気持ちは選べなくても、その先に残っていたもの
ある人から届いた短いメッセージを見て、その日一日の気分が変わったことがある。
言葉そのものは、強いものではなかった。
「今回は別の方にお願いします」
それだけだった。
一緒に進めたいと思っていた仕事だった。
何度か話をし、手応えも感じていた。
だから、断られたと知った瞬間、身体から力が抜けた。
自分には何が足りなかったのか。
あのとき、別の言い方をしていればよかったのか。
相手は最初から、私を選ぶつもりなどなかったのではないか。
頭の中で、同じ場面を何度もやり直した。
ほかの仕事に手をつけても集中できない。
誰かの明るい知らせを見ると、自分だけが置いていかれたように感じる。
私はその日、断られたのだから落ち込むのは当然だと思っていた。
実際、落ち込むことは自然だった。
期待していたものを失えば、痛い。
何とも思わないふりをするほうが、不自然だった。
けれど、時間が経つにつれ、最初の痛みとは別のものが、その周りに増えていった。
選ばれなかった自分には価値がない。
これからも同じことが続く。
うまくいっている人と、自分は違う。
一つの出来事が、いつの間にか、自分の人生全体を説明する物語になっていた。
人には、自分の反応を選ぶ力がある。
そんな言葉を聞くと、以前の私は反発した。
悲しいものは悲しい。
腹が立つときには、すでに腹が立っている。
不安にならないと決めたからといって、身体の震えが止まるわけではない。
自分の反応を選べると言われると、苦しんでいることまで本人の責任にされるように感じた。
つらいのは、自分がつらさを選んでいるからだ。
考え方を変えれば、すぐに楽になれる。
そう言われているようで、受け取りにくかった。
今でも、感情を自由に選べるとは思っていない。
悲しみは、こちらの都合を聞かずにやってくる。
誰かの一言に傷つきたくなくても、傷つく。
過去の記憶が身体に戻り、目の前の出来事より大きな怖さになることもある。
それでも、感情が現れたあとに、ほんのわずかな場所が残っていることがある。
その気持ちを、どんな物語へつなげるのか。
誰に向けて、どんな言葉として外へ出すのか。
すぐには選べなくても、少し時間を置いて、もう一度見直せる場所。
そこまで奪われているわけではないのかもしれない。
以前、知人が、家族との関係について話してくれたことがある。
彼女は、会うたびに同じことを言われていた。
もっと安定した仕事を選んだほうがいい。
この先どうするのか。
いつまで迷っているつもりなのか。
家族は心配していたのだと思う。
けれど彼女には、自分の生き方を否定されているように聞こえた。
話が始まるたび、彼女は黙り込んだ。
その場では何も言えず、帰宅してから長い時間泣いた。
次に会う前には、今度こそ気にしないと決めた。
けれど同じ言葉を聞けば、やはり身体が固まった。
「反応しないなんて、無理だった」と彼女は言った。
あるとき彼女は、また同じことを言われたあと、黙ったまま席を立った。
それまでなら、逃げた自分を責めていた。
ちゃんと話せなかった。
また負けた。
何も変えられなかった。
けれどその日は、席を立った自分を見て、別のことを感じたという。
私は、ここに居続けなくてもよかったのかもしれない。
反論できなくても、理解してもらえなくても、会話を終えることはできる。
そのことに気づいた。
彼女は家族を説得したわけではない。
次に会ったときも、同じような話になった。
胸は苦しくなり、涙も出た。
ただ、「今日はこれ以上話せない」と言うことがあった。
言えずに帰る日もあった。
それでも、自分には何もできないと思っていた頃とは、少し違っていた。
選ぶという言葉から、私たちは強い決断を想像しやすい。
気持ちを切り替える。
過去を手放す。
前向きな行動を起こす。
けれど実際には、もっと小さく、曖昧なこともある。
すぐに返事をしない。
その場を離れる。
今日の自分には無理だと認める。
いま感じていることと、自分のすべてを同じものにしない。
どれも、世界を大きく変える選択ではない。
相手の態度も、起きた出来事も、そのまま残っている。
ただ、その出来事の中に閉じ込められていた自分へ、わずかな出口をつくる。
あの不採用の連絡を受けた日、私は最後まで気持ちを切り替えられなかった。
落ち込んだまま過ごし、予定していたことの多くを終えられなかった。
けれど、相手への返信だけは、その日のうちに送らなかった。
傷ついていないように見せる言葉も、悔しさをにじませる言葉も、すぐには選べなかったからだ。
翌日、私は短くお礼を伝えた。
そして、何が足りなかったのかを尋ねることはしなかった。
その答えを受け取れる状態ではないと感じていた。
数日後、もう一度考え、聞いてみたいと思った。
返ってきた理由は、私の想像していたものとは違っていた。
能力の問題というより、今回は予定の合う人を選んだという。
それが本当のすべてかは、わからない。
ただ、一つの不採用からつくり上げていた「自分には価値がない」という物語が、少し緩んだ。
選べたのは、落ち込まないことではなかった。
落ち込んでいる自分を、すぐに結論へ連れていかないことだった。
反応を選ぶ力は、いつも感じられるわけではない。
疲れ切っているとき。
怖さが大きすぎるとき。
長いあいだ傷ついてきた場所に触れたとき。
選択肢など一つもないように見えることがある。
そんな自分を見て、弱いとは思いたくない。
それでも、すべてが決まってしまったように感じる時間のどこかに、まだ使われていない小さな余白が残っていることもある。
いま起きた感情のその先で、まだ決めなくてもよいものは、何だろう。
