50代、不安と安心のあいだで揺れた先週の通院記
50代、病院に行くだけでちょっとした冒険になる話
今日は少し早起きしました。 資格勉強をして、ワンコのご飯を用意し、自分の朝食を済ませ、ワンコの散歩をして、そのあと軽くウォーキング。 ひと通りのルーティンを終えて、今こうして書いています。
ここからは、先週のある日の話になります。
50代になると、病院へ行くだけで少し覚悟がいります。 風邪症状くらいなら「まあ様子を見るか」で済むのに、定期通院となると、なぜか気持ちの構え方が変わってくるんですよね。
通勤と同じ時間に家を出て、向かう先が「会社」か「病院」かで、気持ちはまったく違うものです。
数年前、突然ある病気と診断されてから、定期通院が生活の一部になりました。 命に直結するものではないと言われてはいるものの、診察の日は今でも少し緊張します。
病気は、間違いなく人生の節目でした。 それ以来、「やりたいことは後回しにしない」という気持ちが、以前よりずっと強くなりました。
そして今回は、コロナ感染後はじめての定期通院。 特別な自覚症状はないものの、 「数値、悪くなっていないだろうか」 という不安が朝から静かに背中に張り付いてきました。
前回の通院で、2つの違和感を相談した話
実は前回の通院時、腰のあたりに妙な違和感がありました。 「単なる腰痛な気もするし、そうじゃない気もするし…正直よく分からないんです」と先生に伝えたところ、
「念のため次回CTも撮っておきましょう」
と言っていただきました。
さらにその時、もうひとつ別の違和感もあり、 「これも気になるんですけど…説明が難しくて」と恐る恐る伝えたところ、 先生は落ち着いて状況を整理しながら聞いてくれました。
その結果、血液検査の項目も増えることに。 この判断が、のちほど登場する “採血管がいつもの倍” につながります。
50代になると、“よく分からない違和感”が急に存在感を増してくるのは、私だけではないはずです。 説明が下手な私の話を丁寧に拾ってくれた先生には、本当に救われました。
早く着きすぎるのも、50代あるある
病院には早めに着きすぎて、ひたすら待つ時間。 この“謎の待ち時間”にはもう慣れましたが、落ち着かないのは今でも変わりません。
その日は血液検査に加えてCT検査もあるため、朝食は抜き。 空腹だと不安が増幅されるのは、なぜなんでしょうね。 (お腹が鳴らないように祈る時間でもあります)
血液検査では、並んだ採血管を見てびっくり。 いつもは片手で数えられる本数なのに、今日は両手が必要な量。 「あ、前回の“2つの違和感”のせいか…」と納得しつつも、
「え、僕、そんなに疑われるような生活してましたっけ…」 と、心の中で苦笑いしてしまいました。
CT検査、仕事より疲れる問題
CT検査はかなり待たされました。 このあたりから正直、
「仕事してた方が楽だったな…」
という考えが何度も頭をよぎります。
会社では一日座っていても平気なのに、 病院では“ただ待つだけ”で体力が削られていく。 これも、病気と付き合う生活の一部なんでしょうね。
気になる結果がひとつ。安心しきれない理由
まず、 一部の血液検査は当日中に結果が間に合わず、 次回の通院時に説明してもらうことになりました。 (こういう“持ち越し”があると、また少しドキドキします)
そして診察では、腰付近の痛みが内臓系ではないと分かり、これはひとまず安心。 ただその一方で、
入院時から気にしていた項目が、今回だけ悪化していました。
全体の数値は大きく崩れていないものの、 この“ひとつの悪化”がどうしても心に引っかかります。
さらに今回は、 「コロナ感染時や感染後の体調不良で、食べるものが偏った時期があったからかもしれない…」 という思い当たる節もありました。
「次回の検査次第で、どうするか決めましょう」
とのこと。
ということで、先週からまた少し摂生を意識するようにしています。
名付けるなら、
『50代の身体を使った、終わりのない実験』
被験者が自分というのが、いちばん難しいところです。
会計で現実に引き戻される
CT検査もあったので、会計はいつもの倍以上。 採血管が両手分だった時点で予感はしていましたが、 まさか会計まで“倍コース”とは。
数値は落ち着いているのに、金額だけがやたらと元気でした。
私の財布だけ、結果が悪化していました。
薬をもらうのにも時間がかかり、終わったのはお昼過ぎ。 正直、かなり疲れました。 もうその日は「仕事した」ということにしてもいい気がします。
病院の入口を出たところで、少しだけ救われた瞬間
病院の入口を出たその瞬間、 ちょうどドクターヘリが離陸する場面に遭遇しました。 風を切って飛び立つ姿が、ドラマのワンシーンのようで、思わず見入ってしまいました。
その瞬間、ふと心の中に浮かんだのは、
「生きているだけでありがたい」
という言葉。
以前の投稿でも書きましたが、 こういう瞬間に、あらためて実感します。
医療関係者の方への感謝
今回あらためて感じたのは、 医師や看護師さん、検査技師さんたちの存在がどれだけ心強いか ということです。
不安を抱えている患者に対して、 淡々と、でも丁寧に対応してくださる姿勢には頭が下がります。 説明が下手な私の話を根気よく聞き取り、 必要な検査を判断してくれる。 そのおかげで、安心して日常に戻ることができます。
本当にありがたい存在です。
先週の通院を経て、あらためて思うこと
病気と向き合う生活には、制限も不安もあります。 それでも、
・食べられること
・歩けること
・そして、愛犬がそばにいてくれること
それだけで十分ありがたいと思えるようになりました。
次の検査まで、どこまでちゃんとできるかは分かりません。 でも、少しずつ日常を整えながら過ごしています。
もし同じように、病気をきっかけに暮らしや考え方が変わった50代の方がいたら、 無理せず続けていきましょう。
50代、まだまだこれからです。
……と、自分に言い聞かせています(笑)
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