『マリオ映画』や『アナ雪』の胸部問題
こんにちは、ミーケです。
今回は、かなりくだらない話を真剣にしたいと思う。
以前、『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』を観ていて、私が妙に気になってしまったことがある。
ピーチ姫とロゼッタの胸部である。
40歳の男が子供向けアニメ映画を観ながら、女性キャラクターの胸囲について考察している時点でだいぶどうかしている気もするが、一度気になってしまったものは仕方がない。
しかもこれは単純に「どっちが大きいか」という話でもない。
キャラクターデザインにおける『身長、衣装、体型、曲線、そして日本のアニメを見て育った人間が無意識に身につけている“萌えアニメの文法”』の話でもある。
ピーチ姫とロゼッタ、実際の大きさはほぼ同じに見える
映画を観た限りでは、ピーチ姫とロゼッタの胸部そのものには、それほど大きな差がないように見えた。
もちろん3Dモデルが公開されているわけでもないので、実際の数値は分からない。
「胸囲○cm」なんて公式設定があるわけでもない。
ただ映像から受ける印象としては、ほぼ同じに見えた。
おそらく制作上も、ある程度共通した人体設計をベースに、それぞれのキャラクターに合わせて身長や手足、顔、衣装などを調整しているのではないか、と想像してしまう。
問題は、同じくらいの胸囲にすると同じには見えないことである。
ロゼッタはピーチ姫よりかなり背が高い。
そのため、同じくらいのボリュームでも、ロゼッタの方が相対的に胸が小さく見える。
身体全体が縦に長いので、スレンダーな印象が強くなる。
一方、ピーチ姫はロゼッタより小柄で、ドレスにも丸みがある。
すると同程度の胸部でも、こちらの方が身体に対する占有率が高く見え、結果としてピーチ姫の方が胸が大きいように感じる。
別に制作側が「ピーチを巨乳にしよう」と考えたわけではないだろう。
むしろかなり控えめで、全年齢作品らしく強調しないデザインになっている。
それなのに、身長差によって相対的な逆転現象が起きてしまう。
私はそこが妙に気になった。
ロゼッタをほんの少しだけ大きくすれば気にならない
ではロゼッタを爆乳にすればいいのか。
もちろんそんな話ではない。
それをやった瞬間、日本の萌えアニメでよく見る、
「長身のお姉さんキャラだから巨乳」
という分かりやすすぎる記号になってしまう。
それではマリオの世界観から浮く。
私が言いたいのは、本当にわずかな差である。
高身長であることを考慮して、ロゼッタ側をほんの少しだけ大きくする。
あるいは、ピーチ側をほんの少し抑える。
そうすれば視覚的な印象としては同程度になり、おそらく私は何も気にしなかったと思う。
逆説的だが、胸を少し大きくした方が、胸が気にならなくなるのである。
均等にした結果、均等に見えなくなっている。
私はそこに引っかかった。
『アナと雪の女王』でも同じことを感じた
そして、この感覚には既視感があった。
『アナと雪の女王』のエルサとアナである。
こちらは実際に姉妹だが、二人の体型も全体的にはかなり近い。
エルサの方が少し背が高く、アナの方が少し小柄で丸い印象がある。
胸部についても極端な差はない。
その結果、同程度のボリュームであっても、相対的にはアナの方が大きく見える場面がある。
私は『アナ雪』を観ていた時も、
「エルサって実際どのくらいなんだろう?」
などと考え始めてしまった。
本来ならストーリーを観るべきところである。
ところが、体型のバランスが一度気になると、胸の形、付いている位置、ドレスによる見え方、身体全体の曲線まで観察し始める。
完全に鑑賞ポイントがおかしくなっている。
しかし『マリオ』を観て、
「あ、またアナ雪と同じことやってる」
と思ってしまった。
日本アニメを見て育つと「体型もキャラ設定」として読んでしまう
ここには、日本のアニメ文化の影響もかなりあると思う。
日本のアニメや漫画では、体型そのものがキャラクター属性として使われることが非常に多い。
お姉さんキャラなら長身で大人びた体型。
妹キャラなら小柄。
