王家の書【共鳴編】 第85話 紋章の謎
前回「幾何学模様」のあらすじ
サイラスたちはソノマ村で朝を迎え、アシャの案内で村を見て回る。村人たちは穏やかに暮らしており、旅人が訪れることは滅多にないという。
やがてアシャは長老に呼ばれ、代わりに少年トーランが一行を案内することになる。旅の目的を尋ねられたサイラスは、ある書物を探していると答える。
そんな中、トーランがサイラスの剣に刻まれた紋章に見覚えがあると言い出す。樹海の奥にある蔦に覆われた建物の壁に、同じ幾何学模様が刻まれているという。トーランの話を聞いたサイラスは、ラゲルの言葉を思い出すのだった。
ーー金環の周りの幾何学模様は、ノースリアの存在を意味する。
サイラスは眉間に皺を寄せて、トーランにもう一度尋ねた。
「……確か、なのか?」
「うん。この模様って変わってるから間違いないよ」
トーランの言葉どおり、アストリア家の紋章に刻まれている幾何学模様は、ほかでは見ない独特な意匠だった。
金環の外縁には、直線だけを組み合わせた複雑な文様が刻まれている。一見すると無数の図形が連なっているように見えるが、目で追えば、一本の線が途切れることなく巡っているのがわかる。
サイラスの様子に、オスカーが首を傾げる。
「その模様に、何かあるのか」
サイラスは返事をためらった。ラゲルとの話について、オスカーやケイレブには詳しく話していない。
青の一族と白の一族がアヌシー王家へ連なること。
紋章に刻まれた幾何学模様がノースリアを示していること。
ーーいずれも王家に関わる秘事だ。
二人を信用していないわけではない。むしろこの二人だからこそ、巻き込みたくなかった。
エルデン城地下に広がる森も。
ラゲルから託された言葉も。
ロウル兄弟から授けられた知識も。
自分だけが背負うべきものだと考えていた。
オスカーとケイレブは視線を交わしていたが、何も言わず、それ以上の詮索はしない。
「この紋章の幾何学模様は、少し変わっている。それと同じ模様が刻まれているというのが、気になってな」
(……二人に、隠し通せるものではない)
サイラスは、すべてを二人に話す機会がくるとわかっていた。それが、今なのかどうかだけだ。
そのとき、村の広場から、オルンの怒鳴り声が響いた。
「だから、一つひとつ確認しろと言っておいただろう!」
普段の穏やかな口調からは想像もできない怒声に、村人たちが何事かと家々から姿を現し、次々と集まってくる。サイラスたちも顔を見合わせ、声のする方へ向かった。
広場の一角では、オルンと数人の男たちが一軒の小屋の前に立っていた。そこは、薬草を保管し調合するための小屋らしかった。軒先には束ねられた薬草が幾重にも吊るされ、採取したばかりの薬草が竹籠の中へ丁寧に仕分けられている。乾いた薬草の青臭さと、独特の香りが周囲へ漂っていた。
ソノマ族は森の奥深くで暮らしている。病人が出ても、町の医者を頼ることは容易ではないはずだ。村人たちは、自ら薬草の知識を学び、命を守ってきたに違いない。
小屋の中では、一人の若い男が肩を落とし、うつむいたまま立ち尽くしていた。
ケイレブは、近くにいた村人へ声をかけた。
「何があった」
「ああ……薬草と毒草を取り違えて、子どもに飲ませてしまったらしい」
ケイレブの表情が険しくなる。
「どの薬草だ」
「そこまでは……」
答えながらケイレブへ目を向けた村人は、その容姿に思わず息を呑み、一歩だけ後ずさった。ケイレブは気にも留めず、オルンのもとへ歩み寄る。
「どの薬草が問題なんだ」
声をかけられたオルンは、相手がケイレブだと分かると、わずかに怒気を収めて答える。
「これです」
一束の薬草を差し出す。ケイレブは受け取った薬草を食い入るように見つめた。
葉の形、茎の色、香りーー。
一つひとつ確かめたあと、首を傾げる。
「……これは、身体が弱ったときによく使う薬草だ。私もいくつか持っている」
