救急車の音がこわかった🚑🚨やっと不安と恐怖から抜け出せた『ゆらゆら』聴いてみて🎶
今は、もう救急車の音がこわくない。
以前は、サイレンが聞こえるだけで、
胸が苦しくなっていた。
「誰かに何かあったのかな」
まだ何もわからないのに、
悪い想像が止まらなかった。
少しずつ、わかったのは…
私が怖かったのは、救急車ではなく、
「何が起きているか、わからないこと」
だから、怖さを無理になくすのではなく、
「今、私は、ここにいる」
と、何度も現実に戻るようにした。
その積み重ねで、
私は不安と恐怖から抜け出すことができた。
今回は、救急車の音を
怖がっていた頃のこと。
その不安と恐怖から抜け出していった
過程の話をします。
🕊️
「ピーポー、ピーポー」
その音を聞いた瞬間、
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
指先が冷たくなり、
手にしていたものを置いて、
息をひそめる。
遠くにいたはずのサイレンが、
あっという間に
窓の向こうまで近づいてくる。
心臓が速く鳴る。
救急車は、どこへ向かっているのだろう?
誰のもとへ急いでいるのだろう?
事故だろうか?
誰かが倒れたのだろうか?
自分や家族に、何か起きるのではないか?
考えが止まらないまま、
サイレンは家の前を通り過ぎていく。
音が遠ざかっても、心臓だけは、
その場に取り残されたように鳴り続けていた。
本当に救急車の音が、こわかった……
救急車そのものが怖かったわけじゃない
考えてみると、不思議だった。
救急車に乗ったことがあるわけでも、
救急隊員さんが怖いわけでもない。
救急車は、誰かを助けるために
走っている車だと思っている。
それなのに、サイレンを聞くと怖くなる。
たぶん私は、救急車そのものではなく、
その音が知らせる「何か」を
怖がっていたのだ。
どこかで突然、大変なことが起きている。
でも、何が起きたのかはわからない。
この「わからない」が、怖かったのだと思う。
音は、勝手に心の中へ入ってくる
テレビなら消せるし、
見たくないものからは目をそらせる。
でも、音は、突然やってくる。
窓を閉めていても聞こえ、
こちらの都合に関係なく
生活の中へ入り込んでくる。
本を読んでいても、
ごはんを食べていても、
ぼんやりしていても、
サイレンが聞こえた瞬間に
意識を持っていかれる。
「あ、救急車だ」
そう思うと、頭の中で考えが膨らんでいく。
誰か大丈夫かな。
近くかな。
何があったんだろう。
無事だといいな。
想像しているうちに、
自分まで不安になっていった。
不安を大きくしていたもの
すぐに平気になれたわけではない。
サイレンを聞くたびに、
心臓が跳ねるような感覚があった。
まだ、起きていないことまで想像し、
自分や家族に何かあるのではないかと
不安になった。
けれど、あるとき、気づいた。
私は、起きている出来事そのものよりも、
「何が起きているかわからないこと」を
怖がっているのかもしれない。
外から見れば、救急車が走っているだけだ。
自分でも「そんなに怖がらなくても」と
思っていた。
だから、「もっと平気にならなきゃ」って。
「気にしないようにしなきゃ」と
自分に言い聞かせていた。
でも、怖さを無理に消そうとするほど、
かえって音が気になった。
そこで、怖くなったときは、
まず、深く息をすることにした。
「今、私は、ここにいる」
「今、目の前で何かが起きているわけではない」
「救急車は、誰かを助けるために走っている」
そうやって、
膨らんだ想像を現実に戻していった。
怖さを消すのではなく、
怖さに飲み込まれないようにする。
その繰り返しの中で、
少しずつ変わっていった。
救急車の音の向こうには、誰かの日常がある
救急車のサイレンの向こうには、
誰かの人生がある。
さっきまで、普通に過ごしていた人が、
突然具合を悪くしたのかもしれない。
家族が心配して救急車を
呼んだのかもしれない。
救急隊の人たちは、
その人を助けるために、急いでいる。
そう考えると、サイレンは
「怖い音」であると同時に、
「誰かを助けに行く音」でもある。
怖さが、完全になくなるわけではない。
それでも、「怖い音だ」と思うだけでなく、
「誰かを助けるために鳴っている音なんだ」と考えられるようになった。
今は、もう、こわくない
今でも、救急車の音が
よく聞こえる。
けれど、以前のように
心が取り乱すことはない。
サイレンが近づいてきても、
「ああ、誰かを助けに行くんだな」
と思える。
音が遠ざかれば、私の心も日常へ戻ってくる。
完全に何も感じないわけではない。
誰かの無事を願う気持ちや、
少しの緊張は残っている。
それは、もう恐怖ではない。
怖いと思ってもいいし。
不安になってもいいんだ。
理由を、
うまく説明できなくてもいい。
人の心は、いつも理屈どおりに
動くわけではないから。
怖さの奥には、
誰かを心配する気持ちが
あるのかもしれない。
想像する力があるから、
不安になるのかもしれない。
そう思うと、
昔の自分にも、優しくなれる。
救急車の音が、こわかった私へ
読んでくださった読者さまも
私のように救急車の音が苦手な人がいたら、
無理に平気にならないでくださいね。
「また怖くなった」と、
自分を責めなくてもいい。
音が聞こえてきたら、深く息をして、
「今、私は、ここにいる」
と、自分のいる安心できる場所に
戻ってくればいいのです。
救急車は、遠ざかり、サイレンも、
いつか聞こえなくなる。
こちらの日常も戻ってくる。
長いあいだ、
私は不安と恐怖に振り回されていた。
でも今は、もう抜け出すことができた。
救急車の音がこわかった。
その音の向こうには、
誰かを助けようとしている人たちがいる。
やっと、そう思えるようになったとき、
怖かった音は、意味を変えていった。
もし、あなたも、
似たような不安を抱えているなら、
どうか急がないでください。
怖さが、すぐになくならなくても、
深く息をして、今いる場所に戻ってくる。
その小さな積み重ねが、
いつか心を日常へ連れ戻して
くれるかもしれません。
この記事が、あなたの中にある
「怖い」と思う気持ちを、やさしく見つめる、
きっかけになったら、うれしいです♡
大切なひととき、
ここまで読んでくださって、
本当に、ありがとうございました。

🎧今日のおすすめ🎶
『ゆらゆら』
YeYe

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