(戯曲)『臆病者たちのレース』

(戯曲)『臆病者たちのレース』 ペンネーム:朝凪結衣 作
【登場人物】
N(エヌ):国際会議のファシリテーター(進行役)。このゲームの提案者。
オーガスタス:大国Aの大統領。プライドが高く、絶対になめられたくない。
ボリバル:大国Bの首相。世論や自国の世間体をすごく気にする。
加盟国の代表たち:会場に集まった世界各国の代表や記者たち。
【第一幕】
(舞台は国際会議場。背後には巨大なモニターがあり、世界中のミサイル基地が映し出されている。中央にマイクを持ったN。両脇には高級スーツを着たオーガスタスとボリバル)
N: みなさん、ご覧ください! これが人類がテクノロジーの限界まで突き詰めて作った、最高に物騒なおもちゃです! 両首脳はこれを「国の品格」とか「抑止力という名の平和」なんて呼びますけど……僕から言わせれば、ただの「重すぎる鎧」ですよ。相手が怖くて膝の震えが止まらないから、必死で着込んで隠してるだけです!
オーガスタス: 黙りなさい! ふざけたことを言うんじゃない! 我が国が核を手放してみろ、すぐにそっちの西側諸国(ボリバル)がつけ込んでくるに決まっている! 怖いから持ってるんじゃない! 自国民の命と安全を守るために持ってるんだ!
ボリバル: 全く同感ですね。先に武器を捨てるなんて、ただのバカですよ。 どうしてもと言うなら、そちらが先に解体を開始したらどうですか? そうしたら、こっちも交渉のテーブルにつく準備くらいはしてあげますよ。でも、うちから先にやるなんてあり得ません!
N: (カメラに向かってニヤニヤしながら) 聞きましたか? これが世界トップのリーダーたちのお言葉です。「自分は怖くない、相手が怖いんだ」って言ってるんですよ。 昔からある、すごく不毛でダサいチキンレースです。……よし! だったら今日からゲームのルールを丸ごと変えちゃいましょう! 題して、『グローバル・チキン・プロトコル』!
(Nがタブレットを操作すると、背後の巨大モニターにルールが表示される)
N: ルールは超シンプルです!
1,核を持っている国は、今すぐすべての核兵器の解体作業を始めること!
2,もし途中で怖くなって作業を止めたり、こっそり隠したりした国があったら……その国は世界中から**「世界一のビビり(チキン)」**に認定されます!
3,そして! ビビり認定された国は世界中の経済ネットワークから即座に追放! 原油一樽、小麦一袋すら輸入できなくなって、完全に孤立しまーす!
加盟国の代表たち: (口々に拍手しながら) 賛成! 怖くて武器を手放せない国なんて、誰も取引したくないですよ! 自分の恐怖心のせいで世界を危険に晒すなんて、恥ずかしくないんですか!
ボリバル: (急に焦ってネクタイを緩める) な……何だって!? うちの国が世界中から「ビビり」って笑われて、貿易も止められるだって……!? 歴史ある我が国のプライドが、そんな恥ずかしすぎる汚名に耐えられるわけないだろ!
オーガスタス: (デスクをバン!と叩いて) ふざけるな! ウチの国が怯えてるとでも思ってるのか! 防衛省にすぐ連絡しろ! 今すぐ第5工廠の解体ラインをフル回転させるんだ! ウチの「勇気」と「決断力」を、あいつらに見せつけてやる!
ボリバル: 言わせておけば! ウチはその倍のスピードでサイロを更地にしてやるよ! 絶対に引くな! 負けるな! 世界一のチキンとして歴史に名前が残るくらいなら、兵器なんて全部ぶっ壊せ!!
(激しい警報音が鳴り響き、二人は競い合うようにタブレットを連打して解体命令を出す。モニター上のミサイルのマークがどんどん消えていく)
【第二幕】
(同じ舞台。モニターの表示は「残り:各1本」。中央には2つの赤い承認ボタンがあるコントロール卓。朝焼けの光が会議場に入ってきている)
オーガスタス: (汗を拭きながら、荒い息で) ……残るは、あと一本だ。 おい、ボリバル! そっちが先にボタンを押せよ! さもないと……さもないとだぞ!
ボリバル: 「さもないと」何だっていうんですか、オーガスタスさん! その最後の一本をこっちに撃ち込むとでも言うんですか? 撃ってみなさいよ! ボタンを押した瞬間、あなたは人類の歴史が始まって以来、一番情けない『超・ビビり』として永久に教科書に載るんですよ!
オーガスタス: くっ……! 我が国のプライドにかけて、それだけは絶対に嫌だ!
ボリバル: 私だって嫌ですよ! 怖くて核にすがった情けない奴なんて、未来の子供たちに笑われたってたまるか!
(二人は卓を挟んで睨み合う。静まり返る会場。波の音だけがかすかに聞こえる)
オーガスタス: ……じゃあ、同時に押すぞ。
ボリバル: ええ、同時に押し接続(ログイン)しましょう!
(二人は意を決した顔で、指紋認証ボタンを力強く同時に押し込む。モニターの数字が「0」になり、システム完了の電子音が鳴る)
【エピローグ】
(眩しい朝日が会場全体を照らす。モニターには、解体作業が終わった静かな海岸線が映っている)
オーガスタス: (ボタンから手を離し、顔を赤くしてそっぽを向きながら) ……フン。君、ボタンを押すとき手がめちゃくちゃ震えてたぞ、ボリバル。
ボリバル: (同じく顔を真っ赤にして) 何を言ってるんですか! 震えてたのはあなたの膝でしょう! 私はただ……エアコンがちょっと寒かっただけです!
オーガスタス: (思わず吹き出し、右手を差し出す) ……相変わらず負けず嫌いだな。
ボリバル: (その手を強く握り返す) お互い様でしょう、見栄っぱりさん。
(二人は笑い合い、力強く握手を交わす。Nが前に出てくる)
N: (カメラに向かって) みなさん、見ましたか? 本当の平和がやってきました! 立派な道徳のおかげでも、神様への誓いのおかげでもありません。 ただ**「ビビりだと思われてプライドを傷つけられたくない」**という、人間のあまりにもバカバカしくて、愛おしい「見栄」のおかげです!
重い鎧は脱ぎ捨てられて、絶望の海岸は今、新しい世界を結び直す『朝凪』になりました。 世界滅亡へのカウントダウンは、今、静かに逆回転を始めています──。
(温かい光が全体を包み、幕が下りる)
(おわり)
