「結婚は幸せなことか」を考えてみた
私は、マッチングアプリを使って結婚できました。
もし、マッチングアプリがこの世に存在しなかったら、妻に出会うことも、結婚することもなかったかもしれません。
では、結婚した人生は幸せなのか。
結論、私は幸せです。
ただ、結婚することが人生の幸せというのは違うと思います。
パートナーができて生活を共にするということは、自由がなくなるストレスを常に感じながら、半身を相手に渡しながら過ごさなくてはいけないからです。
一人暮らしのとき、よく友だちと飲みすぎて終電を逃していましたが、結婚したら事前に連絡もなく終電を逃すのはご法度。
むしろ、日付が変わる前には帰るのが当たり前です。
こども家庭庁が若者10万人を対象に行ったアンケートでも、35%が「結婚するつもりはない」と答えたそうです。
いまの時代、エンタメも仕事も一人で完結する選択肢が無数にあり、「個人の自由」の純度がかつてないほど高まっていると感じます。
地元のスーパーで同級生のお母さんに会ったとき、一緒に遊んでいた伊藤くんが未だに結婚しないことを、心配していました。
地元は過疎化が進む田舎なので、だいたい20代前半でみんな結婚しています。
そんな中、36歳になっても結婚していないのは、これまでだったら珍しい話でした。
しかし、いまは一人でも楽しめる選択肢が回りにいくらでもあります。
リアルな人間関係に頼らなくても「幸せ」が作れるわけです。
ライフステージは人それぞれ歩み方が違うわけで、それを他人がとやかく言うのは違います。
それぞれの生き方があることを理解した上で、それでも私は、結婚したほうがいいと思う派です。
結婚で変わるもの
妻に出会う前まで、結婚はどうでもいいと思っていました。
趣味も充実して、一人で過ごす時間も好きだった私にとって、誰かと人生を共にする未来が見えなかったからです。
帰省するたびに親から「いい人はいないのか」と言われるのが、内心申し訳なかったくらいです。
そんな私でしたが、結婚したことで一人のときより時間に制限はできたものの、心に余裕ができたのは大きなことでした。
心の余裕とは、弱いところや不快に感じたことを明かし、頭の中にあるモヤモヤを取り除けるようになったことです。
一人でいた頃も、仕事で理不尽に怒られたときに同僚へ愚痴をこぼすことはありました。
しかし、どこかで「仕事用の自分」を保ったままで、本当のみっともない弱音までは吐き出せなかった気がします。
本当の私はとてもよわよわなので、そんなよわよわを理解してくれる存在というのは、やっぱり日々の生活を共にしているパートナーくらいだと思います。
なので、結婚してからは遠慮なく妻に仕事であった鬱憤を話しますし、妻が溜めている鬱憤も聞きます。
そうやって互いの心に詰まったものを相殺することで、明日を前向きに迎えることができていると感じます。
空白の埋め方
30代になると周りも結婚し家庭をもちはじめるので、若いころのような遊び方ができなくなります。
すると、心にできる「空白」の埋め方を考えるようになるわけです。
この「空白の埋め方」には得意・不得意があると思っています。
私は不得意な人間でした。
得意な人間は、たとえば推し活など「自分の好きなもの」に心の拠り所を見つけられる人です。
私はそのようなものがなかったので、休日一人で過ごす時間の中で、ぽっかり空いた穴、寂しさのようなものを埋めたくて結婚しました。
以前上司に「結婚してよかったですか」と聞くと、「結婚は自由を奪われるけど、一人のままだったらきっと寂しかったからよかった」と答えました。
上司もわたしと一緒のようでした。
心の穴を埋められるくらい没頭できるものがある人は、とても贅沢で羨ましいと感じます。
そういう方にとって「結婚しない」という選択は、自由を制限されることなく、自分の時間軸で選択できるので、非常に合理的なことだと思います。
ただ、私のように埋めるのが不得意なのであれば、人生のパートナーと過ごす時間、ある意味時間を分け与えるというのは、空白を埋める存在になると考えます。
自由と余裕
結婚生活について、独身の上司から「奥さんのために家事をしなきゃいけないから大変だよな。一緒に飲みにも行けないし」とよく言われます。
仰る通り、傍から見れば自由を奪われているので大変そうに見えるはずです。
ただ、先ほども書いたように、互いの空白を埋め合わせているので、大変という認識がありません。
仕事や会社というコミュニティー以外に、自分の空白を埋める状況をつくるのは、三上香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか / 集英社新書」でも述べられている「半身で生きる」という考え方に近しいのかもしれません。
仕事だけに自分のすべてを預けるのではなく、仕事とは別の場所にも自分の居場所をつくることで、冒頭の「心の余裕」が生まれているのだと思います。
そして、余裕は相手に対する見え方にも影響をあたえます。
後輩から「結婚指輪してる人って、どこか余裕を感じませんか」と言われて、面白いと感じたことがありました。
結婚指輪というより、半身で生きていることが余裕そうな雰囲気を生み出していると考えます。
自由だから心に余裕があるわけではなく、時間的な制約があっても、心を預けられる存在があれば、余裕をもつことができるということです。
私も30代の前半は「独身は自由だから幸せだよな」と言われたことがありますが、そこに感じた引っかかるものの正体は、自由に対して生まれる空白を言語化できなかったことだったと思います。
結婚している、していないにかかわらず、空白を上手に埋めれる人生だったら、きっと幸せではないでしょうか。
私は妻の空白を埋め、逆に埋めてもらいながらこれからの人生を歩んでいきたいと思います。
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