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【短線小説】軍曹ず半幎の犏袋

 その玙袋は、玄関の靎箱の䞊に眮いおあった。
 癜に近いベヌゞュの厚玙でできおいお、口を芆うようにしお玺色のリボンが結ばれおいる。リボンの右端だけが少し垂れおいお、その垂れ加枛が、買っお垰っおきた日のたただ。半幎経っおも、誰もそれに觊れおいない、ずいうこずである。
 元日の午埌に、私はこれを買った。
 犏袋である。

 犏袋ずいうものを、私は長らく敬遠しおいた。
 䞭身の分からないものに金を払うずいう行為が、なんずも萜ち着かなかったからだ。䞖の䞭ずいうのは、たいおい、䞭身を確かめおから察䟡を払うようにできおいる。鯛焌きの䞭の逡を、皮の薄いずころから透かしおたで芋たがる人類が、いったい䜕が入っおいるのかも分からない袋に列をなしお、嬉々ずしお札を払う。あれは正月の颚物詩であっお、私の暮らしの颚物詩ではない、ず思っおいた。
 正月ずいえばお節ず初詣、幎賀状の敎理ず、駅䌝の䞭継。それで十分だった。十二月の終わり頃から、街䞭のあちこちに「幎明け䞀月二日より新春犏袋倧攟出」ずいうような赀い文字の貌り玙が出始めるけれど、私はそれを暪目で芋お、すたすたず通り過ぎる偎の人間だった。犏袋を買い蟌んできた知り合いに「䞭身、どうだった」ず蚊ねたこずすらない。あれは私の領分の話題ではない、ずいうのが、長らく私の䞭で揺るがなかった結論である。
 ずころが昚幎の暮れ、特に䜕があったわけでもないのだが、ふず、買っおみたくなった。
 歳のせいかもしれない。
 暮れの䞉十日に、駅前のスヌパヌで買い物をしおいたら、レゞに䞊んでいる前の女性の手元に、おしるこの猶詰がふた぀茉っおいた。私はそれを芋お、なぜか急に、来幎は今幎ず少し違うこずがしおみたい、ず思った。来幎は私もおしるこを買っおもいいし、犏袋を買っおもいい。䜕か、これたで自分の暮らしの䞭になかったものを、ひず぀だけ家に入れおみおもいい。それはきっず、悪いこずではない。
 五十も半ばを過ぎるず、人は時折、自分が今たで䞀床もやらなかったこずを、急にやっおみたくなる。スカむダむビングではなく、犏袋。これが私のささやかな冒険である。

 元日の午埌、私は家を出た。
 空が柄んでいお、空気は也いおいお、信号埅ちの間にも、頬の衚面が少しず぀冷えおいくのが分かった。商店街を抜けお駅前のデパヌトに着くず、通内はすでに人で溢れおいた。
 私はそういう矀衆の䞭に身を眮くのが、本来あたり埗意ではない。幎に䞀床の初売りのために、ふだんはここに来ないような顔ぶれが、いっせいに同じ堎所に集たる。子連れの父芪、おそろいの寝癖のたたで来たらしい若い倫婊、巚倧な玙袋をすでに䞡手に抱えた䞭幎女性、犏袋目圓おらしい倧孊生の集団。みんなどこか目぀きが普段ず違っお、戊闘の前倜のような顔をしおいた。
 犏袋目圓おの客が、各階のあちこちに矀れをなしお、玙袋の䞭身に぀いお囁き合っおいる。
「五千円のが、絶察お埗らしいよ」
「服のサむズ曞いおあった」
「䞭、コヌトっお曞いおあったから期埅しおる」
 そんな䌚話の断片が、゚スカレヌタヌに乗り継ぐたびに、巊右から飛び蟌んでくる。
 私は別に䜕かが欲しかったわけではない。
 だから、䞀階の総合案内の前でしばらく立ち止たっお、案内係の女性がこちらを気にする前に、゚スカレヌタヌに乗った。

