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交易の風が運んだ米の記憶

現在のシリア、レバノン、ヨルダン
イスラエル、パレスチナを包括する
東部地中海沿岸――レバントは

かつて世界を繋ぐ巨大な
交易ネットワークの心臓部であった。

10世紀以降、イスラム商人たちは
ペルシア湾や紅海
あるいはシルクロードを渡り
アジア起源の貴重な作物をこの地へと運んだ。

その中の一つが米だった。

インド洋ルートを経て
レバントの港湾都市に
集められた米や香辛料は

ヴェネツィアやジェノヴァといった
イタリアの海洋都市国家の手によって
ヨーロッパ全土へと輸出され
歴史的な「レバント貿易」の黄金期を築き上げた。

だが、未知の食材であった米が
この地の日常に溶け込むまでには
何世紀もの時間を要した。

古くから小麦のブルグルや
豆類を主食としてきた
レバントの人々にとって

大量の水を必要とする
米の栽培は容易ではなかった。

それでも、彼らは高度な灌漑技術を培い
過酷な乾燥地帯に水を引くことで
米を自らの大地に定着させていった。

その執念とも言える知恵の結集が
レバント独自の米料理の誕生へと繋がる。

その最高峰の芸術であり
レバントの家庭の絆を象徴する料理が
「マクルーバ(Maqluba)」だ。

次回は、この魅惑の米料理
マクルーバについて
ご一緒に探求していこう。

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