『できなくなったことの先に、新しい「できる」はつくれる。――ALSと生きる武藤将胤さんの姿から』
先日、一本の動画を見ました。
ALSとともに生きる、 武藤将胤さんの動画です。
見終わったあと、 しばらく心に残りました。
身体の自由が少しずつ失われていく中でも、 武藤さんは、そこで人生を止めていませんでした。
目の動きを使う。 テクノロジーの力を借りる。 周りの人の力を借りる。
そして、
「今の自分に、何ができるだろう」
と、新しい方法を探し続けている。
視線を使って音楽をつくり、 DJとして表現し、 自分の思いを伝えていく。
その姿を見ながら、 私はひとつのことを考えていました。
「できない」が増えても、「できる」は終わらない
私たちはつい、
以前できていたことが できなくなったとき、
「失ってしまった」
と思います。
病気だけではありません。
年齢を重ねること。 介護が必要になること。
仕事や暮らしが変わること。
人生には、 それまでと同じ方法では できなくなることがあります。
もちろん、 それは簡単に前向きな言葉で 片づけられるものではありません。
悲しい日もある。 悔しい日もある。
失望やどん底に落ちる日もある。
涙が枯れるほど出る日もある。
どうして自分なの?神様はほんとにいるの? と思う日だってあると思います。
だから私は、
「前向きに生きよう」
と言いたいわけではありません。
ただ、武藤さんの姿を見ていて 思ったのです。
ひとつの方法が使えなくなったとしても、
人生そのものまで、 できなくなるわけではないのかもしれない。
手が使えなければ、目を使う。
声で伝えることが難しければ、 テクノロジーの力を借りる。
一人では難しければ、 誰かの力を借りる。
「以前と同じようにできること」だけを “できる”と呼ばなくてもいい。
新しい方法を見つけたなら、
それも立派な 「できる」なのだと思います。
誰かの力を借りることも、生きる力
もうひとつ、 心に残ったことがあります。
武藤さんは、 何もかも一人の力で 乗り越えているわけではありません。
家族がいて、 仲間がいて、 医療があって、 研究者や技術者がいて、 テクノロジーがある。
いろいろな人の力が重なって、 新しい可能性が生まれている。
私たちは時々、
「自分でできること」を 強さだと思ってしまいます。
でも、
誰かに頼ること。
道具に頼ること。
仕組みに頼ること。
それもまた、 自分の人生を生きるための 立派な力なのかもしれません。
希望は、大きな光じゃなくてもいい
この動画を見て、 私は「希望と勇気」という言葉についても 考えました。
希望って、
何か大きな夢を叶えることだけでは ないのかもしれません。
明日も誰かと話したい。
好きな音楽を聴きたい。
家族と一緒にいたい。
何かをつくりたい。
もう一度、笑いたい。
そんな小さな「したい」が 心のどこかに残っていること。
そして、
その「したい」を叶える方法を 誰かと一緒に探せること。
それも、 希望なのだと思います。
病気とともに生きている方にも。
その人を支えているご家族にも。
医療や介護の現場で、 誰かの人生に寄り添っている方にも。
そして、
今ちょっと人生に疲れている人にも。
この動画の中に、 それぞれの心に残るものが ひとつでもあったらいいなと思って、
今日は紹介しました。
人生には、 自分では選べないことがあります。
それまで当たり前にできていたことが、 できなくなることだってあります。言葉で表現できない恐怖もあります。
けれど、
今あるものから、 新しい「できる」をつくることはできる。
それは一人でなくてもいい。
誰かの力を借りてもいい。
テクノロジーに頼ってもいい。
方法が変わっても、 その人の人生まで なくなるわけではない。
私はこの動画から、
生きることへの希望と勇気を 少し分けてもらいました。
今日ここに、 その小さな光を置いておきます。
――未来の自分への、小さな御守りとして。
今回ご紹介した動画
ALSとともに生きる武藤将胤さんの動画です。