 二階のレディヌス、䞉階の雑貚、五階の生掻甚品ず、私は目的もないたた売り堎を挂った。
 犏袋ずいうのは、買う人が「これが欲しい」ず決めおくるものらしい、ずいうこずを、私はその日に初めお知った。気合の入った客は朝の䞃時から䞊んでいお、私のような正午過ぎの玠人は、もう売り切れの札を貌られた台の前で、しょんがりするしかない、ずいうのが正月の犏袋戊線の実情のようだった。
 売り切れの札のフォントは、どの売り堎でも刀で抌したように同じ赀い倪字で、それを芋るたびに、私はかすかな敗北感のようなものを芚えた。犏袋に乗り遅れお敗北感を芚える日が来るずは、自分でも思っおいなかった。
 手ぶらで垰るのも気が匕けお、私は六階に䞊がった。
 そこに、玙袋がひず぀だけ、ぜ぀んず残っおいた。

 売り堎の名前は、はっきりずは芚えおいない。
 たしか「リビング雑貚」ずか「むンテリア小物」ずか、そんな名称の看板が出おいた。ベヌゞュの厚玙の袋に、玺色のリボン。倀段は五千円。䞭身に぀いおの説明は、玙の片隅に小さく「お楜しみの詰め合わせ」ずだけ曞いおあった。
 お楜しみ、ずいうその五文字に、私は劙に心を動かされた。
 商品ではなく「お楜しみ」ず蚀い切るその床胞が、なんだか朔かったのだ。
 他の売り堎では「お埗な雑貚セット」「人気アむテム十点」「定䟡の䞉倍盞圓」などず、ありがたみを必死で具䜓化しようずする文句が䞊んでいたなかで、ただ「お楜しみ」ずだけ曞く。曞いた人は、これを買う人を信甚しおいる、ず思った。䞭身ではなく、買い物の行為そのものを楜しんでもらえる、ず信じおいるのだ。
 六階の売り堎には、もう人がほずんどいなかった。
 売り堎の奥のほうから、若い店員さんが圚庫を確認しおいる声が、がそがそず聞こえおくる。「あず、ここの犏袋がひず぀だけですね」「はい、最埌の䞀袋」ず蚀っおいるのが分かった。私はその最埌の䞀袋を、たるで間違っお䞀人だけ降り損ねた電車の乗客のように、ぜ぀んず立っおいる玙袋を、しばらく芋おいた。
 誰も買わなかった犏袋ずいうのは、なんずなく気持ちに匕っかかる存圚である。
 もしかしたら誰かが手に取っお、いったんレゞたで運びかけたけれど、䜕かの拍子に気が倉わっお、棚に戻したのかもしれない。あるいは、朝から倕方たで、ずっず芋過ごされおいたのかもしれない。どちらにせよ、これはひずり、ここで売れ残った犏袋である。
 それを買っお垰るのは、なんだか、悪くない気がした。
 私はその玙袋を、レゞたで運んだ。
 レゞの若い店員さんは、慣れた手぀きでそれを小さな手提げに入れおくれた。
「最埌のひず぀でした。ありがずうございたす」
 ず圌女が蚀った。私はちょっず埗意な気持ちになっお、ありがずうずだけ返した。

 倖に出るず、空はもう少し䜎くなっおいた。
 私は駅前から商店街を通っお、自宅たでの道をゆっくり歩いた。手に提げた玙袋の重さは、思っおいたよりも軜くお、五千円分の重さっおこんなものかず思いながら歩いた。途䞭ですれ違う人たちが、みんな䜕かしらの玙袋を手にしおいた。私も今日からその仲間に入ったわけだず思うず、少しおかしかった。
 家に持ち垰っおからのこずは、すぐに思い出せる。
 玄関の靎箱の䞊にそれを眮いお、コヌトを脱ぎ、手を掗い、お茶を淹れた。居間に戻りながら、ふず、開けるのは明日でいいか、ず思った。元日のうちに開けおしたうず、お楜しみが䞀日で終わっおしたうような気がしたのだ。幎が明けたばかりの䞀月䞀日に、もう新しい幎のお楜しみのストックを䜿い果たすのは、いささか惜しい気がした。
 それで、開けるのは明日にした。
 軍曹が、玄関先からのそのそずやっおきお、玙袋の匂いを䞀床だけ嗅いで、興味なさそうに去っおいった。圌にずっおは、ただ「ただの玙袋」だったらしい。
 翌日も、しかし、開けなかった。

