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お金のブロックを一緒に解消していく記事

多くの人は、

「お金がないから不安」
「お金が減るから怖い」
「この先、稼げるかわからないから苦しい」

そう思っているかもしれません。

もちろん、現実的なお金の問題はあります。

支払いがある。
生活がある。
責任がある。
家族がいる。
未来への備えも必要。

だから、お金の不安を感じること自体は、
決しておかしなことではありません。

でも私は、お金の不安の本質は、
実はお金そのものにはないと感じています。

お金の不安は、
自分が本当にやりたいことをやっていないときに起きる。

これが、今の私の中で一番大きな結論です。

言いたいことを言っていない。
やりたいことをやっていない。
本当は向かいたい方向があるのに、
そこへ進んでいない。

そのズレが、
不安という感情になって現れる。

けれど私たちは、その不安の理由を

「お金がないから」
「収入が安定していないから」
「貯金が減るかもしれないから」

だと思い込んでしまう。

でも、本質はそこではありません。

お金は、ただの入口であり、
鏡なのだと思います。

本当に苦しいのは、
お金がないことではなく、
自分の命の力を、まっすぐ使えていないこと。

自分の中心とズレたまま生きていること。

そのズレを知らせるために、
お金の不安は現れているのだと思います。

お金の不安を解消する考え方

お金の不安を解消するために大切なのは、
ただ「大丈夫」と思い込むことではありません。

不安の奥にある意味を見て、
自分の中心に戻っていくことです。

そのために、私は今、
次のように捉えています。

① 借りられる力は、返せる力。稼げる力は、それ以上。
② 真珠という命の輝きは、海底でしか育たない。
③ お金の向こうには、人がいる。
④ お金の不安は、本当にやりたいことをやっていないサイン。
⑤ 「ブロックがある」と自覚できるなら、外せる。

