一歩先の世界を見ている
昔から「変わってるね」「個性的だね」と言われるのが好きだった。「普通」という大海原に埋もれて死ぬのだけは、絶対に嫌だ。卒業アルバムを開いたとき、「あいつ、なんか変で面白かったよな」と語り継がれる伝説の存在になりたかった。
だが、現実は非酷である。
当時の私は、スクールカーストの完全なる中間層に鎮座していた。華やかな1軍女子のように眩しくもなく、かといって日陰で独自のサブカル文化を極める度胸もない。部活は茶道部。放課後は静まり返った畳の上で正座し、静かに抹茶を点てる日々。シュールでおもしろい女からは光年単位で遠ざかっていた。
しかし茶筅をシャカシャカと振る私の胸の内では、暗くドロドロとした野望が渦巻いていたのだ。
(1軍女子のグループから「ねぇ、桃瀬さんてなんかシュールで面白くない?」って噂されたい......!)
問題は、その「シュール」の作り方が一切分からないことだった。ギャグセンスはない。急に奇行に走ればただの不審者として処理される。頭を抱えていたある朝、私の脳内に神からの啓示が降りてきた。
「逆にね」って言っておけば、なんか深そうに見えるのでは?
天才だと思った。「逆にね」という言葉には、知性と含みとミステリアスさが詰まっている。相手の意見を軽やかに受け流しつつ、一歩先の世界を見ている雰囲気が醸し出せる。しかも最大のメリットは、具体的な内容を一切語らなくていいことだ。
最高だ。努力ゼロで、知性派シュールになれる。
私はその日、世界に対するすべての返答を「逆にね」で統一することを決意した。題して、
【一日限定・全レス「逆にね」実験】
である。
◇
最初の犠牲者は、毎朝一緒に登校している親友のリサちゃんだった。
「ねぇ、今日の1時間目って体育だっけ?」
「......逆にね」
言った。トーンをふたつほど下げ、遠くの街灯を見つめながら。リサちゃんの足がピタリと止まる。
「……え?」
私は黙殺した。語らないことこそが美学なのだ。
「え、ジャージ忘れたってこと?」
「逆にね」
「どういうこと?」
「逆にね」
「……あ、そう。まあいいや」
勝った。私は心の中でガッツポーズをした。リサちゃんは今、私の言葉の裏にある深淵を必死で探っている。言葉の主導権は完全に私が握っていた。茶道部で培った感情を殺した無表情が、こんなところで最高の武器になるとは思いもしなかった。
調子に乗った私は、最大の勝負所である昼休みの教室へと乗り込んだ。教室の太陽、1軍女子たちが新作のリプトンを囲んでキャッキャと盛り上がっている。
「これ、めっちゃおいしくない!?」
来た。千載一遇のチャンス到来である。私は通りすがりを装い、自然な角度から彼女たちの輪に割り込むと、世界一coolな顔で言い放った。
「逆にね」
静寂が訪れた。教室の喧騒が一瞬で吹き飛んだ気がした。
「桃瀬さん、リプトン嫌いなの?」
「え?」
「いや、『逆に』って言ったから……不味いってこと?」
一瞬で冷や汗が吹き出した。
違う。「逆に(めちゃくちゃ)おいしいよね」と脳内補完してもらう予定だったのだ。しかし私のポンコツ脳みそは、「逆にね」を発声した時点でミッション完了とみなし、その先の日本語を用意していなかった。
「あ、いや……その……逆に……」
「うん?」
「逆に……おいしい、というか……」
「……うん?」
「逆......にね?」
自分でも何を言っているのか分からない。一軍女子の一人が、隣の女子にスッと目配せをした。関わったらあかんタイプの奴や、という目配せである。ヒエッとなった。私はシュールで面白い女になるはずが、「新作リプトンに謎の言いがかりをつけ、詰められたら急に挙動不審になるヤバい奴」として認識されてしまった。その後の授業の記憶は一切ない。
◇
放課後。精神がボロボロになった私は、茶道部の友人トビと一緒に帰路についていた。
「ねぇめぐ、このあとマック寄ってかない?ポテト食べたい」
今日一日私は「逆にね」を乱発し、全戦全敗していた。だが、ここで折れるわけにはいかない。武士のプライドである。私は今日一番のドヤ顔を決め込み、低音ボイスで放った。
「逆にね」
トビが足を止めた。ジロリと私を見る。
「え、どっち?」
「え?」
「行くの? 行かないの?」
「……」
「どっちなの?」
トビの目が笑っていない。高校生で混雑するバスの車内で、友人がマジのトーンで痺れを切らしている。焦りが頂点に達した。違うのだ、私はマックに行きたい。ポテトを、Lサイズのポテトを貪り食べたいのだ。