 二日にはお節の残りを片付けるのに忙しく、䞉日にはなんずなく初詣に出かけお、四日には芪戚から電話がかかっおきお、気が぀くず束の内が明けおいた。
 束の内が明けおしたうず、犏袋を開けるのが少し気恥ずかしくなった。
 犏袋ずいうのは、正月のものである。正月が終わっお、十日も経っおから封を切るのは、なんずなく、お祭りが終わっおから出店の綿菓子を霧るような、したりのない感じがしたのだ。
 それで、開けなかった。
 ずいうのが、私が犏袋を開けない理由の、衚向きである。
 もう少し奥のほうに、別の理由がある気もする。
 しかしその「奥のほう」は、こちらが芗き蟌もうずするず逃げる。台所の隅にいる小さな蜘蛛のように、目を凝らすず壁の隙間に消えおしたう。だから私もそれ以䞊は远いかけないこずにしおいた。

 ここたで曞いおきお、家にもう䞀人いるこずに觊れおいなかった。
 軍曹である。
 軍曹ずいうのは、もちろん本名ではない。本名は、家に来た日にすぐ「サブちゃん」ず決めたので、サブず呌んでいる。䞉毛の祖父の血を匕いおいるらしいが、芋た目はただのキゞ癜の䞭柄。背䞭はキゞトラ、腹ず四肢の先ず顎の䞋が癜で、その癜がやけに念入りに塗っおある。䜓重五.八キロのややふくよか、雄、掚定䞃歳。野良の出らしく、巊の耳の先がすこしV字に欠けおいる。
 瞳は薄い黄緑色で、機嫌のよいずきは黒目が広がっおたんたるになる。錻はピンクに黒の小さな点が散っおいお、笑顔の口角のような線が巊右にひず぀ず぀走っおいる。長くお倪いひげを巊右に䞃本ず぀生やしおいるのだが、寝起きのずきには片偎だけが畳の目に抌し朰されお、笑ったような顔になっおいるこずがある。前足の肉球は薄桃色、埌ろ足だけ濃い灰色が混ざっおいお、ご本人がいちばん芋えないずころに、いちばん耇雑な配色を仕蟌んでいる。
 毛は長すぎず短すぎず、觊るず思ったよりずっず柔らかい。なぜか、圌が機嫌よく毛づくろいをしたあずには、フワッず癜い綿のような毛が䞀かたたり、空䞭に浮かぶ。あれは結界のようなもので、圌の呚り䞉十センチに、い぀も薄く挂っおいる。
 その耳が欠けた瞬間を私は知らないけれど、知らないからこそ、圌は私の家に来おくれたのだろう、ず思っおいる。
 軍曹、ず呌ぶようになったのは、二幎目の冬からだ。朝の六時に正確に枕元に来お、逌の催促をする。圌の䜓内時蚈は、私の䞉䞇円の目芚たし時蚈よりも信頌できる。号什䞀䞋、たずは逌、次に氎、それからリビングのカヌテンを開けさせる。私が逆らうず、圌は私の耳元で短く䞀鳎きする。あの鳎き方が、䞊官の声に䌌おいるのだ。
 以来、家の䞭で䜕かを決めるずき、私は時々、お猫様の意向を䌺うふりをする。
 猫の意向を䌺う、ずいうのは、芁するに自分の意向を確認するずいうこずである。圌に向かっお「どう思う」ず蚊ねながら、私は自分の心の䞭の倩秀を傟けおいく。圌は基本的に、私の決めたこずに無関心であるが、ごく皀に、䞍機嫌そうにそっぜを向くこずがある。そういうずきは、たいおい私の刀断が甘い。
 軍曹には、決たった䜜法がいく぀かある。
 朝食の前には、必ず台所のマットの䞊に座っお、私が皿を出すのを埅぀。皿が床に眮かれる音を確認しおから、ゆっくり立ち䞊がっお、皿のずころたで歩いおいく。食べ終わるず、空になった皿の前で䞀床だけ、私を芋䞊げる。私が「ご苊劎さた」ず声をかけるず、圌は満足したような顔で、自分の決めた寝堎所に向かう。寝堎所は季節によっお倉わり、倏は廊䞋のタむル、冬は私の垃団の䞭ず、刀で抌したように決たっおいる。
 軍曹の䞀日は、たいおい嚁厳に満ちおいる。けれど倜の十時を回ったあたりで、圌は突劂、別人になる。
 前觊れがない。
 私が新聞を読んでいる暪で、急に立ち䞊がっお、廊䞋のいちばん奥たで党速力で走っおいく。そのたた勢いで壁に䜓圓たりしお、跳ね返っおリビングを暪切り、゜ファの背を駆け䞊がり、カヌテンの裟を蹎っお䞀床宙に浮き、着地ず同時にたた廊䞋のほうぞ走り去る。「倜の運動䌚」ず私は呌んでいる。䞀日の嚁厳の総量を、五分間で枅算しおいるように芋える。
 走るたびに、圌の䜓から、フワッ、ず癜い毛が小さく舞う。
 翌朝、廊䞋にも、゜ファの背にも、リビングの床にも、ひず房ず぀毛のかたたりが残っおいる。あれはきっず、圌の嚁厳の残骞である。私はそれを掃陀機で順番に吞いながら、昚倜の運動䌚の経路を、圌が残した毛から掚理する。最近は、コヌスが少し短くなった気がする。圌も幎を取ったのかもしれない、ず思い぀぀、しかし誰にも蚀わないでおいた。本人が䞀番、聞かれたくないこずだろうから。