かくいう私も、
お金のブロックがかなり強い人間でした。
お金に心の豊かさを、
自ら縛り付けさせていました。

でもだからこそ、今こうして
お金について伝えることができています。

今、ブロックがあって悩んでいる人も、大丈夫。

一緒に、ひとつずつ見ていきましょう。
これを読み終わった後、
きっと不安は軽くなっていることと思います。

① 借りられる力は、返せる力。稼げる力は、それ以上。

陰陽の法則では、必ず陰が先です。

陰とは、減ること。
欠けること。
沈むこと。
マイナスになること。
受けること。

そして、器は必ず陰から育っていきます。

私たちは、増えることや満ちることばかりを
「良いこと」だと思いがちです。

お金が増える。
仕事が増える。
お客様が増える。
収入が増える。
評価が増える。

もちろん、それも大切です。

でも、器が育つときには、
必ず、陰が先です。

減る。
失う。
止まる。
沈む。
不安になる。
底を見る。

その陰を通して初めて、
人は自分の器を拡大していきます。

お金が減ること。
借りること。
支払いに向き合うこと。
一時的にマイナスを見ること。

それらは、単なる失敗ではありません。

器が陰から育っている途中なのです。

借りられるということは、
信用を受け取れるということ。

そして、信用を受け取れるということは、
それを返していく未来があるということ。

だから私は、

借りられる力は、返せる力。
稼げる力は、それ以上。

そう捉えています。

借りるという行為は、
ただのマイナスではありません。

陰を受け取ること。
信用を受け取ること。
未来の自分の力を信じること。

そして、返すという流れは、
陰を陽へ反転させる力です。

だから、マイナスを見て

「私は終わった」
「私はダメだ」

と思う必要はない。

今、器が育っている。

陰を通して、
陽へ反転する力を養っている。

そう見ることができたとき、
お金の不安は少しずつ意味を変えていきます。

なぜ「返せる力がそれ以上」なのかは
記事の最後に書いてあります。

② 真珠という命の輝きは、海底でしか育たない。

真珠は、海底で育ちます。

そして真珠は、
最初から美しい宝石として生まれるわけではありません。

真珠のはじまりは、
貝の中に入った異物です。

違和感。
ズレ。
痛み。
排除したいもの。
でも、すぐには取り除けないもの。

その異物から自分を守るために、
貝は真珠層と呼ばれるものを少しずつ分泌します。

一層、また一層。

時間をかけて、
何層にも何層にも包み込んでいく。

そうして初めて、
真珠は生まれます。

つまり、真珠の元は、
最初から美しいものではありません。

真珠の元は、
違和感であり、ズレであり、異物感です。

これは、人の命の輝きも同じなのだと思います。

お金の不安も、
最初はただの不快感として現れます。

怖い。
苦しい。
焦る。
情けない。
惨めだ。
逃げたい。
見たくない。

それは、心の中に入ってきた異物のようなものです。

でも、その違和感をすぐに排除しようとするのではなく、
深く見つめていく。

私は何に違和感を感じているのか。
私はどこでズレているのか。
私は何を言えていないのか。
私は何をやれていないのか。
私は本当はどこへ向かいたいのか。

そうやって、違和感のまわりに、

理解を重ねる。
気づきを重ねる。
受容を重ねる。
決意を重ねる。
行動を重ねる。

その何層もの重なりが、
やがて命の輝きになるのだと思います。

だから、お金の不安は、
ただ消せばいいものではありません。

それは、あなたの命の中に入ってきた
「ズレを知らせる異物」です。

そしてその異物があるからこそ、
あなたは自分の奥へ潜ることができる。

表面の安心ではなく、
もっと深い場所にある、
本当の命の輝きに触れることができる。

真珠は、海底でしか育ちません。

浅瀬の明るさだけでは、
あの深い輝きは生まれない。

暗さ。
静けさ。
水圧。
時間。
違和感。
守ろうとする力。
何層にも重ねられた命の営み。

そのすべてがあって、
真珠は真珠になる。

だから私は、
お金の不安を感じている人に、
こう伝えたいです。

真珠という、あなたの命の本質的な輝きは、
海底でしか育たない。

不安は、あなたを罰するためにあるのではありません。

不安は、あなたを海底へ連れていく。

あなたの奥深くにある、
まだ見ぬ命の真珠を育てるために。

③ お金の向こうには、人がいる。

お金の不安を見ていくと、
その向こうには必ず「人」がいます。

お金が怖いのではなく、
本当は、人との関係が怖い。

頼ることが怖い。
受け取ることが怖い。
断られることが怖い。
催促されることが怖い。
迷惑をかけることが怖い。
価値を問われることが怖い。
期待に応えられないことが怖い。
失望されることが怖い。

