話が合わない人の中に、見えていなかった景色
会議で、いつも反対意見を言う人がいた。
こちらが新しい案を出すと、起こりそうな問題を挙げる。
少し思い切ったことをしようとすると、過去の失敗を持ち出す。
まだ始めてもいないのに、できない理由ばかり探しているように見えた。
私はその人を、変化を嫌う人だと思っていた。
慎重というより、後ろ向き。
何かを生み出すより、間違いを指摘することで自分を守っている。
そう決めてからは、彼の発言を聞く前に、また反対されるのだろうと身構えるようになった。
彼が何を言ったかより、誰が言ったかで受け取り方が決まっていた。
一方で彼も、私のことを、現実を見ずに進もうとする人だと思っていたらしい。
思いつきをすぐ提案する。
周囲の負担を十分に考えない。
問題が起きれば、後から誰かが何とかすればよいと思っている。
同じ会議に参加し、同じ資料を見ていた。
それでも、私たちの前には違う世界があった。
違いを尊重することが、誰かと新しいものを生み出す入口になる。
そんな言葉を聞くと、以前の私は、穏やかに受け入れ合う姿を想像していた。
人それぞれだから仕方がない。
考え方が違っても、否定しない。
互いの個性を認め、よいところを生かす。
けれど実際に違いに触れると、そんなにきれいには受け取れない。
自分の話が通じない。
相手の考えが理解できない。
こちらが大事にしているものを、相手は簡単に扱っているように見える。
違いは、ときに可能性より先に、苛立ちや不安を連れてくる。
それは相手が違うからだけではないのだと思う。
自分が見ているものを、現実そのものだと思っているからでもある。
私は、新しい案に可能性を見ていた。
止まっていることのほうが危険だと感じていた。
動きながら直せばよいと思っていた。
それは一つの見方にすぎなかった。
けれど私の中では、前向きで、現実的な判断だった。
だから、それに反対する人は、可能性が見えていないように思えた。
ある日、会議のあとに、その人と二人で話すことになった。
また反対されたことに、私は苛立っていた。
「いつも問題から考えますよね」と、少し責めるように言った。
彼は黙ったあと、「問題が起きたとき、最後に残るのが自分だから」と答えた。
以前の仕事で、上の人が決めた企画が失敗し、その後始末を長く担当したことがあったという。
提案した人たちは別の部署へ移り、現場に残った彼が、利用者への説明と修正を引き受けた。
それ以来、始める前に、誰が最後まで責任を持つのかを考えるようになった。
彼が見ていたのは、新しい案の欠点だけではなかった。
何かが崩れたあと、そこに残される人の姿だった。
その話を聞いた瞬間、彼の意見に賛成したわけではない。
慎重になりすぎて、機会を逃していると思う気持ちも残った。
ただ、「後ろ向きな人」という一枚の絵の奥に、別の景色が現れた。
そして彼の景色が見えたことで、自分の見方にも輪郭があると気づいた。
私は動けないことを恐れていた。
以前、迷っているうちに機会を逃し、長く後悔した経験があった。
だから、考え続けることを停滞と感じやすかった。
彼が過去から現在を見ていたように、私もまた、自分の経験から目の前を見ていた。
誰も、世界をそのまま見てはいない。
同じ言葉を聞いても、ある人には励ましに聞こえ、別の人には圧力に聞こえる。
沈黙を、拒絶と感じる人もいれば、考えるための時間と感じる人もいる。
細かく確認されることで安心する人もいれば、信用されていないと感じる人もいる。
どちらが正しいかを決めようとすると、一方の景色が消えてしまう。
けれど、両方が存在していると知るだけで、それまで見えなかった問いが生まれることがある。
あの会議では、その後、案をすぐに全面導入するのではなく、小さな範囲で試すことになった。
うまくいかなかった場合に誰が対応するかも、先に決めた。
私一人では、そこまで考えなかったと思う。
彼一人なら、試すこと自体を先へ延ばしていたかもしれない。
二人の考えを半分ずつ採用したのではなかった。
異なる怖さを同じテーブルに置いたことで、それまでなかった進め方が見えた。
ただ、その後、私たちが何でも話し合える関係になったわけではない。
別の場面では、また彼を慎重すぎると思った。
彼も、私の詰めの甘さに苛立っていた。
違いを尊重するとは、違いを好きになることではないのだろう。
理解できない部分を、急いで欠点にしないこと。
自分の見方も、世界全体ではなく、一つの窓から見えた景色だと忘れないこと。
それは思っているより、落ち着かない姿勢だった。
自分の正しさの中に留まるほうが、足元は安定する。
相手の見方にも理由があると知れば、自分の判断を少し開かなければならない。
そこには、答えが増える不自由さもある。
それでも、自分には見えないものを誰かが見ていると気づいたとき、違いは、邪魔なものだけではなくなる。
相手を変えるための会話が、二人ともまだ知らない場所を探す時間へ、わずかに変わる。
いま理解できないと感じている人は、私の窓からは見えない何を見ているのだろう。
