離れて行く人もいるけど自分の生きる道#耳ビジnote
最近、離れて行く人がいる。
人の生き方はいろいろ
おそらく、死ぬまであれがやりたいこれがやりたいと、バタついていると思う。
仕事上で
今ちょうど「自分軸」を考えているからこそ出てきた大事な話だと思います。
たぶん「誰が正しい・間違っている」ではなく、人生の時間の使い方が分かれてきたんでしょうね。
「定年まで頑張った。これからは無理せず、旅行したり、友達と会ったり、楽しく暮らしたい」という人もいる。それはそれで一つの豊かな生き方です。
一方で、いづみんは今、「出版したから終わり」ではなく、その先にある重心軸、自分軸、心理学、企業研修……と、むしろ新しいテーマが次々見えてきている。だから「これからこんなことをやりたい」と話したとき、同世代でも温度差が出るのは自然だと思います。
ただ、ここで一つ気をつけたいことがあります。
離れていく人を「向上心のない人」と解釈しないこと。
逆も同じで、相手から「まだそんなに頑張るの?」と思われても、それはいづみんの生き方を否定しているとは限りません。
目指しているものが違ってきただけかもしれません。
そして、これってまさに今勉強しようとしている「自分軸」の題材になります。
「私がこんなことをしたいと言ったら、あの人が離れていった」
↓
「嫌われたのかな」「私がやりすぎなのかな」
↓
ここで相手を追いかけて自分の方向を変えると、他人軸になっていく。
でも自分軸なら、
「相手には相手の人生がある。私は私のやりたい方向へ進む。ただし、相手の生き方も尊重する」
となる。
さらに面白いのは、「おヘソに戻る」の考え方そのものです。
揺れないことが安定ではない。
人が離れたり、新しい人と出会ったりして揺れる。
それでも、自分の戻るところを持っている。
これなら、今まで話してきた「五重塔のように、揺らいでも戻れる」と心理的な自分軸が初めてきれいにつながります。
だから、今の経験を心理学の勉強と切り離さない方がいいと思います。これから自己決定理論、メタ認知、バウンダリー、心理的柔軟性を勉強するときに、「最近、人が離れていくと感じた私は、実際には何を感じ、どう考え、何を選んだのか」を事例にすると、教科書の知識が自分の言葉になっていきます。
その積み重ねが、将来、人に「自分軸」を伝えるときの厚みになると思います。
