食欲妖怪、はらんぬし(腹の主)──止まらない食欲に、妖怪の名前をつけてみた
どうも、まさたかです。
いきなり妖怪の話なんて、またもやスピリチュアル暴走って思われても仕方ないですね。これもきっと暑い夏のせいなんです…。
でも安心してください!
私自身は意外と科学思考の人間で、みなさんにお届けする記事は“再現性”を大切にしています。ちょっと不思議な話に聞こえても、最後まで読めばちゃんと現実的なところに着地しますので、どうぞそのままお付き合いくださいな。
先に、ひとつだけ大事な前置きを。
暴飲暴食や過食のうしろには、体質やホルモンバランス、時にはうつや摂食障害といった、専門的な診断と治療が必要なケースが確かに存在します。そこは、私のような一介の書き手が軽々しく踏み込んでいい領域ではありません。心当たりのある方は、迷わず医療機関を頼ってくださいね!
今日お話しするのは、そのどれにも当てはまらない、もっとありふれた話です。
痩せようと決めたはずなのに、気づけば夜中にラーメンの湯気を思い浮かべている。お腹は空いていないはずなのに、コンビニのスイーツの棚の前で足が止まる。あの、正体不明の引力についてです。
世の中は、なかなか解決しないものにこそ、具体的な名前をつけない
考えてみると不思議なんです。
花粉症も、五月病も、燃え尽き症候群も、原因や対処法がある程度わかっているものには、ちゃんと名前がついています。
一方で、「わかっちゃいるけどやめられない」系の、めちゃくちゃありふれているのに誰も解決できていない欲求には、なぜか名前がつけられないまま放置されているんですよね。
たぶん、名前をつけてしまうと、それに向き合わなきゃいけなくなるからでしょうね。
正体不明のまま「自分の意志が弱いだけ」で片づけておいたほうが、都合がいい人(儲かる人?)が多いんだと思います。
でも、それって結局、毎回自分を責めるだけで、何も再現性のある対処に繋がっていないんですよね。
日本人は昔から、厄介な欲求を「体の中の生き物」のせいにしてきた
実は、これは目新しい発想でもありません。
日本には昔から、庚申(こうしん)信仰という民間信仰があり、人の体の中には三尸(さんし)という虫が棲んでいて、庚申の夜にこっそり抜け出しては、その人の悪事(あくじ)を天に告げ口すると言われていました。
子どもが理由もなく駄々をこねるのは「疳の虫(かんのむし)」のせい、という言い伝えも各地に残っています。
つまり昔の人は、自分でもコントロールしきれない衝動を、あえて自分自身の人格から切り離し、「体の中に棲みついた別の何か」の仕業として扱っていたわけです。
これ、現代の心理学でいうところの「外在化(がいざいか)」という手法と、本質的にはかなり近いんですよね。問題そのものと、自分の人格を切り離して扱う。ナラティヴセラピーという分野で実際に使われている、れっきとした手法です。
その伝統に倣って、私はこの「止まらない食欲」に、ひとつ名前をつけてみることにしました。
その名も、食欲妖怪「はらんぬし (腹の主)」

日本の言い伝えには、長い年月ひとつの場所に棲みつづけた生き物を「主(ぬし)」と呼ぶ文化があります。沼の主、古井戸の主、大木の主。特別に悪さをするわけではないけれど、普段は気配を消して静かに潜み、こちらの油断や隙を見計らって、ふっと姿を見せる。そういう存在です。
「腹の主」も、これと同じ性質を持っています。
ただし、あらかじめ断っておきたいのですが、腹の主が棲みつく理由はひとつではありません。
長年の食習慣かもしれないし、慢性的な睡眠不足かもしれません。溜まったストレス、感情のはけ口を食に求める癖、その日たまたま疲れていただけ、ということもあるでしょう。
原因は人によって違いますし、同じ人でも日によって違う顔をして現れます。ここでは、それらすべてをまとめて「はらんぬし」と呼んでいる、というくらいの感覚で捉えてください。
普段は大人しくしているのに、理性の力が緩んだ瞬間や、何もすることがなく手持ち無沙汰な時間に、するりと目を覚まします。
そして、あなたの頭の中に、やけに解像度の高い映像を流し込んでくるんです。湯気の立つラーメン、糖衣のかかったドーナツ、コンビニの唐揚げの匂い。
「今日だけ」「これくらいなら」という、やたら説得力のあるささやきとともに。
