いつも暮らしの途中にやってくる
娘の夏休みの宿題で、「災害避難計画」を一緒に調べていた。
避難場所はどこか。どの道を通るのか。家に備えておくものは何か。避難するときに持ち出すものは足りているだろうか。
そんなことを一つひとつ確認しながら、足りないものは買い足そう、と話していた。
そのときだった。
突然、スマートフォンから緊急地震速報のアラームが鳴り響いた。
頭では「机の下」と分かっているのに、私は慌ててしまい、勢いよく机に頭をぶつけた。
一方で娘は、驚きながらも愛犬を抱き寄せ、机の下でじっと身を低くしていた。
落ち着いて周りを見ると、揺れはもう終わっていた。
テレビをつけると、熊本で地震があったことを知った。
時間がたつにつれ伝えられる被害は大きい。
この暑さの中、水がない。電気がない。エアコンも扇風機も使えない。
画面越しに見える現実は、とても厳しかった。
私が暮らす地域も、南海トラフ地震への備えが必要な地域だ。
水や食料、簡易トイレ、寒さ対策のアルミシートや毛布は準備している。
けれど、暑さへの備えとなると、何を用意すればいいのか、思いつかない。
調べてみても、「これさえあれば安心」という答えは見つからない。
携帯扇風機も、冷感タオルも、保冷剤も、停電が長引けば限界がある。
結局、暑さは耐えるしかないのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
でも、今日ひとつだけ分かったことがある。
備えは、物だけではないということだ。
娘は、机の下に入ることも、愛犬を守ることも、落ち着いて行動することもできた。
それは、宿題で避難について考えていた、その時間があったからかもしれない。
知ることも、話し合うことも、立派な備えなのだと思う。
災害は、特別な日にやってくるわけではない。
宿題をしている日にも、ご飯を作っている日にも、何気ない暮らしの途中にやってくる。
だからこそ、備えもまた、特別なことではなく、今日の暮らしの延長線上にあればいい。
さて、わが家の備蓄箱には、暑さ対策として何を加えよう。
その答えはまだ見つかっていない。
でも、「分からない」と立ち止まるのではなく、「考え続けること」を、今日の備えにしたいと思っている。
そして、どうかこれ以上被害が広がることなく、被災された方々が少しでも早く安心して過ごせる日が訪れることを、心から願っています。
子どもの部活の暑さ対策で買ったこういう濡らすだけでひんやりというのが、いいのかな。
犬用には、ひんやりマットを買っていたので、まだ使えるか確認しました。冷房がきかないと、毛皮を着たわんこには暑さがきつすぎる。
