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始めることばかり考えて、行き先を決めていなかった

知人と二人で、小さな企画を始めたことがある。

誰かの考えを聞き、それを文章にして届ける仕事だった。

こういうものがあれば、きっと必要としてくれる人がいる。

私たちなら、丁寧につくれる。

話しているうちに気持ちが高まり、すぐに名前を考え、紹介文を書き、必要な道具を揃えた。

最初の依頼も、思っていたより早く来た。

忙しかった。

けれど、何かが始まっている感覚がうれしかった。

依頼が入るたび、できるだけ応えた。

相手の希望に合わせて内容を変え、価格も相談しながら決めた。

もっと多くの人に知ってもらうため、発信も増やした。

私たちはよく動いていた。

それなのに、数か月ほど経つと、二人とも疲れていた。

依頼はある。

喜んでくれる人もいる。

大きな赤字でもない。

外から見れば、少しずつ形になっているようだった。

けれど、続けるほど、自分たちがどこへ向かっているのかわからなくなった。

何を達成したいのかを、先に明らかにする。

そんな言葉に触れたとき、私は当時のことを思い出した。

私たちは、何をするかについては何度も話していた。

誰に届けるか。

どんな見せ方にするか。

どうすれば依頼を増やせるか。

けれど、この仕事を通して何を残したいのかは、ほとんど話していなかった。

売上を増やしたいのか。

生活を支えられる仕事にしたいのか。

少ない人と深く関わりたいのか。

多くの人へ広く届けたいのか。

自分たちの表現を守りたいのか。

依頼する人の希望に、できるだけ応えたいのか。

どれも大事に見えた。

だから、どれも選ばなかった。

選ばないまま進むと、目の前の出来事が方向を決めるようになった。

反応のよかったものを増やす。

頼まれたことを引き受ける。

他の人が始めたことを見て、自分たちも試す。

動いているつもりで、外から来る声に運ばれていた。

以前、ある小さな店の経営者から話を聞いたことがある。

その人は、自分の好きなものを集めた店を持つことが夢だった。

長く働いて資金を貯め、ようやく店を開いた。

内装にもこだわり、商品も一つずつ選んだ。

開店した日は、長く思い描いていた景色が現実になったようで、胸がいっぱいになったという。

けれど店を続けるには、夢の中にはなかったことが多くあった。

仕入れ。

在庫。

家賃。

数字の管理。

店に来る人が求めるものと、自分が置きたいものの違い。

売れない商品にも愛着があり、入れ替えられない。

売れるものばかり増やすと、自分の店ではないように感じる。

彼は、店を開くことを長く目標にしていた。

けれど、店を開いたあと、そこでどんな時間をつくりたいのかまでは考えていなかった。

人が集まる場所にしたいのか。

自分の選んだものを伝えたいのか。

暮らしを支える収入を得たいのか。

毎日店に立ちたいのか。

長く続けたいのか。

自分が満たされる小さな場所を持てれば、それでよいのか。

答えによって、選ぶ商品も、必要なお金も、働き方も変わる。

けれど、その問いがないまま、「店を守ること」だけが目的になっていた。

彼は結局、店を閉じた。

成功した話にはならなかった。

閉店を決めたあと、自分には経営の力がなかったと何度も話した。

もっと資金を準備していれば。

市場をよく調べていれば。

数字に強い人へ相談していれば。

どれも事実だったのかもしれない。

ただ、しばらくして彼は、「自分が欲しかったのは、店ではなく、人と好きなものについて話せる時間だったのかもしれない」と言った。

その言葉には、閉店を正当化する響きはなかった。

失ったものは大きく、後悔も残っていた。

それでも、失敗した店の奥に、自分が本当に求めていたものの輪郭が、遅れて現れたように見えた。

目的を明確にすることは、立派な目標を書くことではないのだと思う。

大きな数字を掲げ、迷わずそこへ進むことでもない。

自分は何を得たいのか。

そのために、何を差し出せるのか。

何を失ってまで続けたいのか。

どこから先は、自分が望んでいたものとは違うのか。

そうした問いには、始める前から完全な答えを出せるわけではない。

やってみて初めて、自分の思い違いに気づくこともある。

思い描いた景色が、現実には息苦しいこともある。

だから、最初に描いたものへ自分を縛るのではなく、進みながら何度も見直す必要があるのかもしれない。

私たちの企画も、一度立ち止まった。

依頼を増やすことをやめ、これまでの仕事を並べてみた。

うれしかった仕事。

終えたあとに疲れだけが残った仕事。

時間を忘れて話せた相手。

よい反応をもらっても、もう一度したいとは思えなかったこと。

そこから見えたのは、私たちが大きな仕事をつくりたかったわけではないことだった。

言葉にならずに残っているものを、相手と一緒にゆっくり見つける時間が好きだった。

それは効率が悪く、数を増やしにくい。

事業として正しい形だったのかは、今でもわからない。

結局、二人で始めた企画は終わった。

その後は、それぞれ別の形で仕事を続けた。

達成したかったものを明確にできたから成功した、という話ではない。

ただ、終わったあとに、何が足りなかったのかを数字だけで考えずに済んだ。

私たちは計画に失敗しただけではなく、自分たちが何を望んでいるのかを、始める勢いの中で聞いていなかった。

動き出すことは、希望に近い。

予定が埋まり、人から反応が返ってくると、前に進んでいる気がする。

けれど、速く進むことと、行きたい場所へ近づくことは同じではない。

いま懸命に進めているものの先に、私はどんな景色が残ることを願っているのだろう。

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