「家事は半分ずつ」が正解じゃなかった|夫婦でたどり着いた、わが家の家事分担
「料理は、俺がやるよ」
下の子を出産して、里帰りから自宅に戻ってきた日。夫のほうから、そう言われました。
「本当にいいの? ありがとう!」
それが私の返事です。あとから聞くと、私と子どもたちが実家にいる間に、自分にできることは何かを考えていたそうです。頼んだわけでも、話し合った結果でもありませんでした。
不安はありませんでした。
もともと週末の料理は夫の担当だったからです。
そこから育休中も、復職してからも、今日まで同じかたちが続いています。わが家の夕食を、基本的に私は作っていません。
書き出してみたら、私の担当ばかりだった
一方の私の担当を書き出すと、こうなります。
掃除、洗濯、保育園の準備、買い物、ゴミ出し、
家の中の在庫管理、物の補充。
夫の担当は料理。
献立を考えて、作って、片づけるところまでです。
こうして並べると、明らかに私のほうが多い。
「これって、不公平なんじゃないか」と思ったことは、正直あります。
数だけを見れば、うちは半分ずつからは程遠い。
それでも私は、今の分担に不満を感じていません。その理由に、書きながら気づいたことがあります。
わが家の19時から21時
平日の夫の動きは、だいたい決まっています。
19時ごろに帰宅すると、休む間もなく台所に立ちます。
19時から20時は、まだ子どもたちが起きている時間です。夫は「パパ、見て!」と寄ってくる子どもたちにも応えながら、料理の段取りを進めていきます。
寝る前のこの1時間は、私にとって子どもたちと向き合える貴重な時間です。遊んだり、その日の話を聞いたりして過ごします。
夫が料理を担っているからこそ、私はこの時間を子どもたちに使えています。
20時になると、私が子どもたちを連れて寝室へ行き、寝かしつけが始まります。
その間に、夫が料理を仕上げます。
翌日のお弁当まで、この時間に準備しています。
寝かしつけを終えて寝室から出てくると、今日も一日が終わった、とほっとします。食卓に夕食ができていて、20時半頃から二人で食べます。
それでも私が、不満を感じない理由
数の偏りを自覚したうえで、なぜ不満にならないのか。自分なりに考えると、3つありました。
①夫が自分で決めて、続けていること。
「やってほしい」とお願いして始まった分担ではありませんでした。自分で考えて、自分で言い出して、それを今日まで続けています。
もし言っただけで続かなかったら、きっと受け止め方は違っていたと思います。私が「今日は作るのかな」と気にかけなくてもいい。その安心感は、思っていた以上に大きいものでした。
②夕食づくりを「手伝い」ではなく、丸ごと任せていること。
夫の担当は、調理だけではありません。
献立を考えるところから、作って、片づけるところまでです。
これは、思っていたより大きな違いでした。
一部だけを手伝ってもらう形だと、指示を出す人が必要になります。指示を出すのも立派な家事です。その役割ごと渡せているから、私の頭から「今日の夕飯」が丸ごと消えています。
ちなみに夫は、作ってみたいものがあると徹底的に調べて作るタイプです。この前はキッシュのために、自分でタルト型を買いに行っていました。同じメニューが続くのも嫌がるので、献立は毎回バラエティに富んでいます。
③私に残ったのが、私にとって嫌いじゃない家事だったこと。
書きながら気づいたことがあります。
私が一番嫌いなのは、
自分のペースを乱されることでした。
料理は子どもたちが起きている時間帯にする必要があります。
もし私が担当していたら、毎日子どもに構われながら料理をすることになります。自分のペースを乱されながらする料理は、私にとってはかなりのストレスです。
反対に、私が他の家事をするのは、たいてい寝かしつけを終えたあとの夜です。ドラマやYouTubeを流しながら、家の中をキレイにして、明日の用意を整える。
自分のペースで進められるから、そんなに嫌いではありません。私はもともと、家事がそこまで嫌いなタイプではないようです。
苦手なほうを引き受けてもらって、平気なほうが自分に残った。ただそれだけのことだと思っています。
わが家は、まだ話し合っていない
ここまで書いておいて何ですが、わが家はこの分担について、夫婦で話し合ったことが一度もありません。
夫が言い出して、そのまま続いて、今のところ円満に回っている。だから、変えようと思っていません。
これは「話し合わなくてもうまくいく」という話ではないと思います。たまたま、夫の得意なことと、私が平気なことが、うまくかみ合っただけです。かみ合わなければ、話し合う必要があったはずです。
家事分担で悩んでる人へ
家事分担の記事を読むと、半分ずつにする方法や、公平に割り振る方法がたくさん出てきます。私も一時期、その基準で自分の家を見ていました。
でも、うちに当てはめて公平かどうかを測ろうとしても、測れませんでした。
もし今、担当を書き出して数を数えて、なんだかモヤモヤしている人がいたら。
数える手をいったん止めて、別のことも考えてみてもいいのかもしれません。
・この家事を、私はどれくらい負担に感じているだろう。
・反対に、相手が担っている家事は、どれくらい大変だろう。
・今の分担を、お互い無理なく続けられているだろうか。
わが家の家事分担は、半分ずつではありません。
少なくとも私は、今の形を不公平だとは感じていません。
家事分担の正解は、50:50という数字ではなく、それぞれの家庭が無理なく続けられるところにあるのかもしれません。
夫が今の分担をどう感じているのかは、そういえばきちんと聞いたことがありません。この記事を書いたことをきっかけに、一度聞いてみようと思います。
わが家の今の形が、どこかの家の正解になるとは思っていません。
ただ、「半分ずつ」以外にも、こんな分担がある。
わが家の例が、自分たちに合う形を考えるきっかけになればうれしいです。

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・平日はこんな1日を過ごしています。朝から夜まで、時短勤務のリアルなスケジュールです。
・料理以外の場面でも、夫婦二人でどう乗り切ってきたかを書いた記事です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
真紀|薬剤師ライター
現役薬剤師/2児の母(3歳・2歳)/時短ワーママ
医療・育児・働き方・お金について、自身の経験をもとに書いています。
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