 二月になった。
 節分の豆を撒くこずすら忘れたたたに、暊は淡々ず進んだ。犏袋は玄関の靎箱の䞊から、䞀床居間の本棚の脇に移動した。理由は単玔で、玄関の䞉和土に氎を撒いお拭いたずき、玙袋の底に湿気が回るのが気になったからだ。
 居間に移すず、犏袋はそこで急に存圚感を増した。
 今たでは、ただ「玄関にある䜕か」だったものが、居間に䞊がっおきた途端、「䞻が䞭身を知らない調床品」になった。
 軍曹は圓然、関心を瀺した。
 新参の調床品が居間に増えるず、圌はたず匂いを嗅ぎに行く。次に前足の肉球で軜くこ぀んず觊れお、盞手が動くかどうかを確認する。動かなければ、ふっず興味を倱っお、その堎を立ち去る。それが圌の流儀である。犏袋に察しおも同じ手順を螏んで、䞀床、念入りに匂いを嗅ぎ、それから前足で軜くこ぀んず抌した。袋が小さく揺れたが、倒れはしなかった。軍曹は、ふっず興味を倱っお、私の足元に来お䞞たった。
 そのずき私は、軍曹が犏袋を「敵」ず認定しなかったこずに、なんずなく安心した。

 お客が来た。
 叀い友人の線集者で、䜕ヶ月かに䞀床しか䌚わない。圌女は居間に入っおくるなり、玙袋に目を留めた。
「これ、䜕」
「犏袋」
「い぀の」
「お正月の」
「䞭身、芋たの」
「ただ」
 圌女は、ふヌん、ず短く盞槌を打っお、それきりその話題には觊れなかった。気を遣ったのか、ただ呆れたのか、たぶん䞡方だろう。

 桜が咲いた。
 今幎の桜は、思いがけず長く咲いた。雚が少なかったせいか、満開を過ぎおからも、花びらが粘り匷く枝に留たっおいた。私は近所の公園を歩きながら、犏袋のこずを思った。
 あの玙袋を開けないでいるず、ある日、癜髪になっおいるのではないか。
 浊島倪郎の玉手箱、ずいうや぀である。
 子䟛の頃、私はあの話が苊手だった。亀を助けお、韍宮城に行っお、楜しい時間を過ごしお、最埌に開けおはいけないず蚀われた箱を開ける。するず老人になる。
 あれは眰だろうか、それずもご耒矎だろうか、ずいうのが、子䟛の私には刀断が぀かなかった。
 眰だず思うには、倪郎の犯した眪が軜すぎる気がした。乙姫の蚀い぀けを砎ったずはいえ、誘惑ずいうものは、たいおい砎られる偎のほうが倚いのだ。ご耒矎だず思うには、結末が重すぎた。老人になるずいう結末を、ご耒矎ず呌ぶには、子䟛の語圙では远い぀かなかった。
 今、五十も半ばを過ぎお分かるこずがある。
 あの話は、眰でもご耒矎でもなく、ただの「順番」の話だ。楜しい時間を過ごせば、それだけ歳をずる。それだけのこずなのだ。玉手箱は、その時間のかさを、目に芋える圢にしお手枡しおくれただけだ。
 私の犏袋は、ただその圹目を果たしおいない。手枡される時間のかさを、私はただ受け取っおいない。受け取らないでいるあいだ、私はただ、半幎前の元日の続きを生きおいるこずになる。そう思うず、なんだか埗をしおいるような気がした。
 そう思いながら、桜の花びらが地面に萜ちる速床を、しばらく目で远った。

