ディズニーランド地獄変
保育園に通う3歳の息子が唐突に言い出した。
「ディズニーランド行ってみたいなあ〜」
ふむふむ。
きっと保育園で友達とおしゃべりしたのだろう。「ディズニーランド」が何なのかは分かってないはずだ。ただ「楽しそう」な場所だと思っているのだろう。
なぜなら彼にミッキーの動画を見せても「これつまんない」と言うからだ。全然ディズニーに興味を示さない。ひたすら電車と昆虫の動画を見ている。
まあ、とはいえディズニーランドに連れて行かない理由はないので、行きたいのならば行ってみようではないか。もう少しディズニー動画を見せてみて、すこし予習してから行けば良いと思う。
思えば小さい頃、僕も家族でディズニーランドに行った。
東京ディズニーランドが開業したのは1983年。そう、僕は同い年なのだ。
おそらくは完成したばかりの夢の国へ息子を連れて行くために、父は僕にディズニーのビデオをたくさん借りて見せてくれた。

めちゃくちゃハマったわけではないが、それでもディズニーランドは楽しかった記憶がある。特に面白かったのがジャングルクルーズ。キャストのお兄さんが面白くて、兄弟でキャッキャと笑ったはずだ。ビックサンダーマウンテンはビビって乗れなかった。初めてチュロスなるものを食して、その美味しさにとても驚いた。
やがて小学校3年生くらいになったらミッキーへの興味は薄れ、僕はひたすらガンダムとドラゴンボールに傾倒していく。
それ以来ディズニーランドは行ってないなあ〜と思っていたが……
いや、行っていた。
思い出した。
大学1年生の冬に行っていた。
女子と二人で行っていた。
あまりにもしんどかったので記憶から消していたのだ。
あれはディズニー事変と言っても差し支えないと思う。

大学1年生の芸術祭。
そう美術大学の文化祭は略して「芸祭」と呼ばれる。
ハレの日である本祭では「芸祭マジック」と呼ばれる現象が巻き起こるのだ。すなわち「芸祭をきっかけにカップルがアホみたいに増える」現象である。田舎だし他にやることがないのだ。
20歳だった僕も、正直マジックしたかった。
アホでもいいから魔法にかかってみたかった。
そんな当時ラグビー部だった僕は、体育会系の掟で「学祭の警備」担当になってしまう。これは最も過酷な役目で、3日間体育館に泊まりながら夜通し当番制で学祭を守るというものだ。

そんな閉鎖された環境で男女が接近しないはずがない。
僕も例にもれず、女子野球部のNさんとなんだか仲良くなってしまった。
同い年で同じデザイン学科。祭りが終わった後も連絡を取り合い、一緒に高尾山の紅葉を見に行ったりした。
まあ、あるじゃないですか。
完全に両思いなんだけど、友達以上、恋人未満な時期!!
ドキがムネムネするよね。

(周りは男ともだち)
「これは付き合うのも時間の問題やな……」
そう思っていたところに、Nさんから提案があった。
「ねえ、12月のディズニーランド一緒に行こうよ!冬のエレクトリカルパレード見たいなあ!」
はいキタコレ。

ゲレンデの雪が溶けるほどアツいお誘いである。正直言ってディズニーランド自体には興味はなかったが、「女子と行くディズニーランド」には興味があった!俺のエレクトリカルがパレードしてしまう。
答えはもちろんYES。
確か話がまとまったのが11月の後半だったと思うが、12月中旬に決まったデートの日に向けてメールのやりとりは毎日続いた。やれどの順番でアトラクションを回るか……みたいな微笑ましい内容である。
このまま付き合ったらクリスマスまで一気通貫チャラついた大学生活や!冬休みを直前に控え、なんだか学校が楽しくなったのを覚えている。
しかし、ディズニーに行く前に異変は起きた。
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