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『ドールズ・ハイ』          第2章『境界の継承』第43話『眠りを渡る灯』

―あらすじ―


教導院では、
壁の奥で相次いで点灯した表示灯が
一部で噂になっていた。

アルトたちは普段通りの授業と訓練を続けるが、合同訓練の最中、
アルトは地下から届くものと似た
微弱な同期反応を感じ取る。

調査では複数の表示灯が、
古い同期用導路で結ばれている可能性が判明し、地下には複数の区画が存在すると推測される。

そんな中、
現場を訪れたガルドが、
古い設備を知るような反応を見せる。

夜、
アルトはノアと向き合い、
複数の遠い反応を感じる。

そして誰もいない地下で、
また一つの表示灯が短く点滅する。

第43話『眠りを渡る灯』

朝の教導院は、
いつもと変わらなかった。

廊下には生徒たちの声が響き、
食堂からは焼きたてのパンの匂いが流れている。

「昨日の壁のところ、
また何か光ったらしいよ」

「本当に? 
見た人いるの?」

「いや、
聞いただけ」

噂はその程度だった。

広がってはいるが、
誰もが本気で騒いでいるわけではない。

アルトはその声を聞きながら、
ミレイとリオと並んで歩いていた。

「表示灯が二つ…か」

「二つ目は一瞬だったらしいけどね」

ミレイが答える。

「でも、
レイス先生たちが調べてるなら、
何か分かるかも」

リオは少し不安そうに周囲を見た。

「……地下、
本当に大丈夫なのかな」

「だからこそ、
勝手に近づかないんだろ」

アルトはそう言った。

その声音に、
ミレイが横目を向ける。

「気になってる?」

「……少し」

短い答えだった。

けれどミレイには、
それで十分だった。



午後の訓練場では、
カイン班が先に実機訓練を行っていた。

大型のヴォルグが低く身を沈め、
一気に加速する。

その背後では、
白銀のエイルが同期を整えながら
防御支援に回っていた。

「右、
空く」

エルクの声と同時に、
シュバルツが前へ出る。

ヴォルグが作った隙間へ、
黒鉄の機体が踏み込む。

「今」

セシルの同期が三人を繋ぐ。

カインが進路を変えた。

三機はほとんど言葉を交わさず、
互いの動きを読み合っていた。

「相変わらず息ぴったりだな」

リオが感心する。

「三人とも役割が違うからね」

ミレイが答えた。

やがてアルトたちも加わり、
合同訓練へ移る。

ヴォルグが高速で側面へ回り、
エイルが防御線を維持する。

その中央をシュバルツが押し上げ、
アルトたちの進路を制限した。

だが、
その瞬間だった。

アルトの意識の奥で、
何かが触れた。

遠い。

地下。

それなのに、
確かに自分の同期と重なっている。

「……っ」

足が一瞬止まる。

ノアの黒い装甲に走る白い亀裂が、
ごく淡く明滅した。

「アルト?」

ミレイの声。

「大丈夫。
少し、
変な感じがしただけ」

ミレイはそれ以上聞かなかった。

ただ、
その目だけが静かにアルトを見ていた。



訓練後、
レイスとバルクは
壁の前に再び機器を並べていた。

「表示灯同士が直接繋がっているわけじゃない」

バルクが測定結果を睨む。

「古い同期用導路を経由して、
複数の区画へ
枝分かれしている可能性があります」

「現在の教導院には存在しない規格ですね」

レイスが旧構造図を重ねた。

図面上では、
そこに設備名称があるはずだった。

しかし、
空白だった。

「名称だけじゃない。
接続経路そのものが抜けている」

バルクが低く呟く。

「消された……というより」

一度言葉を切る。

「最初から残す必要がないように
処理されたみたいだ」

レイスは答えなかった。

さらに検査を進める。

壁を壊すことなく、
内部へ入ることもなく。

その結果、
空洞の先には
複数の小さな空間が
連なっているらしいことが判明した。

その直後。

機器が小さく鳴った。

「またです」

アルトが顔を上げる。

壁の奥から、
微弱な反応。

ミレイの《ルミナ・ティア》もわずかに震えた。

「一つじゃない」

アルトが呟く。

その場へ、
カイン、
セシル、
エルクが駆けつけた。

「ヴォルグ、
待機」

カインが指示する。

セシルはエイルを介して周囲の同期を安定させ、エルクはシュバルツとともに周囲を警戒した。

「反応、
奥からだ」

カインの《シュヴァル・ボルト》が、
一瞬だけ反応する。

「誤作動じゃないな」

エルクが短く言った。

「うん。
複数が繋がってる」

セシルが静かに続ける。

レイスは首を振った。

「ここから先は進みません。
安全が確認できるまでは、
非破壊調査を続けます」

「分かりました」

アルトも従った。

その時だった。

「……まだ動くのか」

低い声が響いた。

振り返ると、
ガルドが立っていた。

彼は古い導路を見つめていた。

ほんの一瞬だけ、
その表情が変わる。

「先生。
これを知ってるんですか?」

アルトが尋ねる。

ガルドはしばらく黙っていた。

「……昔のものだ」

「何の設備ですか?」

「それ以上は知らなくていい」

そう言って、
視線を逸らす。

「ただし――あれは一つだけで動くものじゃない」

それだけを残し、
ガルドは歩き去った。



夜。

アルトはノアの前に立っていた。

黒い装甲。
その表面に走る白い亀裂が、
暗闇の中でほんのわずかに揺らめいた。

「今日の反応も、
お前が関係してるのか?」

ノアは答えない。

アルトは目を閉じた。

その瞬間、
遠くから複数の気配が重なった。

一つではない。

遠い場所で、
いくつもの何かが眠っている。

その感覚が、
ほんの一瞬だけアルトの中を通り抜けた。

目を開ける。

静寂が戻っていた。

「……分からないな」

ノアも動かない。

ただ、
その白い亀裂だけが、
もう一度だけ淡く光った。



誰もいない地下。

古い導路の奥で、
暗闇に沈んでいた小さな表示灯が――

一度だけ、
短く点滅した。

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