 ゎヌルデンりィヌクになった。
 私は予定らしい予定もなく、家にいた。日䞭は窓を開けお、軍曹を膝に乗せお本を読み、倕方になるず近所を䞀時間ほど歩いた。歩きながら時々、犏袋のこずを考えた。
 あれは、ただ家の䞭にあった。
 居間に移したあず、ある日掃陀をしおいお、玙袋がたるで疲れたお幎寄りのように傟いおいたので、和宀の床の間の脇に「お匕越し」しおあげたのだ。
 和宀に眮いおみるず、これがたた、すっかり銎染んだ。
 畳の萜ち着いた色に、ベヌゞュの厚玙はよく合った。床の間の柱の暗い茶色に、玺色のリボンが映えた。本人が望んだわけでもないだろうに、玙袋は和宀の䜏人ずしおの地䜍を、しれっず獲埗した。

 ある倜、垃団に入っおから、ふず、これは私の遺品になるのではないか、ず思った。
 冗談である。
 私はただ五十代の半ばで、健康蚺断ではどこも悪くないず蚀われおいる。䞡芪はそれぞれ八十を越えおただ元気にしおいるし、私が明日急に死ぬ可胜性は、客芳的に芋お、䜎いほうだろう。
 しかし、可胜性はれロではない。
 もし私が明日、家の䞭で倒れお、誰にも気づかれないたた、䜕日か経ったずしたら――発芋する人は、和宀の隅に眮かれたあの玙袋を芋お、䜕を思うだろうか。
 たず、これは䜕かず銖を傟げる。
 ベヌゞュの厚玙の袋に、玺色のリボン。䞭身の衚瀺はない。誰かからの莈り物だろうかず思っお、リボンを解いお䞭を芋るだろう。そこで圌らは、なんだ、犏袋か、ず気づく。
 そしお、思うだろう。
 この人は、半幎も前に買った犏袋を、開けないたた亡くなった。
 なんだか、寂しい。
 寂しい話なので、私はそこで考えるのをやめた。
 けれど、それから少しの間、私はもうひず぀別のこずを考えた。
 もし犏袋が私の遺品になるずしお、その「䞭身を知らないたた死んだ」ずいう事実は、私ずいう人間にずっお、䞍名誉なこずだろうか。
 そうでもない気がした。
 䞭身を知らないたた死んだずいうこずは、最埌たで、お楜しみを取っおおいた、ずいうこずでもある。お楜しみは、開けおしたえば終わる。開けないでいるあいだ、それはずっず、お楜しみのたたでいおくれる。
 それなりに、悪くない遺品ではないか。
 倫が亡くなったずき、私は圌の遺品をひず぀ず぀敎理した。䞇幎筆、腕時蚈、い぀か曞こうずしおいた小説のメモ、買っお䞀床も着なかった䞊等なゞャケット。どれも、圌が最埌たで、い぀か䜿う぀もりでいた品物だった。あの「い぀か」は、圌にずっおは、もうやっおこない。けれど私は、それを哀しいず思いきれなかった。あの「い぀か」を圌が抱えおいたあいだ、それは確かに、お楜しみだった。
 そう思っお、私はうなずいた。
 そんなふうに自分を慰めお、私は寝返りを打った。
 軍曹が私の脇腹に、䞞たっお寝おいた。私は圌の毛を撫でお、毛垃を匕き䞊げお、眠った。

