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烏兎怱怱——ゆで卵は急かせない|エッセイしりとり「う」

朝、起きて、卵を茹で始める。
特別好きというわけではないが、
ゆで卵をつくるのが毎朝の日課である。

その間に、水筒へ茶を入れる。
トーストを焼く。
家族を起こす。
着替えさせて、送り出す。

ちらっと冷蔵庫を見てから会社へ向かう。
晩御飯どうするかとか、ごはんを炊くかなど考える。

夕方、帰ってからも、あわただしい。

夕食を作る。
キッチンにくる乱入者に対応する。
来ないなら来ないで心配になる。

食べるために、座る。
ここで一息。

子どもを寝かしつけて、
湯船につかり——ふと思う。

朝起きたら、ゆで卵をゆでないと…


バトンが回ってきた

そんな毎日の中、
ヤザワ屋さんから「#エッセイしりとり」のバトンをいただいた。

お子さんの成長の中の楽しさや苦労の記録。
園に子ども預けるときに泣かれるのはどこも一緒だなと、うんうんと頷きながら読ませていただいた。

エッセイしりとり自体は、マイキーさんの企画。
前の人の記事タイトルの、最後の一文字から始まるタイトルでエッセイを書いてつなげる。

いただいた文字は「う」。
しばらく唸って、辞書の奥から拾ってきたのが——

烏兎怱怱(うとそうそう)

烏は「太陽」に棲む3本脚のトリ 金烏(きんう)
兎は「月」に棲むウサギ 玉兎(ぎょくと)

転じて、月日を意味する。

怱は「あわただしさ」
重ねて、常に忙しい様子をあらわす。

太陽と月が、空をせわしなく走っていく——

難しい言葉を使っているが、
要するに「時間がない!!」である。

この言葉は、何百年も前からある。
つまり昔も今も、時間の速さには困っていたようだ。


子どもの時間は、もっと速い


とはいえ、である。

一日が「さっき」になるのは、まだいい。
よくはないのだが、まだいい。

困るのは、子どもの時間だ。

できなかったことが、できるようになる。
してくれていたことが、してくれなくなる。

ひらがなを、なぞるようになった。

先週まで毎朝握ってくれた手が、
ある日ふっと繋いでくれなくなってきた。

ふと写真を見て、昔の息子も可愛かったなと感慨深く思う。
日付をみると、たった一年まえである。

毎日見ていたはずなのに、
いつ変わったのかは分からない。

烏と兎が、うちの中だけ全力疾走している気がしてならない。


ゆで卵は、効率化できない


ところで、私は、時間の節約が好きだ。

同じことを二度考えたくないから、整理する。
何度もすることは、仕組み化する。
最近は、AIにも頼む。

それでも、育児の一日はあわただしい。
10分浮かせても、その10分は子どもに消える。

妙なもので、あんなに速く育っていく子どもが、
目の前ではやたらと遅い。

靴を履くのに、時間がかかる。
言葉が出てくるまでに、時間がかかる。

正直イライラすることもある。

ただ、あわただしさの中、
毎朝の鍋の前で気づいたことがある。

ゆで卵は、効率化できない。

わが家の固ゆで卵は、10分かかる。

火を強くしても、そんなに早くはならない。
急かしても、茹で上がらない。
かといって、放っておけば茹ですぎる。

美味しいゆで卵のためには、きっちり待つ必要がある。
これは、子どもも同じではないだろうか?

無理に教えても、速くはならない。
急かしても、上手にはならない。
かといって、目を離せば間違える。

ゆで卵と子どもを一緒にするのも微妙かもしれないが、
待つしかないものが、この世にはあるようである。


それでも朝は来る


烏兎怱怱——
烏と兎は、こちらの事情など気にせず、今日も走っていく。

止められない。

おいていかれないように必死に走る毎日である。
ただ、つられて全力疾走ではダメなときもある。

鍋の前で。

靴の前で。

今朝も、私はゆで卵を茹でる。

毎朝の日課は急かしても茹で上がらないものを、
待つ練習なのかもしれない。


おわりに

最後までご覧いただき、本当にありがとうございました。

ヤザワ屋さん、楽しいバトンをありがとうございました。

娘さんの10年の記事のあとに、
うちのバタバタな一日をつなげるのは少し勇気が要りましたが
どの家の烏と兎も、健脚なようです。

さて、私のバトンは次に回さずここで置くこととします。

楽しい企画を考えていただいたマイキーさんにも感謝いたします。


家事・育児の効率化(と、ときどき遊び)の記事を、
これからも投稿していく予定です。

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