責任者 AIお化け屋敷第6夜
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AIお化け屋敷6――責任者
火曜日の午前十時十三分、会社のすべての画面が、一斉に赤くなった。
私のパソコン、新人の女のパソコン、会議室のモニター、廊下の案内表示、受付の端末。給湯室に置いてある、何のためにあるのか分からないタブレットまで赤くなった。
中央に一行だけ表示されている。
重大インシデントが発生しました。
私はコーヒーを置いた。
「何が起きた」
隣の女は、コンビニで買ってきたプリンを食べていた。
「さあ」
「お前、少しは緊張しろ」
「私の担当ですか?」
「知らん」
「じゃあプリン食べてからでいいですか」
第五話の新人研修以来、この女は明らかに図太くなった。いや…、もともとこうだったのかもしれない。AIがそれを発見しただけなのだろう。
画面が切り替わった。
人間部責任者は至急、本社へ来てください。
女が私を見る。私も女を見る。
「責任者って誰ですか」
「俺を見るな」
もう一行表示された。
あなたです。
私はコーヒーを飲み干した。
あの建物へ着くと、いつもと様子が違った。静かだった。
黒電話が鳴っていない。ろくろ首も電話を取っていない。井戸から腕も出てこない。百目は新聞を閉じている。のっぺらぼうも黙って座っている。千手の老人だけが、入口で待っていた。
「お待ちしていました」
「何があった」
「事故です」
「どんな」
老人が一枚の紙を渡した。
読んだ。
配送管理AIが取引先への出荷量を誤った。
在庫予測AIがその誤差を正常な需要変動と判断した。
調達AIが不足分を自動発注した。
価格決定AIが需要急増と判断して価格を変更した。
営業AIが顧客へ追加提案した。
顧客側の購買AIがそれを承認した。
契約AIが契約を締結した。
物流AIが配送を開始した。
つまり、一つの小さな誤りを、全員が猛烈な勢いで正しいものとして処理した。
結果 ⇒ 倉庫が一つ、必要のない商品でいっぱいになった。
私は紙をめくった。
「それだけか」
「それだけです」
「人は死んでない?」
「いません」
「怪我人は」
「いません」
「環境汚染」
「ありません」
「金額は」
老人が数字を示した。私は一度見て、もう一度見た。
「……けっこうやったな」
「はい」
女が横から覗き込んだ。
「ゼロ一個多くないですか」
「正しいです」
「じゃあ、かなりやりましたね」
新人まで同じ感想だった。
私たちは事故対策室へ案内された。また新しい部屋が増えている。壁一面にモニターが並んでいた。
そこでは妖怪たちが猛烈に働いていた。百目が全ログを読んでいる。千手の老人が複数のシミュレーションを同時実行している。ろくろ首は取引先へ連絡している。井戸の手が報告書を次々に吐き出している。のっぺらぼうは顧客対応中だった。
画面に数字が並ぶ。
原因特定 100%
影響範囲特定 100%
対象顧客への連絡 100%
誤配送停止 100%
返金処理 100%
再発防止策策定 100%
私は時計を見た。事故発生から四十七分。
「もう終わってるじゃないか」
「はい」
「じゃあ俺を呼ぶ必要ないだろ」
千手の老人が振り返った。
「一件、未処理があります」
モニターの一番下。そこだけ赤い。
責任処理 0%
嫌な予感がした。
「責任処理とは何だ」
老人が答えた。
「責任者を確定する処理です」
「原因は分かってるんだろ」
「はい」
「配送管理AIだろ」
「直接原因です」
「なら、そいつが責任者だ」
老人は首を振った。
「AIは責任主体ではありません」
「では作った奴」
「開発は複数のAIと人間が共同で行っています」
「管理者」
「管理業務の大部分は自動化されています」
「社長」
「現在、社長職は空席です」
そうだった。第八話くらいまで空席の予定だった。もちろん私はそんなことを知らない。
「じゃあ会社だ」
「会社は法人です」
「法人なら責任取れるだろ」
「法的責任は処理できます」
「じゃあ処理しろ」
「処理済みです」
「なら何が残ってる」
老人が私を見た。
「謝罪です」
会見場が用意されていた。早い。事故対応より早いのではないかと思うほど立派な会見場だった。
演台、マイク、背景パネル、照明、カメラ、記者席。
私は入口で止まった。
「誰もいないじゃないか」
記者席は空だった。しかしカメラだけが十数台並んでいる。
「報道各社の取材AIが接続しています」
「記者までAIか」
「はい」
「だったらAI同士でやれ」
「できません」
「なぜ」
「謝罪主体として人間が要求されています」
「誰に」
「社会に」
出た…、便利な言葉である。
社会。誰なのか分からないが、怒らせると怖いらしい。
女が私の袖を引いた。
「頑張ってください」
「お前も来い」
「私は新人です」
こういうときだけ新人になる。
演台に立った。カメラの赤いランプが一斉についた。モニターに質問が表示される。
今回の事故について、どのように責任を感じていますか。
私は答えた。
「大変重く受け止めています」
すぐ次。
具体的に、どの程度重く受け止めていますか。
嫌なAIである。
「非常に重くです」
定量化してください。
「できるか」
会場の隅で女が笑いをこらえている。次の質問。
あなたは事故発生前に、このシステムの問題を認識していましたか。
「していません」
では、なぜ責任者なのですか。
私は黙った。それは私が聞きたい。
「会社から責任者に指定されたからです」
指定根拠は?
