#61 わたしがnoteの街に言葉をドロップする理由
「私のなかの愛おしい知識たちを、暮らしのなかにドロップしていく」
先日。テレビを眺めながら、ふと、自分の心の中にふわっと湧いてきた言葉です。
これまで私は、自分の心のうちを吐き出したい、整理したいと思ってこの場所に言葉を綴ってきました。けれど、それだけじゃなかったんだ。
「自分が一生懸命学んできた、大好きな栄養の知識を、外にアウトプットしたかったんだな」
そう、自分のコアにある想いに、カチッと気がついたのです。
それは、決して自分の知識をひけらかしたいわけでも、誰かに「すごいね」と読んでもらうためでもありません。ただ、自分のなかに眠らせておくにはもったいない、愛おしい知識たちを文字にして発信したい。
そしてその結果として、まるでおまけのように、どこかの誰かの心に小さく刺さってくれたら、それだけで十分。
だからこそ、私はお金をもらって講座を開くということに、どこか抵抗があったのかもしれません。「金額に見合う真新しい何かを提案しなきゃ」というプレッシャーは、私がしたいこととは少し違うのです。
[20代ののんびりライフから、一念発起するまで]
実は、20代の頃の私は、特別なチャレンジやスキルアップとは全く無縁の生活を送っていました。
実家暮らしをしながら委託会社で栄養士として働き、「定期的なお給料をもらって、適当な時期に結婚して、何年か子育てしたらまたパートでもしようかな」なんて、ごく普通の平穏な未来をのんびり思い描いていたのです。
だけど30歳直前のある日、私の人生のスイッチをパチン!と入れる、ものすごく悔しい経験をしました。
当時の私は、朝5時から現場に入って立ちっぱなしで働く日々。夕方、1日中働いてヘトヘトになった頭を必死に絞って、なんとか献立を立てていました。けれど、同年代の調理師さんからは「芋がかぶってる」「卵がかぶってる」とダメ出しされる毎日。
そしてある日の盛り付け作業中、厨房の真ん中で、忘れられない言葉をぶつけられたのです。
「ただの栄養士は管理栄養士ほどの知識も権利もないし、調理は俺たちより下手。調理補助のパートさんほど作業のスピードもない。厨房で一番使えないよ」
一緒に組んでいたパートさんが、横でオロオロしてしまうほどの空気。
限界の体で必死に働いていた私は、言い返すだけの自信も力もなくて、ただただ惨めで、悔し涙を堪えるしかありませんでした。
「悔しい!」
ただ一言でした。
でも、「このまま、使えない人間で終わりたくない」って、私のなかの何かに火がついたんです。
(今のわたしなら、「じゃあ、献立あなたが立ててください。」くらいいっちゃいそうだけど(笑))
そこからの私は仕事をしながら猛勉強を始め、国家資格である「管理栄養士」を掴み取りました。
合格が分かったとき、例の調理師さんには「管理栄養士となったので、管理栄養士として評価してくれるところに行きます」と言い残し、引き止めてくれる会社にも自分の筋をきちんと通して、誇りを持って次のステージへステップアップしました(今思えば、最高にスカッとするリベンジです!笑)。
この場所で、これからお届けしたいこと
完璧なエリートとして歩んできたわけではない私だからこそ、日々の生活のなかで「これならできるかも」「これなら心地いいな」と思える、等身大の知恵を大切にしています。
私が発信する知識は、もしかしたら雑誌やテレビで見かけるような、どこかで聞いたことのある話ばかりかもしれません。
けれど、こうして自分のフィルターを通して、自分の言葉で、日々の暮らしのなかにドロップしていく時間が、私はたまらなく愛おしいです。
このnoteでは、私のだいすきな引き出しの中から、
季節の移り変わりに合わせた、身体に優しい食養生のお話
自律神経や胃腸をまあるく労る、日々のちょっとしたコツ
特別支援学校に通う息子を通して出会った、それまで知らなかった愛おしい世界の話(それがきっかけで、大人の学び直しにも火がつきました!)
心地いい暮らしを作るための、ちょっとしたアイデアと私の好きなものの話
などを、私の言葉でゆるりとお届けしていきます。
毎日ガチガチにやる必要なんてありません。「美味しく帳尻を合わせられたら100点満点」のスタンスで、お付き合いいただけたら嬉しいです。
何より、ただ、書いている時間が楽しい。
その純粋な「楽しい」の温度が、このnoteの街の片隅で、誰かの毎日のほんの小さなヒントになりますように。
どうぞ、お茶でも飲みながら、のんびり、ゆるやかにお散歩しにきてくださいね。
(奇跡のようにわたしの世界を広げてくれる人につながりますように)
私のこれまでの詳しいプロフィールや、noteを始めたきっかけはこちらの記事(#30)にまとめています。お茶でも飲みながら、あわせて覗いてみてくださいね👇
