知らない間にWEBライターが「オワコン」と言われていたことに反論してみる私情まみれのレポート
私はコロナ禍でWEBライターの世界に飛び込んだ。
一応、6年ぐらいは仕事をしたけれど、ベテランではない。
中堅……とか自分で言うのもなんだか恥ずかしい。
でも初心者とも言えない。
先輩もいないし、上司もいない。
「おまえもやっと中堅になったな!」
とか言われたこともない。
記名記事も書いてないし、プロのライターとも言えない。
ただ、書くのは好き。
日記もたまに書いているし、実は趣味の小説も書いている。
こうやってnoteなんかも始めてしまったし、ゆくゆくは「ちょっとした情報を仕入れたいなら『ちょいミル』だよね!」とか言われたい。
そう、私には野望があるのだ。
人間、行動を起こすってことは、その先に目的がある。
夢や希望がある。
I Have a Dreamだ。
昔は、文章を広く公に発表していいのは、なんらかのフィルターを超えた人たちだった。
例えば、新聞記者さんとか小説家さんとか、そう言った人たちの文章は、業界内で色々もまれてダメ出しされて修正されて編集されている。
過去、私たち一般読者に届くのは、それこそ王侯貴族の食事ぐらいに、味見されて削り取られて冷めて安全になった文章だったのだ。
でも現在は、ネット時代が始まり、SNS時代が始まり、noteみたいなサービスが始まり、文章はよりプリミティブでユビキタスになった。
素人だろうがおフザケだろうが、識字率ほぼ100%を誇る日本では、誰でも文章を書くことができる。
そして善かれ悪しかれ、その訓練も編集もされていない文章が人々の目に触れ、言葉の自由度が高まっていった。
かつてのゴールドラッシュがそうであったように、先駆者は大きく稼ぐし、稼げると噂になれば大勢が流入してくるし、やがて市場が荒れて資源が枯渇し廃れる。
何でもそうなのだ。
WEBライティングも同じ。
諸行無常の響きで万物は流転する。
昔、プロの先生がおっしゃっていたのは、
「これからは、文章の仕事がメチャクチャになる」
ということだった。
まあ、AIのコピペ問題とかもあるから一概には言えないけど、クラウドワークスとかでは1文字0.02円とかいう仕事もあったらしい。
本当にメチャクチャになっている。
私が仕事を始めたタイミングでは、初心者でも1文字0.7円からの案件がわりと普通にあった。
でも、自分は素人だという自覚がある方は、お金がもらえるだけマシとか思って異常に安い仕事もしてしまうのだろう。
イラストでも似たようなことがあった。
相場の10分の1の価格で仕事を受け負う人が現れ、私にも報酬500円で広告用イラストの依頼が来た。
メールの文面が、およそビジネスメールの体をなしていなかった。(おkです。みたいな軽い感じ)
一応、真面目なイラストレーターだったので、返信はしたけど、同業の友人や先輩に相談して仕事は断った。
でも、イラストを仕事にしたい人は、どんな案件でも受けてしまうに違いない。
そして、有名作家さん以外、どんどん価格破壊の波に飲まれていく。
WEBライターも同じだなと思う。
はじめはプロのライターさんに準じる形で価格相場が決められ、それがどんどん未経験の初心者価格に寄せられていったのだ。
私は発見したことないけど、すでに1記事500円みたいな案件もあるのかもしれない。
つまり稼げなくなったから「オワコン」と言われるのだろう。
ユーチューバーとかも昔は効率よく稼げたらしい。
でも設定が変わって「オワコン」と言われていたのを聞いた記憶がある。
けど好きでやっている人はいる。
そもそも「オワコン」の定義が曖昧だ。
一般的には「オワコン」というのは「終わったコンテンツ」の略なのだが、この場合「効率よく稼げない」程度の意味だろう。
イナゴの大群が群がって「オワコン」という捨て台詞を残して去った。
エジプトの予言みたいに。
余計なノイズは去って、本当にWEBライターを好きでやってる人だけが残る。
これからが面白くなるのではないか。
私はそんなふうに感じている。
WEBライターは確かに稼ぎにくくなった。
でも、それはコンテンツが終わったのではなく、ブームが終わっただけだ。
ブームが引いた後にこそ、本当の文化が真の姿を表すんじゃないだろうか。
少なくとも私はそう思う。
だから私は今頃noteを始めた。
言いたいことがあるときに言いたいことを言う楽しさ。
SNSでは書ききれない意見を長々と書く喜び。
WEBライターが「オワコン」かどうかはわからない。
でも私は、まだ書きたいことがある。