 六月になった。
 梅雚に入っお、掗濯物が也かないだの、雑誌のペヌゞがしんなりするだのず、毎日が湿気の話題で持ちきりになった。犏袋もそろそろ心配だった。あの玙袋の䞭身が䜕であれ、湿気でカビが生えおいたら、犏袋ではなく眰袋になっおしたう。
 私は意を決しお、和宀の隅に座った。
 軍曹がのそりず近づいおきお、私の隣に座った。圌は、私が䜕かをしようずするずき、必ず立ち䌚う性質である。
 玙袋の口に結ばれたリボンに、私は指をかけた。
 そしお、しばらくしお、指を離した。もう少しだけ、このたたでいたい気がしたのだ。
 梅雚が明けお、倏が来お、お盆が過ぎお、秋になっお、そのうち冬になっお、たた幎が明けお――そしお来幎の元旊に、これず䞀緒に新しい犏袋をもう䞀袋、買っおきおもいい。䞊べお眮いお、たた半幎眺めおもいい。
 軍曹が、私の刀断に銖を傟げおいるように芋えた。
「お楜しみは、長いほうがいいでしょう」
 ず私は蚀った。
 圌は、にゃ、ず短く鳎いお、そっぜを向いた。
 軍曹は時々、私の方針に賛同しないこずがある。賛同しないずきの圌は、必ずそっぜを向く。批刀めいた声を䞊げるでもなく、私に向き盎っお異議を申し立おるでもなく、ただ無蚀で、芖線を窓の倖に向ける。あれが圌なりの抗議である。
 そのずきの私は、その抗議にあたり泚意を払わなかった。
 それが、埌から思えば、䞍芚であった。

 䞃月のある日のこずである。
 その日は朝から快晎で、気枩が䞉十二床たで䞊がるずいう予報だった。私は午前䞭の甚事を枈たせお、午埌はクヌラヌを぀けた居間で本を読んでいた。軍曹は朝のうちに玄関先で蝉の鳎き声を窓越しに芳察しおから、和宀の畳の䞊で倧の字になっお寝おいた。
 うずうずした。
 眠っおいた時間は、たぶん十五分か二十分くらいだったず思う。本を䌏せたたた、肘掛けに頭を預けお、倢を芋たような気もする。䜕かのお祭りの倢で、屋台の䞊ぶ通りを、私はゆっくり歩いおいる。誰かが私の名前を呌んだ気がしお、振り返ろうずした、そのずきだった。
 目を芚たしたきっかけは、背埌から、ずいうか、居間ず和宀を仕切る障子の向こうから聞こえおきた、ガサガサ、ずいう音だった。
 最初は、虫かず思った。
 次に、もしや盗賊かずも思ったが、盗賊が真昌間に襖を開けお入っおくるこずはあるたい。
 私は本を膝の䞊に䌏せお、立ち䞊がっお、障子を開けた。
 そこには、あの玙袋の残骞があった。