「そのとおりです」
オルンはもう一束の薬草を手に取った。
「ですが、こちらをご覧くだされ」
二つを並べる。
ーー葉も、茎も、色も見た目は同じだ。
「違うのは根だけです」
オルンは土の付いた根を指さした。
「こちらは薬になります。ですが、こちらは毒になる草です。しかも厄介なことに、この毒草は薬草の群生に紛れて生える。だから、必ず一本ずつ確認しなきゃいけない」
オルンは小屋の中の若者へ目を向ける。
「この者は、その手間を惜しんだのでしょう」
ケイレブはもう一度、じっくりと二つを見比べた。
葉脈の走り方を確かめるように指先でなぞり、香りを確かめる。今度は、土の付いた根をじっと見つめた。葉も、茎も、香りも変わらない。違いは、土を払わなければ見えない根だけだった。
ゆっくりと顔を上げて、かすれた声で聞いた。
「……毒になる方を使うと、どうなる?」
「すぐ命を落とすことはありません。しかし、身体を蝕み、病をさらに悪化させます」
ケイレブは大きく目を見開いた。手にしていた薬草が、かすかに震えている。
「……そう……か」
絞り出すように呟くと、薬草をオルンへ返し、踵を返す。
一歩。
二歩。
歩き出したかと思えば、その足はたちまち駆け足へ変わった。泊まっている家の方へ駆けていく。その背中を、サイラスたちはただ見つめていた。
オスカーは目を丸くして言う。
「急にどうしたんだ、あいつは」
「ケイレブは、いつも薬草を持ち歩いている。エマやルカのことを考えてな」
「荷物を確認しに行ったってことか」
「……おそらくな」
ケイレブは食材だけでなく、薬草にも精通している。ヴァルディアのような交易都市には各地の薬草が集まり、医師や薬師から知識を得る機会も多い。異国の薬草についても、ロウル兄弟とよく話していた。
この薬草について、気になることでもあるのだろう。
(……それにしても、あの様子は……)
サイラスも訝しげな表情を浮かべた。
ふとオスカーは、森に視線をやりながらオルンへ尋ねた。
「ソノマ村からほかの村へ行くときも、森を抜けるのか」
「森を通ることもありますが、普段はロム山脈の山道を使います。ロム馬は森だけでなく山道にも強い。わしらは、あの馬がいなければ、ここでは暮らしていけません」
その言葉どおり、ソノマ村の暮らしはロム馬に支えられていた。荷を運び、人を乗せ、ときには険しい山道を越える。そのため、村では多くのロム馬を育てていた。森には野生のロム馬も生息しているが、村で飼われているのは代々人の手で育てられた馬ばかりで、人にもよく慣れているという。
オルンは近くにいたトーランへ目を向ける。
「トーラン。せっかくだ。ルカにロム馬の乗り方を教えてやれ」
ソノマ村には、多くの子どもがいるわけではない。年の近い相手となれば、なおさらだ。
トーランはルカへちらりと視線を向けると、「……ついてこい」とぶっきらぼうに言った。ルカは一度サイラスたちを振り返ってから、小走りでトーランの後を追った。二人は並んで馬舎の方へ消えていった。
エマは少し心配そうに、サイラスを見上げた。
「ふたりだけで大丈夫……?」
サイラスとオスカーは同時に答えた。
「大丈夫だ」
息のあった返事に、エマはきょとんとした表情で首を傾げた。
二人はよく知っている。
十歳くらいの男の子というものはーー
案外、何も考えていないということを。
お読みくださり、ありがとうございます。気にいってもらえた方は、スキでそっと教えてください!もちろんコメントもとっても嬉しいです!!
続きは9月6日(日)のお昼頃投稿予定です。
これまでのまとめです。
こちらもあわせてご覧くださいね!
第1話〜第60話までのあらすじ
第61話〜第70話までのあらすじ
第71話〜第80話までのあらすじ
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