いつの日か
私は、上京して、短大に入学した。
上京の条件、それは、兄との同居、だった。
先に上京していた兄の部屋に、一緒に住むことになったのだが、建物の名前にはマンションがついていたので、ワクワクしながら、駅から歩いた。
駅から徒歩3分くらいで、大きなマンションにさしかかり、
「お兄ちゃん、ここ?」
「違う」
と、言われ。
次に、すぐそばに、白壁に、青い瓦が特徴の素敵なマンションがあり、
「お兄ちゃん、ここ🥰?」
「全然違う」
と、言われ、すごく、ガッカリ。
路地に入り、しばらく歩くと、兄が
「着いたぞ」
と、指し示したのは、マンションと呼ぶには、「?」ガッカリな建物が、私のこれからの家であった。
3階建ての、その古いマンションに、兄について入っていった。
玄関開けて正面がおトイレ、左が3畳の台所、右が6畳の部屋に、その奥に、浴室がある。
私の部屋はというと、左の3畳の台所なのだ。
畳3畳部分に、流し台、立つスペース分の板張りがある。
今で言えば、人気の狭小アパート的な、部屋である。
実は、前の年に、別の短大に入学して、身勝手にも半年で退学をしていた。一年分の授業料をドブに捨てた、親不孝な私には、この3畳間は、充分な空間だったのである。
台所には、小さな食器棚があった。
まず目に入ったのが、部屋に似つかわしくない、きれいに並べられたペアのカップだ。
クリーム色と薄いピンク色の。
(お兄ちゃん、彼女いるのかな。私、邪魔かな)
その部屋でたくさんの思い出ができた。
短大の友人は、寮の子が多く、だから、私の部屋には、みんながよく泊まりにきていたから。狭い3畳間の、私の布団に一緒に包まり、遅くまで語り合ったりしたものだ。
あの頃は、早く親元から離れたかった。
そして、自由になりたかったのだ。
平日は、学校帰りにアルバイト。
日曜日は、サークル活動と、私は、学生生活を謳歌していた。
食器棚のペアカップ。ずっと、そこにあった。
そして、私がいた5年間では、誰かが来た様子も、誰かと使った形跡も、なかった。
私の上京が、兄の抱いていた「夢」を、壊したのかな。
夢のまた夢
笑う門には福来る
