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【サクッと読める考察】─なぜ人は、人生を「伏線」だと思いたがるのか?の話─

ようこそ!

🌌星の数ほどもあるステキな記事たちの中から、この記事に辿り着いてくれたことに、先ずは心から感謝します。

「ありがとう」

さてさて…

では、さっそく本題へ──。

今回は、

『なぜ人は、人生を「伏線」だと思いたがるのか?』

を、自分なりに深掘ってみたい。


推理小説を読んでいると、

常々、感心してしまうことがある。


物語の序盤に出てきた、

何気ない会話。


読み飛ばしてしまいそうな描写。


特に意味があるようには見えなかった出来事。


それが最後になって、

事件の真相に繋がる重要な“伏線”だったと分かる。


余談だけど、

無類の推理小説好きの俺には

これがたまらない展開であり、

まさにミステリーの真骨頂だ。


(同じくミステリー好きの方、ぜひ繋がりましょう!笑)


で!

読者はこう思う。


「あれは伏線だったのか!」と。


人は、物語が好きな生き物だ。


その出来事には、

ちゃんと意味があるから。


偶然に見えたことが、

偶然ではなかったと分かるから。


バラバラだった点が、

一本の線になるから。


そして、

気づけば人は、

現実の人生にも同じものを求めてしまう。


あの出会いには意味があった。


あの失敗には意味があった。


あの遠回りにも意味があった。


あの別れにも意味があった。


そう考えたくなる。


けれど、

少し考えてみてほしい。


本当に、

人生には最初から意味が用意されているんだろうか?


本当に、

すべての出来事は何かに繋がるんだろうか?


正直、

そんなことは誰にも分からない。


意味があった失敗もあるだろう。


意味を見つけられなかった失敗もあるだろう。


報われた努力もある。


報われなかった努力もある。


人生は推理小説じゃない。


作者もいない。


結末も決まっていない。


だから現実の人生には、

都合のいい伏線なんて存在しない、はず。


それなのに、

人は過去を振り返り、

そこに意味を探そうとする。


なぜだろう?


それはきっと人が、

人生に意味があるから前を向けるんじゃなくて、

意味を見つけながら前を向こうとする生き物

だからかもしれない。


あの経験は無駄じゃなかった。


あの時間にも価値があった。


あの失敗にも何かが残った。


そう思えた時、

人は少しだけホッとして

過去を受け入れられる。


人は、

未来より先に、

過去と折り合いをつけたいのかもしれない。


だから振り返る。


だから意味を探す。


だから繋がりを見つけようとする。


失った時間の中にも。


叶わなかった夢の中にも。


終わってしまった関係の中にも。


そしてある日、

自分なりの答えに辿り着く。


あの出来事が正しかったかどうかなんて

分からない。


必要だったかどうかも

分からない。


けれど、

今の自分は確かにそこを通ってきた。


その事実だけは変わらない。


人生は、

意味が事前に用意されている物語じゃない。


意味を探しながら読み進める物語なのかも。


それでも人は、

散りばめられた伏線の連鎖だと思いたがる。


それは、

未来を知りたいからじゃなくて。


できることなら、

“不確実性”という名の呪縛から

解き放たれたいから。


過去を無駄だったことにしたくないから。


あの失敗も。


あの遠回りも。


あの迷いも。


あの日々も。


全部を抱えたまま、

これからも一歩一歩

踏みしめて歩いていくために。


だから今日も、

答えのないような出来事に出会うかもしれない。


意味の見えないような時間を過ごすかもしれない。


それでいいんだと思う。


人生とは、

伏線を回収する物語じゃないのだから。


自分なりの意味を見出しながら、


そう
1ページずつ、1ページずつ…


──読み進めていく物語なのだから。

そんなことを考えている

今日この頃です。

最後までお読みいただきまして、
本当にありがとうございました。

いかがでしたか?
良ければ、コメントで感想を聞かせてください。

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