だが、ここで普通に「行く!」と答えたら、今日一日私が削ってきた尊厳はどうなる?しかしこのまま「逆にね」を突き通せば、私はポテトと友人の両方を同時に失うことになる。
極限状態の脳内で、人生最大の二択が提示された。
【A】プライドを守り、孤独に生きる
【B】プライドを捨て、ポテトを食べる
「行く!!!!!」
秒でBを選んだ。
「行く! マック行く! ポテト食べたい!」
「最初からそう言ってよ」
「ごめん!!」
私は泣きそうになりながらトビの制服の袖をつかんだ。そして、頼まれてもいないのに自白を開始してしまった。
「実は今日、一日中『逆にね』って言う実験をしてて」
「は?」
「なんかその……おもしろい女って思われたくて……」
「誰に?」
「……1軍に」
夕暮れのバス停。オレンジ色の夕日が沈むとともに、私の青い春と尊厳が音を立てて崩れ去った。
「そっか」
トビのその一言には、憐れみと、呆れと、深い慈悲が込められていた。私はもう二度と「逆にね」と言わないことを誓った。
◇
人間、柄にもない無理をするとロクなことにならない。結局私が手にいれたのは、シュールで面白い女の称号ではなく、あいつ時々様子がおかしくなるよねというただただ不気味な評価だけだった。
あれから長い月日が経ち、私はアラフォーになった。
さすがに大人になったので、会話のすべてを「逆にね」で返すような暴挙には出ない。ただ先日も、ふと思った。語尾に全部「知らんけど」をつけたらどうなるんだろう。
人間、そう簡単には治らない。たぶん私はこれからも、愚かな自意識と付き合いながら痛々しく生きていくのだと思う。知らんけど。
(終)
こちらの記事は、「#エッセイしりとりコンテスト」として繋いでいただいたバトンを受け取り、書いたものです。
⬇️マイキーさん主催の、コンテスト概要
今回、私に「い」で繋いでくださったのは、piyo~n!さんです🐥
ずっと画面の向こうで「うわ〜いいなぁ、楽しそうだなぁ〜〜〜〜」と指をくわえていたバトン企画。まさかこんな、日常の9割をドタバタとジタバタで消費している私に回してくださるなんて、夢にも思っていませんでした。piyo~n!さん、ありがとうございます✨
そして私からバトンを繋がせていただく3名は⋯⋯
✏️海沼衣々花 | よく生き、よく書く人さん
勝手に「仲間だ……! 同志だ……!!」と心の中でがっちり熱い握手を交わしております。本当に勝手にすみません。笑
衣々花さんの書くエッセイは、読んだ瞬間に心地よく背筋がシャキッと伸びるような美しさがあるのに、同時にふわっと心が軽くなる軽やかさまで同居していて、もう読むたびに「は〜SUKI♡」と語彙力を失いながらのたうち回っています。
✏️Otmasanさん
面白くて軽快なのに、ふとした瞬間にずしんと心に響く重厚感まで投げてくるオトマさんのエッセイ。
何度も熟読していたら、「……あれ? もしかして、住んでいる場所が割と近いのでは」と思ってしまいました。(※オトマさん本当にすみません、100%私の完全なる妄想および勘違いだと思います。どうか通報だけはご勘弁ください……! 笑)
✏️iamyouさん
年齢が近く、おそらく仕事内容も似てそう。毎回投稿が更新されるたびに「待ってましたー!!」と画面の前で正座しながら拝読しております。共感の連続に首がもげそうです。
光の速さでスキを押してしまうせいで、「この人、毎回爆速で押してきてちょっと怖いな……キモ……」と怯えられていないかだけが今からめちゃくちゃ心配です。
私からお渡しする次のバトンは、「る」です!
ちなみに完全なるサプライズ(という名のアポなし強襲)でお送りしてしまったため、もし「いや今ちょっと修羅場なんですわ」「しりとりどころじゃないんですわ」という場合は、遠慮なくこのバトンをどこかの川にでも投げ流してください。本当に、スルーしていただいて何の問題もございませんので☺️
もし受け取ってくださるのであれば、「る」から始まるタイトルでエッセイをお願いします!
ルールは、
①バトンを渡した人の記事のタイトルの最後の文字をタイトルにつける
②本文は140字〜3000字
③期間8月31日まで
④「#エッセイしりとり」のタグをつける
⑤3名以内で次の人に繋げる(繋げなくてもいい)
よろしくお願いします♪
