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新星堂の新倉さんのこと。ギターの仕事をさせてくれてありがとうございました。

新星堂(その後会社が→銀座山野楽器へ)の新倉さんのこと。
当時ヤマハの仕事をメインにしていたフリーランスだった私に、声をかけてくださり、新星堂の弦のパッケージや、ヤイリ・アルバレズのギターのカタログ製作をいらいしてくださった新倉さん。
なくなったことを最近知りました。
ギターの仕事をさせてくれてありがとうございました。

感謝の言葉を伝える時間を持てぬままのお別れとなり、大変残念です。

荻窪の本社でなんども打ち合わせさせてもらいました。
あの感じ好きだったです。
当時荻窪が近所だったので自転車で打ち合わせに行って
近くでつけ麺食べて帰るのが楽しかったです。

ご冥福をお祈りします。


訃報というのは、いつも不意打ちだ。
まるで張り替えたばかりの1弦が、チューニングの途中で突然プツンと切れるように。
新倉さんが亡くなったと知ったのは、つい最近のことである。

かつての私は、ヤマハの仕事を主軸に据える一介のフリーランスだった。
組織の論理とは無縁の場所で、ただデザインと向き合う日々。
そんな私にふと声をかけ、新星堂の仕事へと引き入れてくれたのが新倉さんだったのだ。
弦のパッケージデザイン、そして何より、ヤイリ・アルバレズのギターカタログ。
あの仕事は、特別だった。

「いいものを作りましょう」
新倉さんは、そう言ったかもしれないし、言わなかったかもしれない。
けれど、その背中は常にそう語っていた気がする。
あの頃、新星堂の本社は荻窪にあった。
私の自宅からは目と鼻の先だ。
打ち合わせの日には、決まって自転車のペダルを漕いだ。
電車に乗るほどの距離でもない。
風を切って走る荻窪の路地は、どこか昭和の匂いを残していて、妙に心地よかったものだ。

本社に着くと、独特の空気が流れている。
音楽をビジネスにする男たちの、熱気と冷静さが入り混じったあの感じ。
嫌いじゃなかったです。
いや、むしろ好きだったと言っていい。
そこで新倉さんと膝を突き合わせ、紙の質感やフォントの配置について議論する。
それは単なる仕事以上の、ある種のセッションのような時間だった。

打ち合わせが終わると、腹が減る。
決まって近くの店に入り、つけ麺をすするのが私のささやかな儀式だった。
濃厚なスープの湯気の向こうに、さっき話したギターの曲線が浮かぶ。
自転車で来て、仕事をして、麺を食らって帰る。
ただそれだけのことが、なぜあんなにも楽しかったのだろう。
若さ、と言ってしまえばそれまでだけれど。

新星堂の看板が変わり、季節は巡り、新倉さんもまた、
遠い場所へと旅立った。
感謝の言葉ひとつ、伝えられぬままに。
人生とは、こういうものだ。
いつも少しだけタイミングがずれて、大事な言葉は宙に浮いたままになる。

ギターの仕事をさせてくれて、本当にありがとうございました。
今はただ、静かにそう呟くしかない。
荻窪の空に向けて。

ご冥福をお祈りします。

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