私がヘレン・ケラーだったとき(茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」的な、)
ダイヤモンドの原石を見つけた気持ちだと、
云われたことがある。
どうせ、すぐ評価はガタ落ちるだろうと
思ってたら案の定だった。
私は第一印象がいいらしい。
が、それで
どれほど損してきただろう、
ろくなもんじゃない。
上司、同僚、雇い主の私への期待は
すぐに
がっかりに変わり、
がっかりが失望に変わり、
かわいさ余って、憎さ百倍になる。
自分をよく見せようと思ったことはない。
私は天然です。
ところが
「仕事ができそうだ」とか
「今度入ったバイトは凄いらしい」とか
勝手に期待して
勝手にがっかりする。
だもんで私は、何十年かけて
遂に透明になる技を身に付けた。
人前で
気配を消す。
周囲には見えない。
耳はすごくいい方だから
その場の会話を聞いて記憶する。
それを解釈する。
我ら庶民の生活の、波打ち際で
国家権力の侵食が進む。
その気配を伺い、
ここでないどこかへ
いつ逃げようか、未来を占う。(嘘です。)
ああ、私はネクラ
「原石を見つけた」上司と、1週間仕事をして
彼は次に
私をヘレン・ケラーに例えた、
目が見えず耳も聞こえない話せない3才児だと。
当たり前のことができない。
十を聞いて一を知る。
「サリバン先生がいたら
オオバケするかもだが。
あるいは、もし三井住友銀行なら
君枠のポジションがあったかもしれん。
だがこの会社では無理。
どんなに努力しても
君はここでは認めてもらえない。」
「そうなんですね。」
例えがメガバンク(笑)で
極端すぎて、ぴんとこない。
私はメンタルが弱いらしい。が
自分ではよくわからない。
メンタルが本当に弱いなら
この手のキツイことを云われても
傷つかないのは
育ってきた家庭が相当レアで、
学校ではうすらばか枠のアレで、、。
もしかしたら
慣れやね、
鋼のメンタルやね(号泣)

上司はサリバン先生の役割を
担いたいようだった。
映画「奇跡の人」では
サリバン先生がヘレンに
ものの「名前」を教える。
「コップに注がれた水」と
「コップ」の違いがわからず
癇癪を起こすヘレン
先生はポンプで水を汲む。
あふれ、流れ落ちる水を掌に受けて
ヘレンは理解する、世界を。
コップと水は違う。
別のもの。
これが水。これがウォーター?
「うぉ うぉ ワァータア、、」
(↑この感動のエピソードは、実はなかったそうです)
全ての「もの」には名前がある。
ユリイカ!ユリイカ!
やっと分かった。意味を理解した!
そんな経験が
私にも何度かありますが、
それは1wの電球くらいヤワで
遠くで瞬く。
チカっと。
それでも
「ユリイカ!」には違いない。
階段を一つ、昇るくらいに
見える景色が変わる発見。
けれど
それよりも深い
真理とやらが知りたい。
天地明察とは
物の道理、宇宙や自然の法則、
人間社会の筋道を正しく理解すること
私は死ぬまでに
天地明察できるだろうか、
長い人生を生きて
サリバン先生には
とうとう
出会わなかった。
探そうとも思わなかったが。
本を読み、
仁義礼智の
仁、義、礼は、なんとか理解できた。
あとは智。
私は間に合うだろうか
さて私が死ぬ時。
横たわり
末期の水で
唇を拭われるその時、
水を感じて、私は目を覚ます。
むくりと起き上がって
「うぉ うォ ウォーターっっー 」
と
叫ぶのであろう。
そのとき
天地明察が理解できても、
もう遅いのだが。
って
なーに、ばかなことばっかり考えてさ
何の足しにもならないのに、
精神年齢3才の年寄りがよ。

確かに、
水やけど、
その儀式は、
いまの若い
皆さんには分からんやろう
「さて、皆さん。」(ありがとう浜村淳です、のイントネーションで。)
毎日のおしごと お疲れ様でございます
今日もどうぞ
今日もどうか
ご安全に。
いってらっしゃいませ。
大好きなキューブ様の言葉を
独りごちます。
さて、今日も生きるとしよう