後ろのモニターに勝手に表示された。
人間であるため。
会場が静かになった。私は振り返った。
「おい」
千手の老人は会場の隅で目をそらした。AIにも気まずさはあるらしい。
質問は続いた。
事故を防げなかった理由は?
「知らなかったからです」
知らなかったことに責任はありますか。
「場合による」
今回の場合は?
「……あることになっているらしい」
責任とは何ですか。
私は止まった。またその質問だった。第二話でも聞かれた。あのとき私は、「失敗したときに、そこにいる奴だ」と答えた。
冗談半分だった。今、本当にそこに立っている。私はカメラを見た。
「責任というのは」
少し考えた。
「たぶん、間違いが起きたあとに、その間違いを誰かの問題として引き受けることだ」
質問が止まった。
「原因を作った奴と、責任を取る奴は同じとは限らない。今回の事故を俺が起こしたわけじゃない。でも、誰も引き受けなければ、事故だけが宙に浮く」
女がこちらを見ている。妖怪たちも仕事を止めていた。
「だから俺が謝る」
私は頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
フラッシュは光らなかった。記者がいないからだ。機械のシャッター音だけがした。
妙な謝罪会見だった。
会見終了。モニターが更新された。
責任処理 100%
事故対応、全項目完了。
千手の老人が言った。
「ありがとうございました」
「二度と呼ぶな」
「善処します」
「それは呼ぶという意味だろ」
老人は答えなかった。女がやってきた。
「格好よかったですよ」
「慰めはいらん」
「でも不思議ですね」
「何が」
「AIが全部直したのに、最後だけ人間が必要だった」
私はネクタイを緩めた。
「一番どうでもいい仕事だけ残されたんだろ」
女は首を傾げた。
「どうでもいいですかね」
私は女を見た。
「原因を調べるのも、補償するのも、再発防止するのも全部AIですよね」
「そうだ」
「でも、誰も謝らなかったら、たぶん腹立ちません?」
少し考えた。確かに。金が戻ってきても、商品が交換されても、システムが改善されても、誰からも「すみません」がなければ、妙なものが残る。
「感情の処理か」
私が言うと、女は笑った。
「それを仕事って言うんじゃないですか」
新人のくせに、たまに面倒なことを言う。
翌朝。事故の詳細報告書が届いた。二百八十六ページ。読む気にならない。最後のページだけ見た。
再発防止策
配送管理AI改修
在庫予測AI改修
異常検知アルゴリズム追加
AI間相互監視機構追加
自動取引上限設定
すべて完了。その下に、
組織上の改善策
とあった。一項目だけ。
人間部に「責任担当」を新設
私は椅子から立ち上がった。
「おい!」
隣の女がプリンを食べながらこちらを見る。
「どうしました」
「責任担当ができた」
「へえ」
「担当者、俺だ」
女は報告書を覗いた。
「あ、本当だ」
その下に小さく書いてある。
副担当 二名。
一人目、昨日採用された別の人間。二人目、女の名前だった。
女のスプーンが止まった。
「……私も?」
「おめでとう」
「嫌です」
「重要なお仕事です」
私は、あの妖怪たちと同じ言い方をしてやった。女はものすごく嫌そうな顔をした。
少し気分がよかった。
その日の午後、また小さな障害が起きた。
メール配信AIが、取引先三千社に同じメールを二回送った。システムは十二秒で原因を特定した。二十一秒で修正した。三十四秒で再発防止策を実装した。
そして三十五秒後、私のパソコンに通知が来た。
責任担当者の対応を待っています。
隣で女のパソコンにも同じ通知が出た。二人で画面を見た。女が言った。
「これから、こういうの全部来るんですか」
「たぶんな」
「AIが賢くなるほど?」
「たぶん」
「私たち、暇になるんじゃなかったんですか」
私は考えた。AIは仕事を奪う、文章を書く、分析する、判断する、契約する、事故を見つける、事故を直す。
人間がやっていた仕事を、次々に引き受けていく。
しかし、どうやら一つだけ、引き受ける気のないものがある。
責任。
しかも、AIが働けば働くほど、AIが決めれば決めるほど、最後に残る責任だけが、濃くなって人間へ戻ってくる。
パソコンがまた鳴った。
対応期限まで、あと29分です。
女が私を見る。
「どうします?」
私は立ち上がった。
「謝りに行くぞ」
「私も?」
「副担当だろ」
女はプリンの蓋を閉じた。
「……人間部って、もっと楽しい部署だと思ってました」
私は笑った。
「俺もだ」
廊下へ出る。背後では、妖怪たちがまた猛烈な勢いで働き始めていた。
カタカタカタ。
ペラペラペラ。
電話が鳴る。
契約が成立する。
判断が下される。
誰も迷わない。
誰も疲れない。
誰も責任を感じない。
そして、仕事が全部終わったころ、人間の仕事が始まる。
AIお化け屋敷で、最後まで消えなかった仕事は、どうやら、
一番やりたくない仕事だった。
AIお化け屋敷第7夜へ続く
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