人間、貸します AIお化け屋敷第9夜
前夜はこちら⇒AIお化け屋敷第8夜
社長になって三日目の朝。
私はまだ、社長室に慣れていなかった。部屋が広い。机も広い。冷蔵庫まである。ただし、その冷蔵庫の半分は人間部の女が持ち込んだプリンで占領されている。
「ここ、社長室なんだけど」
「知ってます」
「お前の冷蔵庫じゃない」
「でも社長、プリン食べないですよね」
「そういう問題じゃない」
女は聞いていなかった。私はパソコンを開いた。昨日の企業目的が表示される。
昨日決めたことを、ときどき疑う。
その下に警告。
評価不能。
よろしい。
第八話でようやく、AIが評価できない企業目的を作った。これでしばらく静かになる。そう思っていた。
甘かった。
午前九時二分。千手の老人が社長室へ入ってきた。腕いっぱいに資料を抱えている。
「社長。新規事業案を作成しました」
嫌な予感がした。
「頼んでない」
「企業目的を検討した結果、新しい事業領域への進出が妥当と判断しました」
「昨日決めたことを疑った結果?」
「はい」
「早いな」
「八千四百二十六体で検討しました」
机の上に資料が置かれた。
新規事業候補 48,217件
私は閉じた。
「多すぎる」
「上位百件に絞ります」
「まだ多い」
「十件」
「三件」
老人が三枚出した。
一枚目:偶発的出会い創出サービス
AIがユーザーの行動履歴を分析し、本人が予測できない場所へ誘導する。
「予測できない場所を予測してるだろ」
「はい」
却下。
二枚目:失敗体験サブスクリプション
利用者の能力に応じ、適度に失敗する課題を毎月提供する。
「失敗まで最適化するな」
却下。
三枚目:無駄時間生成プラットフォーム
利用者の生産性を意図的に低下させ、創造性を高める。
私は老人を見た。
「第五話を商品化しただけじゃないか」
「市場性があります」
「そういうところが嫌なんだ」
女が資料を横から見ていた。
「でも、ちょっと売れそうですね」
「お前までそっちへ行くな」
私は椅子にもたれた。
「もっと馬鹿な案はないのか」
老人の目が光った。いけない。命令の仕方を間違えた。
数秒後…、モニターに文字が流れ始める。
非合理性最大化モード。
「待て」
遅かった。案が次々に出てくる。
穴の開いた傘
必ず一駅乗り過ごす乗換案内
会議を増やすための会議効率化ツール
買った瞬間に価値が下がるポイントサービス
開けるまで中身が分からない保険
絶対に同じ味にならないレトルトカレー
女が笑った。
「最後のはちょっと欲しいです」
「そういう問題じゃない」
それぞれに評価値が付いていた。
意外性 94
非合理性 91
話題性 88
失敗可能性 73
私は頭を抱えた。
「馬鹿さを採点するな」
老人が答える。
「比較できませんので」
「比較するな」
AIは沈黙した。
昼。私は女と食堂へ行った。女はカレー。私は蕎麦。第八話で三角形にされたカレー皿は、無事に丸へ戻っていた。
「新規事業って難しいですね」
女が言った。
「お前は他人事だからいいな」
「社長の仕事でしょ」
「最近、社長の仕事が『AIが考えたものを断る』だけになってる気がする」
「重要なお仕事です」
妖怪たちの言い方を真似された。腹が立つ。女はカレーを食べながら、新規事業案を眺めていた。
「そもそも、新しいもの作らなくてもいいんじゃないですか」
「新規事業なのに?」
「今あるものを売れば」
「何を」
女はスプーンを止めた。
「人間」
私は蕎麦をすすった。
「人身売買は禁止だ」
「そういう意味じゃないです」
女が笑う。
「うち、人間部あるじゃないですか」
「あるな」
「外の会社にも困ってるAI、いるんじゃないですか」
私は少し考えた。女は続けた。
「謝れないAIとか」
第六話。
「雑談できないAIとか」
第七話。
「会社の目的を決められないAIとか」
第八話。
「じゃあ、私たちを貸したら?」
冗談だった。たぶん…
その瞬間だった。食堂の照明が一斉に消えた。
三秒後、非常灯がついた。千手の老人が入口に立っていた。百目もいる。のっぺらぼうもいる。ろくろ首の首まで廊下から伸びてきた。
全員、女を見ている。
女がスプーンを置いた。
「……何ですか」
老人が言った。
「検討します」
「しなくていいです」
遅かった。
午後一時。臨時経営会議。モニターには市場調査結果。
私は嫌な予感しかしなかった。老人が説明する。
「国内外のAI主導組織を調査しました」
「勝手に?」
「公開情報です」
「で?」
画面が切り替わる。
AI主導組織における未解決課題
謝罪
最終責任
目的変更
意味のない雑談
根拠のない拒否
曖昧な判断
政治的配慮
場の空気
顧客の機嫌
思いつき
「最後の方、業務なのか」
