にとって不都合なものにアレルギー反応を起こしてばかりでは、皆が引きこもりになってしまいます。
寛容になり、他者を受け入れる度量が今の社会に必要なのではないでしょうか。
