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なりたい自分を、借りた言葉で描いていた

手帳の最初のページに、理想の自分を書いていた時期がある。

自信を持って話す。

迷わず決める。

毎日を前向きに過ごす。

人の評価に振り回されない。

何度も読み返せば、少しずつその姿に近づける気がした。

落ち込んだ日には、鏡の前で言葉にすることもあった。

私はできる。

私は変われる。

私は自分を信じている。

けれど、口にするほど苦しくなる日があった。

自信がない自分を、さらに否定しているように感じた。

前向きになれない日は、言葉のほうが正しく、自分のほうが間違っているように見えた。

なりたい自分を描いているはずなのに、その姿から遠ざかるたび、今の自分が小さくなった。

未来の姿を思い描き、言葉にすることには力がある。

そう聞くと、私は長いあいだ、強く願えば現実が変わるという話だと思っていた。

成功している場面を細かく想像する。

望む状態を、すでにかなったことのように言う。

繰り返すことで、心の中に新しい自分をつくる。

けれど、どれほど鮮明に描いても、その姿が自分の奥にある願いとつながっていなければ、また別の誰かを演じることになる。

私は、自信のある人になりたかったのではなかったのかもしれない。

自信があるように見える人なら、軽く扱われないと思っていた。

迷わず決めたいのではなく、迷っている姿を人に知られたくなかった。

前向きでいたいのではなく、落ち込んでいる自分を見捨てられるのが怖かった。

理想として書いていたものの多くは、自分が生きたい姿というより、自分を守るために身につけたい姿だった。

以前、ある知人が、大勢の前で話す仕事を任されたことがある。

彼女は人前に立つのが苦手だった。

声が震える。

言葉が飛ぶ。

終わったあと、自分の失敗ばかり思い出す。

そこで彼女は、堂々と話している自分を何度も想像した。

落ち着いた声で、会場を見渡す。

質問にも迷わず答える。

聞いている人から拍手を受ける。

その場面を繰り返し思い描いた。

けれど、本番が近づくほど不安は強くなった。

想像の中の自分と、実際の自分の間にある距離が、はっきり見えたからだった。

彼女は一度、話す役目を断ろうとした。

そのとき、準備を手伝っていた人から、「何を伝えたいの」と聞かれた。

うまく話す方法ではなく、話す理由を尋ねられた。

彼女が伝えたかったのは、自分が長く困ってきたことについてだった。

同じことで苦しんでいる人が、少しだけ自分を責めずに済むような話をしたかった。

拍手をもらいたいわけではなかった。

堂々とした人に見られたいわけでもない。

声が震えても、その一つだけを置いて帰れたらよい。

そう考えると、想像する場面が変わったという。

完璧に話している自分ではなく、途中で言葉に詰まり、少し息を整えて、もう一度話し始める自分。

質問に答えられず、「今はわかりません」と言う自分。

終わったあと、拍手の大きさではなく、伝えたかった一文を自分で確かめる姿。

それは、華やかな未来ではなかった。

けれど、以前より現実の自分とつながっていた。

本番で、彼女は実際に言葉を忘れた。

手元の紙を見つめ、長い沈黙ができた。

想像していたとおりに、ゆっくり息をし、途中から話し直した。

大きな成功体験になったわけではない。

終わったあとには、もっとうまくできたと思った。

それでも、失敗した自分から逃げずにいられた。

彼女が心に置いていたのは、成功した姿ではなく、何が起きても戻りたい場所だったのだと思う。

私たちは、自分でも気づかないうちに、さまざまな物語を受け取っている。

期待に応えれば、愛される。

失敗を見せれば、価値が下がる。

忙しい人ほど、必要とされている。

弱音を吐く人は、誰かの負担になる。

そうした言葉は、誰かに明確に教えられたものではないこともある。

家庭や学校や仕事の中で、周囲の反応を見ながら覚えていく。

やがて、それが自分で選んだ生き方のようになる。

その物語を書き直すとき、ただ反対の言葉を置くだけでは、心はついてこない。

「失敗しても大丈夫」と言いながら、失敗した人を心の中で責めている。

「自分を大切にする」と書きながら、休んだ日は自分を嫌う。

言葉が根づかないのは、繰り返しが足りないからではなく、その言葉の奥にある願いを、まだ自分が信じられていないからかもしれない。

私も手帳の言葉を書き直した。

自信を持って話す、という一文を消した。

代わりに、「わからない自分を隠すために話さない」と書いた。

人の評価に振り回されない、という言葉も消した。

「評価に傷ついている自分を、急いで強くしない」と書いた。

以前より、ずっと頼りない言葉に見えた。

これを読んだからといって、行動が大きく変わるわけではない。

今でも、人の反応を気にする。

迷いを隠し、自信があるように話すこともある。

けれど、うまくできなかった日に、その言葉のほうへ少し戻れる。

理想の自分に追いつくのではなく、自分がどんな生き方を望んでいたのかを思い出すために。

未来を思い描くことは、今の自分を別人へ変えることではないのだろう。

まだ表に出ていないけれど、自分の中に確かにあるものへ、先に居場所をつくっておくことなのかもしれない。

人から借りた理想の姿が静かになったあと、私はどんな自分を、心の中で待っていたいのだろう。

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