クール系なら細身。
母性的な人物なら柔らかい曲線。
もちろん例外はいくらでもある。
むしろ「妹なのに姉より胸が大きい」という逆転そのものをキャラクター属性として使う作品すらある。
それくらい、日本のオタク文化では身体の差異がキャラクター情報として読まれている。
日本のアニメを大量に観て育った人間には、この文法がかなり深いところまで刷り込まれていると思う。
だから海外のCGアニメが、
「性的な差を強調しないように、姉妹や女性キャラクターの体型を近づけよう」
とすると、逆に日本のアニメ文法では妙な読み方が成立してしまう。
高身長側が細く見え、
小柄側が丸く見え、
結果として、
「妹側を少し盛っているように見える」
という現象が起きる。
もちろん実際には、そんな意図はないのだろう。
萌えアニメを避けた結果、萌えアニメの文法に引っかかる
おそらくディズニーをはじめとした海外のファミリー向けCGアニメでは、日本の萌え作品ほど女性キャラクターの胸部を差別化しない。
そもそも世界的に見れば、日本のアニメ文化の方が特殊なのだと思う。
胸の大きさがキャラクターの個性になり、
胸の大きさについて登場人物同士が会話し、
設定資料にスリーサイズまで書いてある。
冷静に考えれば、なかなか特殊な文化である。
だから海外作品がそこから距離を取るのは自然だ。
ところが、差を付けないという選択にも視覚的な結果は生まれる。
身長だけ違えば、同じ胸囲でも見え方は変わる。
そのため、
萌えアニメ的な性的記号を避けようとして均した結果、日本の萌えアニメを見慣れた人間には別の萌え記号として見えてしまう。
なんとも皮肉な話である。
比較させない画面作りもあるのだろうか?
これは完全に私の憶測だが、『マリオ』を観ていてもう一つ感じたことがある。
ロゼッタとピーチ姫が、真正面から並んで長時間映る場面が意外と少ない。
できるだけ単独で見せているようにも感じた。
『アナ雪』でも似た印象を持ったことがある。
もちろん物語上の役割や演出の都合が最大の理由だろう。
「オタクが静止画にして乳比べを始めるから並べるな」
などという会議が行われているとはさすがに思わない。
ただ、キャラクターを並べれば観客は比較する。
顔、身長、スタイル、衣装、存在感。
今ならスクリーンショットがSNSに出回り、細部まで比較される。
制作側がどこまで意識しているのかは分からないが、キャラクター同士の直接比較を避ける画面設計というものは、案外あるのかもしれない。
胸の大きさは小さな問題だが、キャラデザインでは大きな問題
たとえば『リトル・マーメイド』のアリエルのように、胸元がほぼそのまま見える衣装の場合、ほんの少し形や大きさを変えただけでもキャラクター全体の印象がかなり変わる。
胸というのは人体の一部分に過ぎない。
しかしキャラクターデザインでは、
身長、肩幅、腰、脚、顔の大きさなどと同じく、全体のシルエットを構成する重要な要素でもある。
だから「全年齢向けだから目立たなくしておけばいい」というほど単純でもないのだと思う。
目立たなくした結果、別の部分との比率によって逆に気になることもある。
『アナ雪』のエルサとアナ。
『マリオ』のロゼッタとピーチ姫。
どちらも私にとっては、その現象が起きた例だった。
とはいえ、映画を観た人の99%くらいは、こんなことを考えていないだろう。
普通は、
「映像すごかった」
「ロゼッタ綺麗だった」
「ピーチ可愛かった」
くらいで終わる話である。
ところが私は、
「この二人、胸部モデルほぼ同じじゃないか?」
から始まり、
「身長比を考えたらロゼッタを数%盛った方が自然なのでは?」
まで考えてしまった。
我ながら、何を真剣に分析しているのだろうと思う。
でも、こういう誰も気にしない部分を延々考えてしまうのも、オタクという生き物なのかもしれない。
そして何より恐ろしいのは、
一度気になり始めると、次のCGアニメでも確認してしまうことである。
もう私は、海外アニメの姉妹が登場した瞬間、真っ先に胸囲のバランスを確認する人間になってしまったのかもしれない。
ご一読ありがとうございました。