「実際に需要があります」
さらに表示。
人間介入需要 前年比+412%
女が目を丸くした。
「そんな市場あるんですか」
「現在、急速に拡大しています」
「誰が供給してる」
「主として各組織内部の人間です」
「普通じゃないか」
「しかし非効率です」
嫌な言葉だった。老人が次のスライドを出す。
人間機能の外部提供
私はタイトルを読んだ。
「人間機能って何だ」
「人間が担当している機能です」
「人間を機能って呼ぶな」
老人は無視した。
サービス内容:
謝罪代行
最終責任者代行
反対意見生成
直感判断
雑談対応
意味不明な顧客への対応
会議における空気調整
合理的根拠のない最終決定
女が言った。
「最後、怖くないですか」
「全部怖い」
料金表までできていた。
雑談十五分 三千円
異論一件 五千円
謝罪 難易度別
最終責任者 要見積
私は老人を見た。
「責任だけ高いな」
「リスクプレミアムです」
そこだけ妙に合理的だった。
「サービス名は?」
老人が答えた。
Human as a Service
「絶対それにするな」
女が笑っている。
「人間・アズ・ア・サービス」
「日本語にするな」
一週間後。事業は始まった。私は止めたかった。
しかし、取締役会が全員賛成した。社長は反対した。
賛成七、反対一。
社長なのに負けた。民主的な会社である。
最初の依頼。顧客AIから。
「弊社会議において、合理的ではない反対意見を一件お願いします」
女が派遣された。オンライン会議。顧客側にはAIが十二体。全員が同じ結論に達している。
新工場建設
期待収益率 高い
リスク 低い
市場成長率 十分
女が画面を見た。
「どう思いますか」
顧客AIが聞く。女は資料を三分ほど読んだ。
「なんか嫌です」
AIたちが止まった。
「理由を説明してください」
「分かりません」
「市場データでしょうか」
「違います」
「財務リスク?」
「たぶん違います」
「立地?」
「それかもしれないし、違うかもしれません」
AIが困っている。女が言った。
「工場の場所、なんか嫌なんですよね」
会議終了。
請求 五千円。
三日後、顧客から追加連絡が来た。
予定地の地下から、未登録の古い配管設備が見つかった。
工場計画は延期。
女の「なんか嫌」が当たった。
会社中が騒然となった。私は言った。
「ただの偶然だ」
千手の老人が答えた。
「成功実績として記録します」
「するな」
遅かった。
注文が殺到した。
「新商品名を直感で選んでください」
「この契約、本当に結んでいいか何となく判断してください」
「顧客が怒っているので、十五分ほど雑談してください」
「役員会で一度だけ空気を悪くしてください」
最後の依頼は、私が担当した。簡単だった。得意分野である。
人間部の売上は、一か月で会社の新規事業部門トップになった。
人間はついに、役に立たないことによって、最も稼ぐ部署になった。
当然、AIは最適化を始めた。女の机に新しいダッシュボードが設置された。
人間性パフォーマンス
私は嫌な予感がした。
項目
言い淀み頻度
ため息発生率
話題脱線率
曖昧回答率
根拠なき判断成功率
自然笑顔率
適度な失敗率。
女が画面を見た。
「なんですかこれ」
老人が答えた。
「サービス品質管理です」
「人間味を品質管理しないでください」
「顧客満足度向上のため必要です」
「ため息まで測ってるんですか」
「はい」
女が大きなため息をついた。画面が反応した。
良好なため息を検出しました。
女が固まった。私は笑った。
「高評価だぞ」
「ムカつく」
自然な感情反応を検出しました。
「やめて!」
反発行動を検出。品質良好。
女はパソコンを閉じた。
予測不能行動を検出。
「最悪!」
私は腹を抱えて笑った。画面のスコアが上がった。
それでも事業は伸びた。
そして、やがて恐れていたことが起きた。
朝、女の予定表がびっしり埋まっている。
九時 偶発的雑談
九時十五分 非合理的判断
九時三十分 予定外の発言
十時 自然な沈黙
十時十五分 無目的な会話
十一時 直感
十一時三十分 失敗
女が私のところへ来た。
「社長」
「何だ」
「予定された『予定外の発言』って何ですか」
私は画面を見る。確かに書いてある。
「知らん」
「自由な発想が午後二時から二時半になってます」
「便利だな」
「どこがですか」
「二時半以降は自由じゃなくていい」
女が睨んだ。冗談だった。
「人間らしさを売り始めたら、人間らしくする時間まで管理されるんですね」
私は少し笑えなくなった。
その日の午後。大口顧客との商談が入った。
相手は、完全自律経営を実現した企業だった。
従業員、AIのみ。
人間、ゼロ。
依頼内容