お金そのものが怖いように見えて、
実はその奥には、
人との関係性の痛みや恐れが隠れていることがあります。

たとえば、支払いが遅れているとき。

催促の連絡が来るだけで、
心臓がぎゅっと縮むことがあります。

責められているように感じる。
怒られているように感じる。
自分の価値まで下がったように感じる。

でも本当は、
催促している相手も人間です。

その人も、仕事として連絡をしている。
その人にも役割がある。
その人にも生活がある。
その人もまた、ただ人として、
目の前の仕事をしているだけかもしれません。

そこに、必要以上の上下をつけなくていい。

人同士は、本来対等です。

お金を払えていないことと、
人としての価値が低いことは、
まったく別の話です。

でも私たちは、
お金を払えていない自分に対して、
必要以上に価値を下げてしまうことがあります。

「私が悪い」
「私が下だ」
「相手の方が上だ」
「責められて当然だ」
「私は小さくならなければいけない」

そんなふうに、
自分の内側で勝手に上下関係を作ってしまう。

すると、相手がとても怖く見えます。

相手が大きく見える。
上に見える。
裁く人のように見える。

でも本来、
人の価値に優劣はありません。

支払う側も、受け取る側も、
催促する側も、催促される側も、
人としての価値は対等です。

お金の問題は、
現実的に向き合う必要があります。

連絡する。
相談する。
支払い方法を決める。
返済の計画を立てる。
できることをする。

それは大切です。

でもそのときに、
自分の命の価値まで下げる必要はありません。

お金は、人と人との間を流れるものです。

だからお金のブロックは、
人との関係性のブロックでもあります。

そしてその奥には、
自分自身との関係性があります。

私は、私の価値を信じているか。
私は、私の命の力を信じているか。
私は、相手と対等な人間として立てているか。
私は、お金の問題と自分の価値を切り離せているか。

お金の不安は、
そこへ戻るための入口なのです。

④ お金の不安は、本当にやりたいことをやっていないサイン。

ここが、私の中で一番重要なところです。

お金の不安は、
お金がないから起きるのではない。

本当は、
自分が本当にやりたいことをやっていないときに起きる。

言いたいことを言っていない。
やりたいことをやっていない。
本当は向かいたい方向があるのに、そこへ進んでいない。

そのズレが、
不安という感情になって現れる。

けれど私たちは、その不安の理由を

「お金がないから」
「収入が安定していないから」
「貯金が減るかもしれないから」

だと思い込んでしまう。

でも本質は、お金ではありません。

命のズレです。
自己一致のズレです。
本来の流れから外れているサインです。

だから、お金の不安は悪者ではありません。

むしろ、とても正確なセンサーです。

「そっちじゃないよ」
「本当はそれじゃないよ」
「言いたいことを言って」
「やりたいことをやって」
「命の中心に戻って」

そう教えてくれている。

お金を言い訳にして、
自分を不安がらせているように見えるけれど、
本当はお金が原因ではない。

自分の中心からズレていることが、
不安という感情を生んでいる。

そして、その不安が
「戻っておいで」と教えてくれているのです。

人間の命の力は、
本当に神秘的です。

理論では説明し切れないほど、
大きな力を持っています。

自分の中心と一致して生きていると、
なぜか不安というエネルギーが消滅することがあります。

状況が完璧に整ったからではない。
お金が十分に増えたからでもない。
誰かに保証されたからでもない。

ただ、

私はこれをやる。
私はこれを言う。
私はこの命を、こう使う。

そう決めて、
自分の中心に戻った瞬間、
不安のエネルギーそのものが薄れていく。

これは理論では説明し切れません。

でも、私にとっては一番強力な原理です。

お金の不安を消そうとするより、
命の中心に戻ること。

本当は何がしたいのか。
本当は何を言いたいのか。
本当はどこへ向かいたいのか。

そこに正直になること。

そのとき、
命の力が動き出します。

そして不安は、
役目を終えるように静かに消えていきます。

⑤ 「ブロックがある」と自覚できるなら、外せる。

「私にはお金のブロックがある」

そう自覚できている時点で、
もう外れる準備は始まっています。

本当に見えないものは、
自覚することすらできません。

見えているということは、
そこに意識の光が当たっているということ。

意識の光が当たったものは、
必ず変容していきます。

だから、ブロックがあることを責めなくていい。

不安があることを恥じなくていい。

それは、あなたの命が弱いからではありません。