“はらんぬし”の本当の狙いは、絶望させることじゃなく「先送り」させること
ここからが本題です。
はらんぬしは、案外バカじゃありません。
いきなり「今日で全部台無しにしてしまえ」なんて乱暴な誘い方はしてこないんです。もっと巧妙です。
「今回くらいは平気」「明日からちゃんとやればいい」
こうささやいてくるんですよね。しかも、その声はやたら優しくて、説得力がある。
厄介なのは、これが決して人を諦めさせる方向には働かないところです。「もうどうでもいいや」と開き直らせるなら、まだわかりやすい。
はらんぬしが本当に得意なのは、目標そのものを諦めさせることではなく、目標に向かう行動だけを、そっと明日へ、来週へ、来月へと先延ばしにさせることなんです。
「頑張る気持ちはある」「いつかはやる」「今日はたまたまタイミングが悪かっただけ」。この言い訳が本人の中で成立してしまう限り、人は自分を諦めの悪い、前向きな人間だと思い込んだまま、実際には一歩も進めないという状態を、無限に繰り返すことができてしまいます。
そして、この「先送り」を何十回、何百回と繰り返した先で、ようやく人は「また自分は意志が弱い」「なんでこんなにダメなんだろう」って気付かされるんです。
つまり、自己嫌悪というのは、はらんぬしが仕掛けた先送りの、いわば後始末(あとしまつ)でしかありません。本丸は、その手前で毎回そっと行動を延期させてくる、あの優しい声のほうなんです。
自己嫌悪から入っても、この構造には気づけません。落ち込むたびにエネルギーを消耗して、次第に「もうどうでもいいや」と本当に開き直ってしまう。これでは何度やっても同じところで挫折します。
だからこそ、狙うべきは「先送りの言い訳」が生まれる、まさにその瞬間です。
なので、トレーニングとしてまずやってほしいのはこれだけです。
その衝動に気づいた瞬間、心の中でひとこと、こう唱えてください。
「あ、はらんぬしが出てきたな」
主語を、自分から切り離す。ただ、それだけです。笑
再現性のある、はらんぬしの追い払い方
ステップにすると、次の3つです。
一、気づく
空腹感を伴わない、やけに具体的な食のイメージや、「今回くらいは」「明日から本気出せばいい」という優しい言い訳が頭に浮かんだら、それははらんぬしが動いた合図です。ジャッジせず、まず「出てきたな」と観察するところから始めます。
二、距離を置く
名前をつけて外に切り離した時点で、それはもう「自分の意志」の問題ではなく、「はらんぬしという、よく知られた厄介な相手」の問題に変わっています。天気予報を見るのと同じ感覚で、淡々と眺めてください。
三、自分の意志で追い払う
ここは丸投げにしません。認知したうえで、水を一杯飲む、軽く体を動かす、その場を離れるなど、少しだけ別の行動を挟んでみてください。衝動の強さは、時間が経てば必ず和らいでいきます。何分でピークを越えるかは人や状況によって違いますが、「この一瞬さえやり過ごせば、さっきより楽になる」という点は、多くの場合で共通しています。
そして、ここで踏ん張る力は、意志の強さだけに頼る必要はありません。名前をつけて距離を置くこと自体が、すでに意志への負担を軽くしてくれています。そのうえで、最後にほんの少し背中を押すのが、自分の意志です。仕組みと意志、両方の合わせ技だと思ってください。
大事なのは、はらんぬしのせいにして終わることではなく、名付けて距離を取ったうえで、最後は自分の意志で決着をつけること。責任を放棄するための言い訳ではなく、責任を果たしやすくするための道具として、この名前を使ってほしいんです。
まとめ
止まらない食欲の正体は、あなたの人格の欠陥ではありません。
習慣かもしれないし、疲れかもしれないし、その日の気分かもしれない。原因はさまざまな顔をして、あなたのお腹の中に棲みついています。
名前がついた瞬間から、それは得体の知れない敵ではなく、対処法のある、よく知られた相手に変わります。
今夜、もしまた湯気の立つ何かがちらついたら、思い出してください。
「あ、はらんぬしだ」ってね。
それでは、次の記事でまた会いましょう。
はらんぬしに取り憑かれている、まさたかでした。
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