ケープを巻いたジプシー、美容院探しの旅に出る。
2026年5月20日(水)
美容院へ行く時は、一枚の紙を用意する。
施術のどのタイミングでも美容師が確認できるよう、なりたい髪型の画像をいくつかをまとめ、そしてそれとよく似ているが、私の美意識からは少し外れる画像。
なぜこちらは良くて、あちらは違うのか。通い始めた当初は、美容師との間で濃密なやりとりが交わされる。「なるほど、ここがポイントですね」「髪質的に、このボリュームは出さないほうがいい」なんてすり合わせていくのだ。
こちらの美意識を、相手が仕事として丁寧に受け止める。こちらもまた、相手の技術と判断を信頼しようとする。そこには相手を思いやる温かな空気があり、まるでそれは新婚時代のような、お互いの存在を丁寧に扱おうとする真摯な姿勢と敬意がある。
あれほど健気に「おかえりなさい!」と駆け寄ってくれた可愛い妻が、二年を過ぎる頃には、ボサボサの髪のままボリボリと尻を掻き、涅槃仏(ねはんぶつ)のポーズでテレビを見つめたまま、こちらの「ただいま」に返事もせずに放屁までかましてくる。(なぜか夫目線)
本当に同じ人物か?
あれほど熱く見つめ合い……プリントした紙を、
好きを確認し合い……その髪型の、
濃密な言葉を交わし……髪質や悩みなど、
お互いがどこまで近づけるのか……1つのヘアスタイルに向かって、
丁寧で思いやりに満ちた優しさがあったのに、その幸福な緊張感は永遠には続かない。
通う回数が増すごとに、私が差し出すプリントをじっくりとは見なくなる。見ているようで見ていない。いつのまにか、美容師の中だけにあるイメージへと、勝手に繋がっていく。
すべて分かったような顔をして、要望を聞く時間を手短に切り上げる。
最後のセットにも、あの頃の思いやりはない。プロフェッショナルとしての緊張感を失ったその態度は、扱いがだんだん雑になっていく寂しいカウントダウンだ。
通っていた有名店では、指名した美容師が実際に現れるのはほんの一部の工程だった。最初と、途中のカットと、カラーやパーマの指示、そして仕上げの確認だけ。
大半の時間は、名前も知らないアシスタントたちに流れ作業のように引き渡され、私はベルトコンベアーに乗せられたパーツになった。
あんなに担当者とディスカッションしたのに、アシスタントにはその内容がたった一言か二言で伝えられる。
その上、右と左と、違うアシスタントが巻いていくロッド。絶対に左右差ができるってわかる。
施術が終わって店を出るときも、担当者の手が空くのを受付でじっと待たされることがあった。
あれ?シャンパンでも入れたっけ?
顔が見たいわけでも、話したいから指名したわけでもない。こちらの用は済んだのだから、一刻も早く野に放ってくれー!
今はそんな理由で、最初から最後まで一人で向き合ってくれる美容院を選んでいる。

日に一回は、野菜をしっかり摂るように心がけている。
髪のためにタンパク質も摂らなくてはね。
しかし、もっとも厄介なのが、その先に待っている馴れ合いだ。
回数を重ねるごとに、プライベートの深い領域までどんどん踏み込んでくる。仕事観、結婚観、人生論が、シャンプー台の湯気の向こうからぬるりと現れる。
「うーん、どうなんだろう。ははは。」と笑って答えるが、心の中では「うっせーわ!」と思う。
それどころか、自分自身の人生観や哲学のようなものを、鏡越しに一方的に押しつけてくる人もいた。
「いや、そうじゃないっすよ。本来はこうあるべきで」「それはだめ。僕は絶対こうしてますよ」……って、知らんがな。自己実現セミナーに参加しに来たわけではない。
私がどんな仕事をし、何を諦め、何を誤魔化しながら毎日をやり過ごしているのかを、ケープを巻かれた状態で裁かれたくはない。こちらは鏡の前で、首から下の自由を奪われ、濡れた髪を小動物のように垂らして、情けない姿でただ座って聞くしかないのだから。
ある日、何年も通ってよく知った美容師と仕事の話になり、年収を聞かれた。信用して話したら、「僕の周りは事業主ばかりなんで、みんな3,000万以上もらってますよ。そんな金額で満足していちゃだめですよ」だとさ。
「すごーい!みなさん頑張っているんですね!」と返したけれど、元専業主婦で50代から仕事をしているんだからさ。そんなもんで十分だと思ってるんだからさ。料金を踏み倒すわけでもないんだからさ。
放っておいてくれよ!
けれど、ハサミを握られている以上、私の髪は完全に「人質」だ。前髪1センチの解釈をめぐって、人は簡単に取り返しのつかない地点へ運ばれる。
今ここでコイツの機嫌を損ねるわけにはいかない。最後まで気持ちよく施術してもらうために、しばらくの辛抱だと、ぐっと言葉を飲み込んだ。
予約時間に遅れずやって来て、静かに椅子に座り、お願いした髪型に近づけてほしいと丁寧に説明している。それ以上、いったい何を差し出せというのか。
私はなりたいヘアスタイルを求めて、美意識をすり合わせに来ているのであって、誰かの人生論の観客になりに来ているわけではない。
技術に対する誠実な緊張感と、人としての心地よい他人行儀。その絶妙なバランスが崩れ、サロンがただの馴れ合いの空間へと変質したとき、私は流浪の旅に出る。
最近は、AIで生成したような画像を「私の作ったスタイル」として載せている美容院も見かける。全く関係のない美容院が、同じヘアスタイル画像を使い回していることもある。実態は別物。そういうものを見分けようとするうちに、美容院を探す私の目つきは、いつしかマルサ並みに険しくなっている。
本来、美容院はリラックスする場所であるはずだ。だが私にとってそこは、鏡越しに相手の呼吸を読み、ハサミの角度を盗み見て、雑談の深度を測りながら、己の髪の未来を守り抜く場所である。
なぜ私はお金を払ってまで、鏡の前でこんな緊迫した心理戦を繰り広げているのだろう。
いっそバリカンを買って、つるりと丸坊主にしてしまおうか。

暑い日だったのでアイスコーヒーも注文したが、
出てこなかったので水を飲んで帰った。
そうよなあ、無職が美容院にランチ+コーヒーなんて、
贅沢すぎだよなあ。
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