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母との関係は、わたしの原点①

ずっと書きたかった。
でも、書けなかった。
母とのこと。

子どもの頃から感じてきた生きづらさ。
結婚してから6年半の二世帯住宅での暮らし。
その中で、自分が少しずつ自分ではなくなっていった感覚。

いつか書きたいと思いながら、
書けなかった。

文章にしたら、
またあの頃に戻ってしまうかもしれない。

母のことを否定するみたいで、
それは、わたし自身をも否定するような気がして
怖かったのだと思う。

そしてもう一つ、ずっと心のどこかにあったものがある。

両親の願いでもあった二世帯住宅を建てたのに、結局うまくいかなかったこと。
そして、そこを出て、
70歳だった母を一人にしたこと。

「わたしたち家族が穏やかに暮らすためには、
こうするしかなかったんだ」

そう思いながらも、
どこかに罪悪感のようなものがずっと残っていた。



17年前、母と暮らした二世帯住宅を出て、
物理的な距離ができた。

少しずつ母との関係も変わっていった。

少なくとも月に一度は母に会うので、
嫌な思いをすることもある。

それでも、どんなに心がざわついても、
帰る家がある。

それは、わたしにとって大きな救いだった。

母との時間が終われば、
わたしは自分の家に帰ることができる。

夫と娘たちがいる、
わたしの暮らしに戻ることができる。

その距離があったからこそ、
母との関係を少しずつ変えていくことができたのだと思う。

でも、毎年やってくるお盆は、
とても気が重い。

姉と前半、後半に分かれて、
何日間か泊まり込みで母と過ごす。

普段なら保てている距離が、
一気になくなる。



今年は、後半の4日間がわたしの担当だった。

次女も一緒だったし、最初はそれなりに
穏やかに過ごしていた。

でも、2日目の後半くらいから、
少しずつ苦しくなっていった。

イライラする。

モヤモヤする。

なんだか落ち着かない。

母と話していると、
どんどん話が逸れていく。

わたしが話していたはずなのに、
いつの間にか別の話になっている。

母は、過去の出来事や、
まだ起きてもいない未来の心配や不安を、
目を瞑って延々と語る。

わたしが大切なものをしまっている心の引き出しを、いきなりガーッと開けられるような感覚。

開けた引き出しは、そのまま。

あっちの引き出し。
こっちの引き出し。

次々に開けられていく。

片付ける暇もないまま、
また別の引き出しが開けられる。

「あれ?
わたし、何を話したかったんだっけ?」

そんな感覚になる。


わたしには、
自分の家があって、
自分の家族がいて、
自分の仕事があって、
自分の好きなことがある。

わたしは、
わたしの人生を生きている。

だから、普段のわたしは、
もう大丈夫だと思っていたのかもしれない。

でも、何日も続けて母と一緒にいると、
どうしても昔の感覚が蘇ってくる。

母の声。
母の話。
母の感情。

その中にいると、
自分の気持ちより、母の気持ち。
自分がどうしたいかより、母がどう思うか。

気づけば、またそちらに意識が向いている。

「ああ、また来た。
わたし、この感覚知っている」

そう思った。



苦しい。

昔に引き戻される。

それは確かだったけれど、
そんな自分を、遠くから見ている自分もいた。

「ああ、わたしは今、引き戻されているんだ」

そう気づくことができた。

以前のわたしは、
ただ苦しさの中にいた。

何が起きているのか分からなかった。

自分が悪いのかもしれないと思った。

もっと我慢すればいいのかもしれない。

もっと優しくすればいいのかもしれない。

もっと母を理解すればいいのかもしれない。

そうやって、いつも自分を変えようとしていた。

でも今は、

少し離れたところから、

「今、母とわたしの間で何が起きているんだろう」

と見られる瞬間がある。

そのことに、自分でも少し驚いた。



わたしが、
心理学やカウンセリングを学び始めたのは、
母を理解したかったからだ。

ただ、知りたかった。

母と一緒にいると、
どうして、わたしはこんなに疲れるんだろう。

どうして、自分が自分じゃなくなるような感覚になるんだろう。

どうして、母の言葉にこんなにも振り回されるんだろう。

何が起きているのか知りたかった。

学び始めて数年が経ち、わたしは
「境界性パーソナリティ障害」を知った。

感情を調整することの難しさ。
自己イメージや対人関係の不安定さ。
見捨てられることへの強い不安。
感情の大きな揺れが、強い怒りとして表れること。

母のこれまでの言動を思い返すと、

「あぁ……だからだったのか」

と思うことが、いくつもあった。

もちろん、母が医療機関で診断を受けたわけではないので、母のすべてを境界性パーソナリティ障害で説明することはできない。

それでも、長い間「どうして?」としか思えなかったことに、初めて別の角度から光が当たった。

それは、
わたしにとって、とても大きなことだった。



でも、母にどんな心の苦しさがあるのかを理解しようとしても、
母の言葉で傷つき、振り回され、
疲れ果てるわたしが消えるわけではなかった。

「仕方ない」と思える日もある。

「もう無理」と思う日もある。

母を理解したい気持ちと、
もう分かりたくない気持ち。

その間を、何度も行ったり来たりしてきた。



母と2日以上を一緒に過ごすのは難しい。

だから、お盆はとても気が重い。

でも、毎年少しずつ、
わたしの苦しみとの向き合い方は
変わってきていると思う。

母の感情に振り回されたり、
巻き込まれそうになるわたしを、
少し離れたところから見ている自分がいる。

そして今、

ずっと怖くて書けなかった母とのことを、

今なら、書いてもいいのかもしれない。

そう思った。

まだ、全部は書けない。

でも、少しずつ、
わたしの中に長い間しまってきたものを、
一つずつ、自分の言葉でなら書ける気がする。

今のわたしは、
あの頃とは違う場所にいるから。

母との関係は、わたしの原点。

ここから、少しずつ書いていこうと思う。

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