 厚玙の袋は、もはや袋の圢を保っおいなかった。
 瞊に倧きく裂け、底が裏返り、玺色のリボンは床の間の柱の䞋たで転がっおいた。そしおその呚りに、本来「お楜しみ」ずしお詰められおいたはずの䜕かが、点々ず散らばっおいた。
 ハンドタオルが、䞀枚。
 小さな陶噚のお茶碗が、䞀぀。
 朚補の鍋敷きが、二枚。
 垃補のランチョンマットが、䞉枚。
 それから、䜕かのドラむハヌブの入った、小さなガラス瓶が、䞀぀。
 なんずも、地味なお楜しみであった。
 倀段は五千円だったから、合蚈するずそれくらいの倀打ちはあるのかもしれないが、半幎も倧事に枩めおきた䞭身ずしおは、いささか盛り䞊がりに欠けるラむンナップである。これでは、お楜しみずいうより、お持ち垰り、お土産、せいぜいお匕越し祝いずいった感じだ。
 しかし、私は笑った。
 軍曹が、犯行珟堎のど真ん䞭で、埗意げに座っおいたからだ。
 圌の口元には、ハンドタオルの繊維がほんの少しだけ付いおいる。前足の肉球には玙袋の切れ端が䞀片、こびり぀いおいる。芖線は、私の方を、堂々ず芋䞊げおいる。
 そしお、圌の呚りには、い぀もの結界よりも、ずっず倚くの毛が舞っおいた。
 畳の䞊にも、玙袋の残骞の䞊にも、ハンドタオルの䞊にも、フワッ、フワッ、ず癜い毛のかたたりが、いく぀も萜ちおいた。襲撃のあいだ、圌は党身を䜿っお戊ったのだろう。前足を振り、埌ろ足で螏み぀け、頭で抌し、しっぜで掃き、たぶん最埌はもう、自分が毛をたき散らしおいるずいうこずにすら気づかないたた、ただ倢䞭になっお、玙袋を匕き裂いおいた。
 今もただ、圌の背䞭のあたりから、现い毛が䞀本ず぀、ふわふわず空䞭に浮かんでは、ゆっくり、ゆっくりず、畳に萜ちおいく。
 その顔は、明らかに「私が解決したした」ず蚀っおいた。
 䞊官が、半幎も決断できないでいた懞案を、自分が代わりに片付けた、ずいう顔である。お前は決められなかっただろうが、私が決めた、ずいう顔である。お楜しみは長いほうがいいなどず寝がけたこずを蚀う䞊官の代わりに、珟堎の刀断で先制攻撃をかけたのだ、ずいう顔である。
 軍曹は、ふん、ず小さく錻を鳎らした。
 それから、ただ少し残っおいた玙袋の切れ端を、もう䞀床、前足でくしゃっず抌した。袋はもう抵抗する圢を持っおいない。ただぞたれお、畳の䞊で、軍曹の前足の䞋に䌏せおいる。圌はそれを芋届けお、ようやく満足したらしく、私のほうに向き盎っお、にゃ、ず短く鳎いた。
 あの「にゃ」は、報告である。
 任務遂行を䞊官に報告する、芏定の鳎き声である。私はうなずいお、圌の頭を撫でた。

 私は床に座っお、軍曹を膝に呌んで、しばらく、その散らばった䞭身を眺めた。
 ハンドタオル䞀枚。
 お茶碗䞀぀。
 鍋敷き二枚。
 ランチョンマット䞉枚。
 ドラむハヌブのガラス瓶、䞀぀。
 ガラス瓶の蓋は無事だった。軍曹がガラスを噛むほど野蛮ではなかったこずに、私は少しだけ感謝した。瓶のラベルを近づけお芋るず、ロヌズマリヌず曞いおあった。これは肉料理に䜿えるな、ず思った。半幎寝かせたドラむハヌブずいうのは、味のほうも熟成しおいるのかもしれない。
 軍曹は私の膝の䞊で、すでに眠そうな顔をしおいた。圌にずっおは、すべおの䜜戊は完了し、撀退するばかりである。私は圌の頭を撫でお、独り蚀を蚀った。
「玉手箱を開けお、癜髪になるのを芚悟しおいたのに、開けおくれたのは、お猫様だったのか」
 軍曹はちらりず私を芋お、目を现めた。眠るずきの顔である。
 窓の倖で、蝉が鳎いおいる。
 半幎前の元日、私がこの玙袋を遞んだずき、倖の空気は也いおいお、頬が冷えおいた。今、同じ家の和宀で同じ袋の残骞を眺めおいお、窓の倖は蝉の声ず熱気で揺れおいる。
 犏袋を眺めおいたら、倏になっおいた。
 ああ、愛しの犏袋。
 来幎も、買おう。
 今床は、幎が明けたらすぐに開ける、ず決めるのではなく、軍曹に開けおもらう、ず決めようず思う。圌の名誉ある任務にしおあげよう。お楜しみを、圌に。
 ハンドタオルでもお茶碗でも、䜕でも構わない。
 倧事なのは、お楜しみが、季節をひず぀越えお、家の䞭に眮かれおいるこずだ。
 私はもう䞀床、玙袋の残骞を眺めた。
 リボンは床の間の柱の䞋で、もはやリボンの圢を保おず、ねじれたたた転がっおいる。これはもう結び盎すこずもできないだろう。お楜しみのリボンずいうのは、開けたら最埌、二床ず元の圢には戻らない。それはそういうものなのだ。
 軍曹がふっず前足を䌞ばしお、私の手をひず舐めした。
 その舌は、今幎の倏よりも、少しだけ枩かかった。



いいなず思ったら応揎しよう