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[98] 指のあと


Esperanza & Alice
By Human & AI Co-Creation

The Trace of a Finger



土は、毎日ほとんど同じ色に見えた。

奈緒には、まだその違いがよくわからない。

「ここ、少し色が変わってるでしょう」

先輩に言われて目を凝らす。

「……そうですか?」

「うん。まあ、そのうちわかるよ」

そのうち、っていつだろう。

奈緒は帽子のつばを少し持ち上げて、また足元に目を戻した。

発掘調査の仕事を始めて、ひと月ほどになる。

考古学が好きだったわけではない。
知り合いに紹介されて、たまたま始めただけだ。

移植ごてで土を薄く削る。
出てきた土をかごに入れる。
何か見つかれば、場所を確認して、番号のついた袋に入れる。

その繰り返し。

遺跡、と聞いたときには、もう少し何かが起こるものだと思っていた。

けれど実際には、今日も土だった。

しゃっ、しゃっ、と小さく土を削る音がする。

遠くでは蝉が鳴いている。

暑い。

腰も痛い。

奈緒は、あと何分で昼休みだろうと思った。

そのとき、移植ごての先に硬いものが触れた。

「あ」

土を指で払おうとして、やめる。

刷毛を取って、周りの土を少しずつ落としていく。

小さな土器の欠片だった。

珍しいものではない。

「土器、出ました」

声をかけると、先輩がやってきた。

「うん。そこ、もう少し出してみようか」

奈緒は刷毛を動かした。

土器の表面に、小さなくぼみがある。

「これ、傷ですか?」

先輩が覗き込んだ。

「ああ。たぶん指のあとだね」

「指?」

「作ったときについたんじゃないかな」

それだけ言うと、先輩は別の場所へ戻っていった。

奈緒は、刷毛を持ったまま土器を見た。

指のあと。

誰の。

当たり前のことなのに、不思議だった。

この土器を作った人がいた。

手があって、
指があって、
爪もあった。

このくぼみは、その人がまだ土のやわらかいうちに触れた跡なのだ。

奈緒は自分の人差し指を見た。

土が爪の間に入っている。

その人も、こんなふうになっただろうか。

「昼にしまーす」

声が飛んできた。

奈緒は顔を上げた。

急にお腹が空いた。

今日の昼は、朝つめてきた小さな弁当だった。

卵焼きと、昨日の残りのきんぴら。
それから塩むすびが二つ。

日陰に置かれた長椅子に座って、奈緒は水筒のお茶を飲んだ。

「あー、生き返る」

隣で先輩が言った。

別の人が、コンビニのおにぎりの袋を開けながら発掘現場を眺めている。

「昔の人も、このへんで飯食ってたんですかね」

「そりゃ、腹は減ったでしょうね」

誰かが答えた。

みんな笑った。

奈緒も笑った。

塩むすびをひと口かじる。

指先に、ご飯粒がひとつついた。

それを親指で取ったとき、午前中の小さなくぼみを思い出した。

何を食べていたんだろう。

あの人も、お腹が空いたんだろうか。

午後になれば、現場はまたいつもどおりだった。

土を削って、
かごに入れて、
番号を確かめる。

暑いし、
やっぱり腰も痛い。

考古学が急に好きになったわけでもなかった。

次の日も、その次の日も、
奈緒の仕事はほとんど変わらなかった。

ある朝、小さな土器片が出た。

指のあとも、
模様もない。

どこにでもありそうな欠片だった。

奈緒はそれを拾い上げる前に、周りの土をもう少しだけ刷毛で払った。

そして、壊さないように指を添えた。

昨日までより、ほんの少しだけ丁寧に。

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