note200記事書いた私が断言する『反応がない時期』にこそ価値がある理由
書いていても反応がないと、苦しくなる瞬間があります。
自分が好きで書いているはずなのに、なぜか苦しくなる。
私も何度も経験してきました。
時間をかけて書いた記事に、思うようにスキが付かない日がありました。
期待していたほど読まれず、画面の前でため息をついたこともありました。
「自分には無理かもしれない」
そんな気持ちになり、キーボードの前に座ることさえ重たく感じる日もありました。
それでも、書くことだけはやめませんでした。
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反応がない時期にも、育っているもの
200本以上のnoteを書き続けてきた今だからこそ、はっきり言えることがあります。
反応がない時期は、決して無駄ではありません。
その間も、文章を書く力は少しずつ育っています。
言葉の選び方も、伝え方も、自分では気づかないうちに磨かれていきます。
数字には表れなくても、確かに積み上がっているものがあります。
そして、ある日、その積み重ねが実を結ぶ瞬間が訪れます。
「いつも読んでいます。」
「この記事は、私のことかと思いました。」
そんな言葉をいただくと、画面の向こうにいる誰かとつながった喜びを実感します。
その喜びは、数字だけでは表せません。
反応が少なかった日々があったからこそ、その一言が深く胸に響くのです。
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今日も一記事を書こう
もし今、反応がなくて苦しいと感じているなら、それは自分だけではありません。
続けている人なら、誰もが何度も通る道です。
私自身、何度も反応が少ない日はありました。
それでも、書き続けるうちに苦しさの質は変わっていきました。
反応がないことに苦しんでいた自分が、いつしか「続けていること」に自信を持てるようになったのです。
反応がない日も、未来の一記事につながっています。
だから今日も、私は一記事を書いています。
【今日のおまけ】
我が家の長女「キキ」です。

203日連続投稿中

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