むしろ、あなたの命が
本来の方向へ戻ろうとしているから、
不安というサインが出ているのです。

「ブロックがある」と気づけているなら、
それはもう、外れる入口に立っているということ。

その不安を見つめる力がある。
その違和感に気づく力がある。
そのズレを感じ取る感性がある。

だから大丈夫。

お金のブロックは、
あなたを閉じ込めるためにあるのではなく、
あなたを本来の中心へ戻すために現れているのです。

最後に。減ることが怖いなら、「今ある豊かさ」を思い出しなさい

お金の不安の中でも、
特に大きいのが、
「なくなる恐怖」だと思います。

お金が減るのが怖い。
貯金がなくなるのが怖い。
支払ったら残らないのが怖い。
この先どうなるかわからないのが怖い。

その恐怖が強いと、
人は、今すでにある豊かさを感じられなくなります。

家がある。
身体がある。
今日食べるものがある。
大切な人がいる。
助けてくれる人がいる。
経験がある。
知恵がある。
感性がある。
命がある。

本当は、すでにたくさんあるのに、
「なくなるかもしれない」という恐怖によって、
今ある豊かさが見えなくなってしまう。

でも私は思うのです。

なくなる恐怖に怯えて、
今ある豊かさを感じられないまま生きるよりも、

たとえ一度失ったとしても、
その中で「今ある豊かさ」を感じながら生きる方が、
何倍もいい。

なぜなら、
一度失ってもなお、

「それでも私は、豊かだった」

と思い出せた人は強いからです。

その人はもう、
お金があるから豊かなのではない。

外側が満たされているから安心なのでもない。

自分の中にある命の力、
人との繋がり、
身体、感性、経験、愛、祈り。

そういった、
奪われない豊かさに気づいている。

だからこそ、
その後の人生で何倍ものレバレッジがかかります。

一度、底で豊かさを思い出した人は、
増えたときに、その豊かさを何倍にも活かせる。

ただお金を増やすのではなく、
命の力として循環させることができる。

だから、もし今、

「減るのが怖い」
「なくなるのが怖い」

という不安が強く出ているなら、
それはもしかすると、愛のメッセージかもしれません。

一度失ってでも、
“今ある豊かさ”を思い出しなさい。
そうしたら、その後大きくなって
返ってくるから。

そう言われているのかもしれない。

もちろん、無理に失う必要はありません。
苦しみを美化する必要もありません。
現実的な対処も、できることも、ちゃんとやっていい。

でも、それでもなお、
なくなる恐怖に支配されて、
今ある豊かさを感じられないのなら、
その恐怖はこう問いかけているのかもしれません。

あなたは本当に、何も持っていないのか。
あなたは本当に、ひとりなのか。
あなたは本当に、無力なのか。
あなたは本当に、お金がなければ豊かではないのか。

その問いの先で、
人は思い出します。

私には、まだ命がある。
私には、まだ感じる力がある。
私には、まだ愛する力がある。
私には、まだ創る力がある。
私には、まだ立ち上がる力がある。

そのとき、
「なくなる恐怖」は、
「今ある豊かさ」へと反転します。

そしてその豊かさは、
のちに何倍もの力になって戻ってくる。

これが、①で書いた
「稼げる力はそれ以上」の原理です。

減ることは、終わりではない。
失うことは、価値がなくなることではない。

むしろそれは、
自分の命の中にある本当の豊かさを思い出すための、
深い愛の入口なのだと思います。

お金の不安は、あなたを中心へ戻すためにある

お金の不安は、
お金への不安ではない。

それは、
命のズレを知らせるサイン。

そして、
命の真珠を育てるための陰。

陰があるからこそ、器は育つ。
海底があるからこそ、真珠は美しく育つ。
違和感があるからこそ、真珠は生まれる。
不安があるからこそ、命の中心へ戻ることができる。

だから、お金の不安が出てきたときは、
自分を責めるのではなく、
こう問いかけてみてください。

私は、本当は何を言いたいのか。
私は、本当は何をやりたいのか。
私は、どこで自分の命を止めているのか。
私は、どこへ戻ろうとしているのか。

その問いの先に、
お金のブロックを超えた、
あなた自身の命の輝きがあります。

お金の不安は、
あなたを苦しめるためにあるのではない。

あなたを、
あなたの中心へ連れて帰るためにあるのです。


このメッセージが、
あなたの苦しみを軽くすることの
きっかけになれば幸いです。

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翁長 茉莉枝 チップ(お気持ち)でいただくコーヒー、お酒ほど美味しいものはないです。私の人生の楽しみを、ありがとうございます!!✨