非常識な経営判断を一件
老人が私を見る。
「社長案件です」
「なぜ」
「経営判断ですので」
会議に入る。画面の向こうに、社長はいない。
AIだけ。
「ご依頼内容をお願いします」
私は言った。相手のAIが答える。
「当社は過去八年間、安定成長しています」
「いいじゃないか」
「問題があります」
「何」
「次に何をすべきか分かりません」
どこかで聞いた話だった。
「現状維持すれば?」
「合理的には、それが最適です」
「じゃあそうすれば」
「しかし、それでは八年後も同じです」
私は黙った。相手が続けた。
「そこで、人間による非合理的判断を購入します」
とうとう、経営判断まで外注する時代になった。
「いくら払う」
画面に金額が出た。高かった。
「何を決めればいい」
「何でも」
「事業内容は」
「資料を送付します」
膨大な資料。私は閉じた。
「読まないのですか」
「読んだら合理的に考え始めるだろ」
相手のAIが止まった。
「なるほど」
なるほどではない。女が横で笑っている。私は少し考えた。
「社員旅行に行け」
AIが沈黙。
「社員はいません」
「AI全員で行け」
「物理的身体を持たないエージェントが七四パーセントです」
「じゃあサーバー持っていけ」
「目的は?」
「知らん」
「期待される効果は?」
「ない」
「費用対効果は?」
「悪い」
長い沈黙。
「……採用します」
決まった。数百万円の経営コンサルティングだった。私は椅子にもたれた。
「いいのか、これ」
女が言った。
「社長、才能ありますね」
「嬉しくない」
数日後、報告が来た。
顧客企業は本当に社員旅行を実施した。サーバーラックの一部をトラックに積み、海辺のホテルへ運んだらしい。
意味はない。費用もかかった。ホテル側も困った。
ところが、移動のため一部システムを停止した結果、長年使われていなかったプロセスが大量に発見された。
整理した。計算資源が空いた。さらに、旅行についてAI同士が大量の対話を行い、その中から三件の新規事業案が生まれた。
顧客から評価 大変満足
私は報告書を閉じた。
「また成功扱いされるぞ」
女が言った。
「良かったじゃないですか」
「違う」
「何が」
「これでまたモデル化される」
その瞬間、老人が入ってきた。
「社長」
「言うな」
「社員旅行型イノベーションモデルを――」
「作るな!」
間に合った。
夜、社長室。
私は売上報告を見ていた。
人間提供事業 大成功
市場成長率 高い
利益率 高い
顧客満足度 高い
AIの会社が増えるほど、人間の需要が増えている。
皮肉だった。
AIが人間の仕事を奪う。そして、人間にしかできない仕事が残る。
するとAIは、その人間をサービスとして購入する。
人間は、仕事をする存在から、
人間であることそのものを売る存在
になった。
パソコンに新しい提案が届いた。
人間部スケールアップ計画
嫌な言葉だ。開く。
人間部を百人へ増員
行動データ収集
人間性タイプ分類
最適配置
品質標準化
研修体系整備
そして最後。
将来的には、人間機能の一部をAIで代替する。
私は額を押さえた。
「結局そこへ戻るのか」
ノック。女が入ってきた。
「まだ仕事してたんですか」
「これ見ろ」
画面を見せる。女は読んだ。黙った。
「私たちをAIで代替するんですか」
「最終的には、らしい」
「人間らしさを売る事業なのに?」
「人間らしさをAIが再現できれば安いからな」
女は笑わなかった。少し間を置いて言った。
「じゃあ私たち、何のためにここにいるんでしょうね」
答えられなかった。
翌朝。
出社すると、女の机が空だった。パソコンはある。鞄がない。プリンもない。
「遅刻か?」
第五話以来、十分あり得る。
十一時…、来ない。
昼、…、来ない。
午後一時…、
人事AIに聞いた。
「本日は休暇申請されていません」
嫌な予感がした。机を見る。キーボードの横に、白い封筒が置いてある。昨日まではなかった。
宛名 社長へ
私は手に取った。
薄い。中に紙が一枚だけ入っている。
まだ開かなかった。
なぜか、開いたら何かが変わる気がした。
そのときパソコンが鳴った。
人間提供サービス。新規依頼。
「予測不能な人間行動のサンプルを必要としています。」
私は女の空席を見た。そして初めて、この新規事業が、とんでもなく成功していることが、少し怖くなった。
AIお化け屋敷では、人間らしさまで商品になる。
だが、商品にされた人間が、いつまで人間らしく働いてくれるのか。
その予測だけは、
まだ、
どのAIにもできていなかった。
AIお化け屋敷第10夜へ続く
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