話がまとまらないまま、関係だけを残した日
打ち合わせが長くなるほど、帰りにくくなることがある。
ここまで時間を使ったのだから、何かを決めなければならない。
互いに資料を用意し、予定を合わせ、何度も言葉を交わしたのだから、手ぶらでは終われない。
話が噛み合っていないと感じながらも、私は着地点を探していた。
少し条件を変えれば進められるかもしれない。
こちらが譲れば、相手も譲ってくれるかもしれない。
どちらかが悪いわけではない。ただ、同じ場所へ向かっている感じがしなかった。
それでも「今回はやめておきましょう」と言うことは、相手を拒むことのように思えた。
今回の言葉を読んで引っかかったのは、合意しないことにも、ひとつの合意があるというところだった。
話し合いは、結論を出すためにあると思っていた。
違いがあれば埋める。条件が合わなければ調整する。互いに譲れる場所を探し、最後にはひとつの答えにたどり着く。
そこまでできて、初めて話し合いが実ったように感じる。
けれど、どれだけ話しても重ならないものがある。
技術や条件ではなく、そもそも守りたいものが違っていることもある。
そんなとき、無理につくった合意は、違いをなくすのではない。ただ、見えない場所へ移すだけなのかもしれない。
知人が、友人と店を始めようとしたことがあった。
二人とも食べることが好きで、いつか小さな場所を持ちたいと話していた。何年も温めてきた夢だった。
物件を探し始め、資金について調べ、店の名前までいくつか考えた。
けれど、具体的になるほど、二人の違いが見えてきた。
知人は、規模が小さくても、自分たちの目が届く店にしたかった。利益が増えるまで時間がかかっても、一人ひとりの客と話せる場所を思い描いていた。
友人は、長く続けるためには早く仕組みを整え、店舗を増やす道も考えたいと思っていた。
どちらも間違ってはいなかった。
互いに店を続けたいからこそ、片方は小ささを守ろうとし、もう片方は広がる可能性を残そうとした。
話し合うたびに、言葉の端が硬くなった。
知人は、友人がお金のことばかり考えているように感じた。友人は、知人が現実を見ずに理想へこだわっていると感じた。
それでも二人は、計画を止めなかった。
ここまで準備したのだから。
昔からの約束だから。
一緒にやろうと言った手前、今さらやめるとは言いにくい。
関係を壊したくないという思いが、かえって二人を、関係が壊れそうな場所へ押していた。
契約を交わす少し前、友人が「たぶん、同じ店を見ていないよね」と言った。
知人はその言葉に、反論できなかったという。
二人は、計画を取りやめた。
話し合いを重ねた時間も、店のために集めた資料も、使われないまま残った。周囲には、残念だったねと言われた。
知人自身もしばらくは、失敗したように感じていた。
決断できなかった。
折り合えなかった。
夢を形にするところまで進めなかった。
けれど、時間がたってから、あの場で無理に始めなかったことが、二人の間に残したものに気づいたという。
友人を説得しきれなかった悔しさはあった。
同時に、自分も友人の考えに従わずに済んだ。
どちらかが折れたまま店を開いていたら、売上が悪い日も、忙しすぎる日も、相手の選択のせいにしていたかもしれない。
目の前の問題について話しているようで、心の中では、あのとき譲らされたことを何度も思い返していたかもしれない。
始めなかったからといって、違いが消えたわけではない。
ただ、その違いを相手の欠点にしなくて済んだ。
今は一緒にできない。
その言葉は、あなたとはもう関われない、という言葉ではなかった。
二人は以前ほど頻繁には会わなくなった。それでも、ときどき食事をするという。
店の話をすることもある。互いに、まだ自分の考えを変えてはいない。
話がまとまらなかったことを、今では少し笑って話せるらしい。
何も結ばないという選択には、冷たさがあるように見える。
けれど、無理に相手をこちら側へ連れてこないという意味では、そこに静かな敬意が含まれることもある。
相手は変わらないかもしれない。
自分も変われないかもしれない。
それでも、どちらかが間違っていると決めずに、別々の場所へ戻る。
一緒に進むことだけが、関係を残す方法ではないのだと思う。
私たちは、ときどき合意そのものを欲しがりすぎる。
認めてもらえたと感じたい。
選んだ道が正しいと確かめたい。
相手がこちらに近づけば、自分の考えにも安心できる。
だから話し合いながら、いつの間にか相手を理解することより、相手を動かすことに夢中になる。
進めないという道が見えていれば、少しだけ力を抜ける。
賛成してもらえなくても、話は聞ける。
自分の考えを変えずに、相手の考えがそこにあることを認められる。
世界には、最後まで重ならない違いがある。
時間をかけても、誠実に話しても、一緒には歩けないことがある。
それを話し合いの失敗と呼ばずにいられたとき、二人の間には何が残るのだろう。
