家族のために生きたら、自分の人生がなくなっていた。
2008年。
私は28歳だった。
母が自殺した。
その日から、私の人生は止まった。
いや、止めた。
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「看護師の資格を持っている私が家にいれば、母のうつ病は悪化しない。」
そう信じていた。
だから私は、自分の人生より、家族を優先した。
「私が幸せになることが親孝行なんだ。」
そう思っていた。
結婚したい人ができたら、そのとき家を出ればいい。
そう思っていた。
…でも、その「いつか」は来なかった。
なぜなら母は自ら命を絶った。
そして残ったのは、脳出血の後遺症がある父だった。
すでに姉は家を出ていた。
だから私は思った。
「父の面倒は、私が見なければ。」
誰かに頼もうなんて考えなかった。
頼れると思わなかった。
介護が始まった。
看護師として働きながら介護をした。
…うつ病になった。
復職した。
でも、続かなかった。
結局、職場を辞めた。
結婚した。
娘が生まれた。
誰にも頼れなかったから、育児と介護と仕事を、3つ同時にやった。
だって、主人の収入だけでは生活できなかったから。
だから私が働いた。
うつ病が再発しても働いた。
父がコロナの後遺症で寝たきりになっても働こうとした。
でも、現場にいると頭の中に浮かぶ。
「父が転んでいたらどうしよう。」
「娘が泣いていたらどうしよう。」
その不安で、ついに心が壊れた。
看護師の仕事を辞めた。
在宅で働こうと思ったから。
WEBデザインを学んだ。
総額280万円。
「これで家族を守れる。」
そう思った。
…でも、違った。
100社以上応募した。
全部落ちた。
交流会に行っても案件もほとんど取れなかった…。
医療記事も30本書いた。
それでもお金が苦しい生活は、変わらなかった。
2026年1月。
ついに銀行残高が10万円を切った。
その数字を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
(どうしよう…。)
焦るばかりで、何をやっても空回る日々…。
そして2026年5月。
私は債務整理を決めた。
18年間働いて、
介護して、
看護師をして、
育児をして、
家族を守って、
老後のために貯めたお金まで全部使って、
最後に残ったのは、
「債務整理」 という『四文字』だった。
私は、お金が欲しかったわけじゃない。
欲しかったのは、好きな人と笑って暮らせる毎日だった。
週末に外食して、
「今日は楽するか。」
そう笑いながらお酒を飲める夜だった。
父も母も元気で、月に二回くらい実家へ帰って、
「今度みんなで旅行でも行こうか。」
そんな、ごく普通の人生だった。
でも、結局私が手にしたのは、
介護と、
借金と、
連続の夜勤と、
「全部捨てて逃げ出したい」
という感情だった。
ここまできて、ようやく気づいた。
私は、お金を失ったんじゃない。
家族のために生きるうちに、自分の人生を失っていた。
もしここまで読んで、「私だけじゃなかった」と思った人がいるなら。
【目次】
・私の人生は、ここで止まった
・「私しかいない」
・全部、家族のためだった
・280万円を賭けた最後の希望
・100社以上落ちた。落ちることにも慣れた
・残高10万円
・債務整理
・私の人生は、どこへ行った
・親孝行と自己犠牲
・主人に言えなかったこと
・全部捨てて逃げたい
・私の人生は、どこへ行った
・18年前の私へ
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