どちらかを選ぶしかないと思っていた会議で
会議室のテーブルに、二つの案が並んでいた。
ひとつは、時間をかけて品質を上げる案。
もうひとつは、内容を絞り、予定どおりに出す案。
どちらにも理由があった。
制作を担当する人は、中途半端なものを届けたくないと言った。営業を担当する人は、約束した時期を逃せば、待ってくれている人を裏切ることになると言った。
話し合いが続くほど、互いの声は少しずつ硬くなった。
いつの間にか、何を届けたいかではなく、どちらの判断が正しいかを争っていた。
私は進行役として、落としどころを探した。
品質を少し下げ、予定を少し延ばす。
両方が半分ずつ譲れば、会議は終えられると思った。
その案を口にすると、誰も反対しなかった。
けれど、誰の顔にも納得はなかった。
決まったはずなのに、何かだけがその場に置き去りになっていた。
人と意見がぶつかるとき、私は長いあいだ、選択肢は二つしかないと思っていた。
自分を通すか、相手に譲るか。
強く主張すれば、相手が傷つく。
相手を立てれば、自分に我慢が残る。
だから、お互いが少しずつ痛みを引き受けることを、よい着地だと考えていた。
現実には、そうするしかない場面もある。
すべての話し合いに、誰もが満足する答えが見つかるわけではない。
それでも、「私か、あなたか」という二つの場所しか見えていないとき、まだ話されていないものがあるのかもしれない。
二つの意見は、たいてい結論として出てくる。
もっと時間がほしい。
予定どおり進めたい。
続けたい。
やめたい。
その言葉の奥には、それぞれが守ろうとしているものがある。
けれど、結論だけを並べると、相手の願いは自分の願いを邪魔するものに見えてくる。
あの会議のあと、制作を担当していた人と話す機会があった。
彼は、品質にこだわりたいのではなく、以前出したものに不具合があり、利用者から厳しい言葉を受けた経験が忘れられないのだと話した。
同じことを繰り返したくなかった。
自分の名前で出す以上、安心して手渡せるものにしたかった。
一方、営業を担当していた人は、納期そのものを守りたいわけではなかった。
長く待ってくれている人たちに、また予定を変えると伝えるのがつらかったのだという。
社内の事情で約束が揺れるたび、相手との関係が少しずつ薄くなるのを感じていた。
二人は対立しているように見えた。
けれど、奥にあったのは、どちらも「受け取る人を軽く扱いたくない」という気持ちだった。
同じ場所を見ていたのに、そこへ向かう道が違っていた。
私はそのことに、会議の最中は気づかなかった。
早く決めなければならないという焦りの中で、二人の言葉を、解決すべき対立として聞いていた。
どちらが正しいか。
どちらが現実的か。
誰が譲るべきか。
その問いを握っているかぎり、見えるのは二つの案だけだった。
数日後、もう一度話し合いの場が持たれた。
劇的な案が生まれたわけではない。
最初から完成品をすべて出すのではなく、範囲を限定して一部の人に使ってもらい、その声を受けながら整えていくことになった。
予定どおり届ける。
けれど、完成したふりはしない。
品質を守る。
けれど、閉じた場所で完成を待ち続けない。
それは、どちらかが最初から持っていた案ではなかった。
二人が自分の主張を少し弱めたからできたというより、主張の奥にあるものを見せたことで、ようやく見えるようになった案だった。
もちろん、その方法がうまくいったとは言い切れない。
途中で予想外の修正が増え、現場には別の負担も生まれた。利用者から厳しい意見も届いた。
二人の関係が急によくなったわけでもない。
次の案件では、また別のことでぶつかった。
それでも、あのときの会議には、それまでと少し違う空気があった。
相手に勝たなければ、自分が失う。
そんな息苦しさが、わずかに薄くなっていた。
第三の案という言葉を聞くと、私は以前、誰も思いつかなかった優れたアイデアのことだと思っていた。
知恵のある人が、行き詰まった場に鮮やかな答えを持ってくる。
けれど今は、案そのものより、その前にある感覚のことなのかもしれないと思う。
まだ見えていないものがあると、完全には諦めないこと。
相手の意見を、自分の場所を奪うものと決めきらないこと。
自分の答えにも、まだ途中の部分があると認めること。
その余白がなければ、新しい案が目の前にあっても、私たちは気づけないのかもしれない。
話し合いが苦しくなると、私は今でも早く決めたくなる。
曖昧な時間に耐えられず、どちらかを選び、残った違和感を仕方のないものとして片づけたくなる。
けれど、ときどきあの会議室を思い出す。
二つの案のあいだにあったのは、妥協のための空白ではなかった。
まだ誰のものでもない答えが、言葉になるのを待っていた場所だった。
いま二つにしか見えていないもののあいだにも、まだ名前を持たない道はあるのだろうか。
