お金を失うことへの強い恐怖があったから、結果としてお金が残った
「お金のブロック」という言葉を、ときどき目にする。
お金持ちを悪いと思っている。
お金を受け取ることに罪悪感がある。
お金を使うのが怖い。
儲けることに抵抗がある。
こうした思い込みがあると、お金が入ってこない。
だからブロックを外しましょう。
そんな説明をされることが多い。
でも、これって本当にそんなに単純なのだろうか。
僕の身近な人を見ていて、以前から少し引っかかっていた。
お金に対してかなり強いこだわりがある。
とにかく使いたがらない。
損を嫌う。
お金が減ることをものすごく嫌がる。
一般的な「お金のブロック」という言葉を使えば、かなり当てはまりそうに見える。
ところが、その人はお金を持っている。
むしろ、かなり持っている。
ここで少し矛盾を感じた。
お金に対する心理的な抵抗があると、お金持ちになれないのではなかったのか。
でも考えてみれば、当然なのかもしれない。
「お金を失うのが怖い」という感覚は、使うことには強いブレーキをかける。
できるだけ使わない。
無駄遣いをしない。
損を避ける。
お金を手元に残そうとする。
それを何十年も続ければ、当然、お金は残りやすい。
つまり、
お金を失うことへの強い恐怖があったから、結果としてお金が残った。
そんなことも十分にあり得る。
これは「お金のブロックがあるとお金持ちになれない」という説明とは、かなり違う。
そもそも「お金のブロック」という言葉が、少し大ざっぱすぎるのだと思う。
お金に対する心理は一種類ではない。
稼ぐことへの抵抗もあれば、
使うことへの抵抗もある。
人から受け取ることへの抵抗もあれば、
失うことへの恐怖もある。
投資を怖がる人もいれば、
現金を持っていないと不安になる人もいる。
これらは全部、別のものだ。
例えば、
「利益を取るのは悪いことだ」
という思い込みが強ければ、商売で値上げができなかったり、十分な利益を取れなかったりするかもしれない。
一方で、
「お金は絶対に減らしてはいけない」
という思い込みが強ければ、収入がそれほど多くなくても、強烈な倹約によってかなりの資産を残すこともある。
同じ「お金への強い思い込み」でも、資産形成への影響は正反対になる。
だから、「ブロックがあるか、ないか」だけを見てもあまり意味がない。
もっと大事なのは、
その人にとって、お金が何を意味しているのか
なのだと思う。
安心なのか。
自由なのか。
成功の証明なのか。
人から奪われないための防御なのか。
将来への備えなのか。
あるいは、使って人生を楽しむための道具なのか。
同じ1億円を持っている人でも、その意味はまったく違う。
例えば、資産を十分に持っているのに質素に暮らしている人がいたとする。
それだけを見て、
「この人はお金を使えない」
「欠乏マインドだ」
「お金に縛られている」
と決めつけることはできない。
単純に、高級品に興味がないだけかもしれない。
普段は質素でも、家族との旅行や、自分が本当に価値を感じることには気前よく使う人もいる。
それなら、お金を使えないのではなく、
使いたいものが少ないだけ
だ。
逆に、本当はやりたいことがある。
行きたい場所もある。
家族と経験したいこともある。
必要なものもある。
それでも、
「お金が減るのが怖い」
という理由だけで、どうしても使えない。
資産が十分にあるにもかかわらず、お金が減ることへの不安で選択肢を潰してしまう。
こちらは少し意味が違う。
外から見れば、どちらも「質素な資産家」だ。
でも内側はまったく違う。
だから、お金との関係を見るときに大事なのは、
使わないのか、使えないのか。
この違いなのかもしれない。
僕自身も、お金が減るのは好きではない。
投資をしていてもそうだし、何かを買うときにも、つい「それに見合うリターンはあるか」と考える。
ただ、旅行には行くし、価値があると思えば使う。
結局、お金が減ることが嫌なのは、それほど不自然なことではないと思う。
むしろ人間は、得をする喜びより、損をする痛みを強く感じやすいと言われている。
大事なのは、その感覚があること自体ではない。
その感覚によって、
自分が本当に大切だと思うものまで諦めていないか
なのだと思う。
そして、もう一つ面白いことがある。
若い頃には役に立ったお金の習慣が、年齢とともに意味を変えることがある。
例えば、
「無駄遣いするな」
「金は残しておけ」
「損するな」
「将来のために貯めろ」
という感覚。
若い頃には、これはかなり強力だ。
収入が少ない時期に支出を抑え、資産を積み上げることにつながる。
その習慣を何十年も続ければ、結果として大きな資産になるかもしれない。
ところが、十分な資産ができても、その心理だけは昔のまま残ることがある。
もう生活に困る可能性はかなり低い。
それでも、
「減らしてはいけない」
という感覚だけが残る。
そうすると、かつて自分を守ってくれた習慣が、今度は自分の自由を狭める可能性がある。
これは少し皮肉だ。
自分を豊かにしてくれたお金のルールが、豊かになった後には自分を縛るルールになる。
だから、お金について考えるとき、
「どうすればもっと貯められるか」
「どうすればもっと増やせるか」
だけでは足りないのかもしれない。
人生の段階によっては、
「自分は何のためにこのお金を持っているのか」
「もう十分だとしたら、何に使いたいのか」
という問いも必要になる。
お金を持つことと、お金から自由であることは同じではない。
資産が少なくても、お金と比較的自由に付き合っている人もいる。
資産が多くても、お金を失う恐怖から離れられない人もいる。
だから、「お金のブロック」という言葉を使うなら、
それがあるか、ないかではなく、
その思い込みが、自分の人生を助けているのか。それとも、もう自分を縛り始めているのか。
そこを見るほうが大事なのだと思う。
お金を失うのが怖かった。
だから、お金が残った。
それ自体は、決して失敗ではない。
むしろ資産形成という意味では、成功だったのかもしれない。
ただ、その先では別の問いが出てくる。
その残ったお金を、これから何のために使うのか。
結局、お金を貯める話の最後には、また人生の使い方の話が出てくるのだと思う。
